第7話 さいころころころ
小さな町の中にあるこの猫カフェは、いつでも繁盛している訳ではありません。お客さんが一人もいない日が続いて、閑古鳥が鳴く日もあるのです。
「あぁ、いけませんわこれ。三日連続客ゼロですわ……」
一昨日のあまりのクッキーを食べながら、kr店員はのんびりしている猫たちを見ます。お客さんが来ようが来まいが、猫たちは変わらずのんびりしています。
ミッ……。pnz猫が、少し遠くからkr店員を見ています。いつもの場所からは出てきているようです。
「あぁ、pnz猫ちゃん。お客さん来てないから今日は出てきてるんだな。いつも出てきてもいいのよ?kr店員がそう言うと、pnz猫は少し嫌そうな顔をしました。
「まぁ、流行りのSNSでバズりでもしない限り、こんな町の片隅にある猫カフェが、客で溢れるわけもないわな。正直、こののんびり感がいい所でもあるが、一応商売だからね……のんびりだけじゃやってけないのよ。悲しいねぇ」
kr店員は、クッキーのお供に持ってきていた紅茶を飲みます。kr店員を少し遠くから見ていたpnz猫は、近くに居たprm猫の元へ向かいました。prm猫は、モフモフのしっぽを右に左に動かし、pnz猫に遊ぼうと言っているように見えます。
「こうも暇だと流石に暇疲れしてくるな……俺も猫に遊んでもらおうかなぁ」
食べかけのクッキーに蓋をして、kr店員は近くで遊んでいたao猫に近づきます。
「よぉao猫君」
ao猫は、kr店員には構わず、sy獣医が置いていったサイコロのぬいぐるみで遊んでいます。
「ao猫君、それ好きねぇ。サイコロのぬいぐるみとか、どこに売ってんだろうねほんと」
床の上に転がっているサイコロのぬいぐるみに、ao猫は、軽めの猫パンチをします。すると、サイコロのぬいぐるみは、ポヨンと跳ねてから床を転がり、二の目が出ました。ao猫はそれを数分間ジッと見たあと、もう一度同じことを繰り返しました。今度は三の目が出ます。
「サイコロを振る猫ねぇ……あっ」
kr店員は、何かを思いついたように紙に何かを書き始めます。
「こんにちは〜、今日も暇ですね」
大学か終わったようで、nd店員がお店に来ました。kr店員は、軽くお疲れ様と言うだけで、顔を上げません。
「kr店員、何書いてるんですか?」
nd店員が覗き込むと、そこには、
『チュールの本数一d六本! ハズレなしで、当日から使えるチュール引換券当たる! ダイスを振るのは猫ちゃんです。一日一回限定、三百円』
と書かれた紙があった。
「やぁnd店員。さっきね、思いついたんだわ。ao猫がサイコロ振ってるの、ちょっとバズりそうだなって」
kr店員は少し悪い笑みを浮かべています。
「チュール六本って、またsy獣医に怒られますよ?」
「大丈夫。一日に使える券の枚数はおひとり様二枚までってちゃんと書くから。ao猫君はね、わりと言葉分かってそうだから、多分この企画行けると思うんだよな」
nd店員がチラッとao猫を見ると、ao猫は、構わずサイコロを振り続けていました。短いしっぽがぽよぽよと揺れています。
「kr店員のことだし、ちゃんと考えてるんでしょう。広告用の動画、撮っときますね」
nd店員はそういうと、サイコロを転がすao猫をスマホで撮り始めました
「nd店員、ありがとうね」
その数時間後、SNSにao猫がサイコロを振る動画が投稿されました。よくある有名なBGMを添えて投稿された動画は、瞬く間にインターネットの海へと流れていきました。
「カフェの宣伝になるかはわかんないけどさ、正直うちの猫の可愛さみてもらうだけでもわりと十分ではあるんだよね。商売だからお金気にしなきゃいけないだけで」
「ですね。仕事じゃなけりゃ、もっと気楽に猫とふれあいたいです」
結局、その日は誰一人お客さんが来ることはありませんでした。
次の日、kr店員がいつも通りにお店を開けると、いつもの二倍のお客さんが流れ込んできました。
「SNSの投稿見ました! サイコロ猫ちゃんってどの子ですか?」
「あぁ、あのしっぽが短い子です。ちょうどサイコロ振ってますね」
「わ〜! ほんとにサイコロ振ってる! ありがとうございます!」
来たお客さんが全員、サイコロを振るao猫に釘付けです。サイコロ企画も飛ぶように売れました。
お昼すぎ頃、お店の中は遂に満員になり、待ち時間が出来るほどになりました。
「まって、予想以上にお客さんが来てるな……SNSはどうなってるんだ?」
kr店員が急いで確認します。
「……ん!? 一万再生!? 八千いいね!?」
想像よりも大きな数字が、kr店員の目に映り、手が震えています。
「ao猫、さすがに疲れねぇかなぁ?」
kr店員が、心配で見てみると、ao猫の他にも、prm猫やty猫もサイコロを振っています。
「うひゃあ、サイコロブームだなこりゃ」
kr店員はビックリ。prm猫もty猫も、ao猫に続いて企画に参加してくれています。
「俺、この白いモフモフの子のサイコロでいいですか!?」
「私、このおじさん猫がいい!」
「僕はこのしっぽがポンポンみたいな子がいいです」
今までにない忙しさで、一日があっという間に過ぎていきました。
「こ、これはすごい波が来たけど……猫たちは? 疲れてない?」
閉店後、kr店員がお客さん用のクッションに腰掛けて、猫たちの様子を確認します。しかし、どの子も特に疲れていないようです。一日自由に遊んだとしか思ってなさそうな顔をしています。
「あぁ、疲れたのは俺の方か。マナーのいい客が多くて助かった」
それからしばらく、サイコロブームは続きました。しかし、流行りとは廃るもので、気がつけば、客足も落ち着き、猫たちのブームも過ぎ去っていました。
「あぁ、暇だなぁ。サイコロブームが懐かしい」
あの時、延々とサイコロを転がしていたao猫は、今では別の、音が出るおもちゃに夢中です。
「あれから、定期的にのんびりしてる猫たちの動画をあげてはいるんですが、サイコロほど伸びはしませんね」
nd店員は、スマホの画面をスワイプしながらkr店員に声をかけます。
「そりゃあね。可愛いだけの猫なら、うち以外にもいっぱいいるからね」
「それもそうですね。あ、でも、コメントに、猫カフェ実家の猫ちゃんかわいいです! また休みの日にお邪魔します! とか、お菓子美味しいし猫かわいいし最高のカフェです。ありがとうございますってレビューやコメントが寄せられてます」
nd店員が持っているスマホから、よく聞くポップなBGMがループ再生されています。nd店員は、来ているコメントの大半をkr店員に読み聞かせました。
「そっかぁ、嬉しいねぇ」
kr店員は、手に持っていたカップをテーブルの上にコトンと起きました。
「……kr店員? どうかしたんですか?」
nd店員がそう聞くと、kr店員は、フッと笑いました。
「やっぱさ、商売だから金が絡んで、売上が〜とか考えちゃうけど、俺らとうちの猫たちには、これくらいのんびりなのが似合うよなって」
一日にお客さんが一組二組来る程度。休日になればもうちょっと増える。それくらいの緩さ。金銭面は不安ですが、心安らぐ空間を、守り続けています。
「……そうですね」
人間達が何を考えているのかも気にせず、猫たちは気ままに、伸びをしたり、毛繕いをしたり、寝たりしています。
今日も、平和な一日が流れていきます。