第6話 だいえっと
甘いお菓子の誘惑。それは、人間にとっても猫にとっても強敵です。努力なく得られる幸せには代価が伴う……とはどこかで聞いたことがありますが、まさか、こんなに身近にそれが潜んでいるとは、誰も思わなかったでしょう。
まぁ、そもそも猫には努力なんて、あってないようなものかもしれません。猫たちは、のんびりしているだけですから。
しかし、現実は厳しいもの……のようです。
「……太り過ぎです」
「えっ」
猫カフェ実家の定休日。定休日を使って、お店に知り合いの獣医さんを呼んで、猫たちの様子を見てもらっているようです。
「kr店員、お菓子……あげすぎたでしょ?」
白衣を着ていて、明るめな栗色の髪をひとつに結って居る綺麗なお姉さんは、少し冷たい目でkr店員を見ています。
「いや、その……ハイ。お菓子の研究して、試作沢山食べてもらってて」
kr店員が目を逸らしながら状況を説明すると、獣医はため息を着きました。それと同時にカランカランと扉の音がなります。
「こんにちは。猫達のお世話があるから来ましたよ」
首に巻いたマフラーを外しながら、nd店員は店内に入ってきました。
「やぁnd店員」
kr店員があまりにも引きつった笑顔をしているものですから、nd店員はちょっとビックリしました。
「あぁそうだnd店員、せっかくだから説明しよう。こちらはね、sy獣医。うちのオーナーの知り合いなのよ。動物を愛し、動物に愛された獣医。けどね、人間には容赦ないよ」
「動物を守るために必要なら、人間に厳しくするだけだよ。ね、htn猫ちゃん?」
sy獣医の足元に寄ってきているhtn猫に話かけると、ンーとsy獣医を見て、その場に座りました。
「とにかく、お菓子はできるだけ少なめに。そして、できる限りカロリーの低いお菓子をあげてね。これ以上太ると病気になる!」
「は、はい」
sy獣医に怒られペコペコしてるkr店員を見ながら、nd店員は、日向から微動だにせず香箱座りしているty猫に小声で話しかけます。
「sy獣医、わりと綺麗なお姉さんですけど、お姉さんセンサー作動しないんですか?」
ty猫は目を瞑ったまま、ビクともしません。
「……綺麗なお姉さんだとしても、医者は対象外ってことですか?」
nd店員がそう言うと、ty猫は深くため息を着くようにフーン……と言いました。
「なるほど」
しばらくすると、sy獣医が座っていた椅子から立ち上がりました。
「さて、猫ちゃんの栄養管理についての資料はkr店員に渡したから、ここからは運動の時間にしようか」
sy獣医はそう言うと、カバンの中から、大量の猫用おもちゃを取り出しました。
「まぁ、正直動物のダイエットは運動より食事の管理なんだけど、ここの猫たちはのんびり屋さんだし、たまには体を動かすのも健康にいいでしょう?」
取り出されたおもちゃには、猫じゃらしのようなものや、ネズミのようなもの、転がして遊ぶぬいぐるみなど、様々な種類がありました。
「kr店員、遊ばせてもらうね」
「へいへい。じゃあ俺も借りるわ」
二人は猫じゃらしを持つと、猫たちと遊び始めました。
「mn猫ちゃーん、獲物だよ? ほら! ほら!」
sy獣医が素早く猫じゃらしを動かすと、mn猫はそれに飛びつきます。目は狩人のように煌めいていて、動きも素早いです。
「mn猫ちゃんはそんなに太ってないね。動き回ってたのかな?」
「mn猫は運動神経ピカイチな上によく店内動き回ってるから。そのうえあんまりお菓子に寄ってこないんすわ。だからじゃねぇかなぁ」
mn猫は、猫じゃらしを捕まえるとそれをアムアムとかじり始めました。
「mn猫ちゃん、動きのキレがいいから遊ぶの楽しいんだよね。もう一回いけるかな」
一方、kr店員はネズミのおもちゃを持ってprm猫に近づきます。
「prm猫ちゃぁん、遊ぼうか」
prm猫は、少ししかめっ面でkr店員を見ています。それを見て笑いながら、kr店員はネズミのおもちゃのネジを回しました。
「あぁ、prm猫ちゃんもなんか少しもっちりしてるね。これくらいモチモチでもかわいいよね? 触ってもいい?」
そう言ったkr店員に、prm猫は強めな猫パンチを入れました。
「レディに向かって何言ってんの?」
「ふわもち猫ちゃんの誘惑に駆られて」
「分かるけど、健康のためだから。ふわもちになった猫ちゃん可愛いのわかるけど、健康に悪いの!」
kr店員は、sy獣医に猫じゃらしでぺちぺち叩かれながら軽い説教を受けました。
kr店員の手から離れたネズミのおもちゃを壊す勢いでガジガジとかじりつきます。その時のprm猫の顔は、狩人と言うよりは、虎のような顔をしていました。
猫と遊ぶ二人を見ながら、nd店員は、余りの猫じゃらしを手に取りました。
「bya猫さん。多分あなたが一番食べてたと思うんですけど」
クッションの上で横になっているbya猫のお腹は、まんまるです。
「ほーら、bya猫さん。こちょこちょ〜」
nd店員がbya猫にちょっかいかけていますが、全く反応しません。
nd店員は、スっと手を止め、奥の部屋へ向かっていきました。その数分後、手に別のおもちゃを持って扉から出てきました。
「ほら、bya猫さん。お菓子だよぉ……」
nd店員は、猫じゃらしを釣竿の形に改造して、エサの場所にお菓子をぶらさげているおもちゃを、bya猫の近くに寄せました。すると、目を瞑って横になっていたbya猫がものすごい勢いで起き上がりました。bya猫はお菓子を取ろうと必死に食らいつきますが、nd店員が素早くおもちゃを動かしているので、全くとれません。
「ほら、ほら。はい頑張って」
数分粘りましたが、bya猫が先に力尽きてしまいました。
「あ、多分そのやり方でね、pnz猫ちゃんも釣れるよ。pnz猫ちゃんはドーナツの形のお菓子が大好きなのよ」
nd店員の様子を見たkr店員がそう言いました。nd店員がチラッとpnz猫を見ると、pnz猫は、穴から覗かせていた顔を、そっと引っ込めました。
「よっ、よっ! おぉ〜! mn猫動くね〜!!」
sy獣医は、楽しそうに猫じゃらしを右に左に動かしています。
「sy獣医よぉ、誰よりあんたが一番楽しんでんじゃないすか? 猫太らしたのは間違いなく俺だけど、この運動っていう名目でやってる猫遊び、実はsy獣医が楽しみたいだけなんじゃ?」
「いーや、ちゃんと運動! 私も猫も楽しいからwin-winなだけ!」
「ははっ。さーて、どうだかな」
それから数週間、週一でsy獣医がカフェに来て、猫達の健康チェックと運動という名の遊びを繰り返して、猫たちは何とか元の体型に戻ることが出来ました。
「いやぁ。最初はどうなることかと。一応お菓子もうちの売りかつ猫の楽しみなんでね。どうにか上手いこと美味しさと低カロリーかつ美味しいお菓子を作ることに成功したけど……」
お店のテーブルのそばに置いてある椅子に座って、kr店員が独り言を言っています。そんなkr店員のそばに、prm猫が寄ってきました。
「ちょっともっちりふっくらでもかわいいと思うんだけど。ねぇ……?」
kr店員がprm猫をちらっと見ると、prm猫はものすごい勢いでkr店員の足に猫パンチをしました。
「痛っ!? やっぱりレディには禁句!?」
prm猫はプイッとそっぽを向いて、日向ぼっこをしているao猫の元へと向かっていきました。kr店員の足には、数日間アザが残ったようです。
「まぁ、人間も猫も、健康に限るよね」