第3話 ねこぱんち
美味しいご飯を食べるのが嫌いな人は、きっとなかなかいないでしょう。それは、猫たちも同じ。
このカフェの猫たちも、美味しいご飯が大好きです。自由気ままに過ごす猫たちも、この時間だけは、狩人のように、目を光らせるのでした。
「あぁ〜、今日はお客さんゼロか。いや、別にいいんだけどねぇ……さて、ちょっと早いけどもう、店じまいにしますかねぇ」
kr店員が扉の札をCLOSEに変えると、お店の入口の照明を落としました。
「さて……と。じゃあ、みんなのご飯を準備しますか……」
ピクっ。今までクッションの隙間に入り込んで寝ていたbya猫の耳が動きます。bya猫だけではありません。prm猫やao猫も顔を出します。
お客さんがたくさん来れば来るほど、猫たちはおやつを貰えます。しかし、お客さんが来ない日はおやつ抜きなのです。
kr店員が店の奥に行き、キャットフードが入ったお皿を持って戻ってきました。猫たちは、そろそろと近寄ってきます。
「お〜お〜、ちょっと待ってくれや。全員分は一気に出せねぇっての」
kr店員が手に持ったお皿を三つ床に並べると、そこにキャットフードを入れました。
「ほら〜お食べ〜」
猫たちはジリジリと寄ってきて、ガツガツと食べ始めます。お皿に名前は着いていません。なぜなら、猫たちには誰のお皿かなんて関係がないからです。
「……あれ、エサ切らしてら。倉庫行かなきゃな。みんな、仲良くしてるんやぞ」
kr店員はそう言うと、奥の部屋のさらに奥にある、倉庫に行ってしまいました。部屋には、目を光らせている猫たちだけです。
少食なhtn猫は早々に食べ終わり、カゴの中に入ります。食後の休憩です。他の猫たちは標準量を食べるため、今お皿に入っている少ない量では、物足りません。
htn猫が残していったお皿の中身を食べ終わったbya猫は、隣のお皿の中身を食べている猫たちの方をじっとみます。お皿の中にまだエサ 中身が入っていることを確認して、そのお皿の中身を食べているty猫とao猫を押しのけます。
ナーン、ナーゴ。ao猫は何か言いたげにbya猫を見ます。ty猫は鼻を鳴らして、近くの座布団の上で箱座りをしました。
ナーゴ。ao猫がそう言った時でした、bya猫がao猫の顔に素早く猫パンチをかましました。ao猫はビックリして、飛んで逃げて行きました。bya猫はこのカフェの中で一番の大食らいで、おやつがない日は、お腹がすいて堪らないのです。それで、他の猫のご飯を横取りしてしまいました。
逃げたao猫は怖がっていると言うよりは、しょんぼりとした感じで、短いしっぽが気持ち下を向いています。
その様子を、高いところから眺めている猫が一匹。みんながご飯を食べる様子を、戸棚の上からじっと見ていましたが、むくりと立ち上がり、音ひとつ立てずに着地しました。その体は他の猫たちより一回り大きく、目元には傷跡が着いています。名前はmn猫、このカフェのボス猫のような存在です。
mn猫がbya猫に近づいて、フンと鼻を鳴らすと、bya猫はだって……というように少し下を向きました。お皿はもう、中身が空っぽになっています。
「よっと……あ、もう平らげてら。おかわりあるよ。食いすぎない程度にな」
bya猫がしょんぼりしたところで、kr店員が戻ってきました。いつものご飯の量になったため、bya猫を含め、他の猫もご飯を取り合いせずに済みました。
「あー、はいはい。mn猫ちゃんはみんなが食べ終わったあとがいいのね」
他の猫たちがご飯を食べ終わり、各々好みの場所でのんびりしている頃、mn猫はkr店員にご飯をねだります。mn猫は、自分をボスだと自覚しているようで、全員がご飯を食べ終わってからしかご飯を食べないこだわりがあるのです。
「今日もみんなのご飯見守ってたんすか? おつかれさん」
kr店員のその言葉を聞きながら、mn猫はもぐもぐとご飯を平らげてしまいました。
たくさんご飯を食べ、満足した猫たちはゴロゴロとくつろぎます。おなかいっぱいになったbya猫は、とても満足したようで、お腹を出して寝ていました。ao猫は、すっかり元気になって、積み上がった本の前に座っています。左右に動くポンポンのようなしっぽを、食後のmn猫が狙います。右、左、右、左と動くしっぽを、mn猫が猫パンチで捕まえようとします。a o猫が不満そうにナーゴと鳴くと、mn猫は、イタズラするかのように、ao猫のしっぽをペシペシと叩きました。
ao猫は仕方がないというような感じで、しっぽを右左に動かし続けていました。mn猫は、飽きるまでそのしっぽで遊んでいました。やわらかい猫の手が、ぽん、ぽんと、机を叩く音と、時計の針の音だけが聞こえる室内。閉店後の猫カフェ実家でも、自由気ままな時間は流れ続けるのでした。