第2話 ねことひげ
少しだけ高い丘から、海を見ながら町に降りていく。坂を下って、二つ目の信号を右にまがって、並んでいる建物の七番目を見る。そこにあるのが、猫カフェ実家。
田舎と都会の狭間のような空気感の町、そんな町の中で、今日ものんびり、猫カフェ実家の日常は流れるのでした。
「なーん。prm猫ちゃん、今日はご機嫌悪いんか?」
不機嫌そうな顔をしたprm猫にkr店員がそう声をかけますが、prm猫はkr店員を睨むばかり。
「まぁ、体調悪い感じじゃないから、別にいいんだけどねぇ。猫パンチが出ないといいけどなぁ」
ニタッと笑うkr店員を睨むprm猫の前を、ゆっくりとty猫が通り過ぎて行きました。そして、prm猫の横に置いてあるクッションの上で丸くなりました。prm猫の機嫌は気にしていない様子です。
「あぁ、ty猫くんなりに気を使ってくれてるわけね。ありがとうねぇ」
しらんわ、というようにty猫は欠伸をしています。
kr店員は、散らかってしまったおもちゃを拾って片付けると、お客さん用のお菓子を準備するために、店の奥へと行ってしまいました。
どうしたの? と言わんがばかりにhtn猫がprm猫に近づきました。prm猫は、近づいてきたhtn猫を一瞥すると、その場で丸くなりました。htn猫は、丸くなったprm猫の周りをくるくると回ると、prm猫の上に顎を乗せて目を瞑りました。
カランコロン……しばらくすると、お店の扉が開く音がしました。
「あっ、はぁい。いらっしゃいませ」
kr店員が受付に向かうと、受付から珍しい声がしました。
「こういうところに来るのは初めてでな。息子が日々の疲れを癒すには、猫カフェが最適だと」
若くない、深みのある紳士のような声が店内に響きます。店内は普段、少し小さめの音でアコースティックギターのBGMが流れているだけなので、人の声はよく通るのです。
「初めてでしたら、慣れないかもしれませんが、自然に猫たちと触れ合うのを楽しんでもらえたら大丈夫なんで」
少し気品のある落ち着いた声と匂いに少し驚いて、猫たちもprm猫を除いた全員が顔を上げますが、すぐに慣れてそれぞれの生活に戻っていきます。
「そこにあるお菓子は好きなだけ食べてもらって大丈夫ですからね。あ、蓋は閉めないと猫たちが狙うので注意ですね」
kr店員は、お客さんにそういうと、飲み物を取りに奥へ戻っていきました。
htn猫がprm猫をぺろぺろと舐めると、prm猫はようやく顔を上げます。そして、顔を上げた目線の先にいた、お客さんに気がついて驚いています。
小綺麗な服を着てはいますが、少したくましく、顎には程よくダンディな髭が生えています。prm猫はそれを確認すると、スクッと立ち上がりました。その勢いで、近くにいたhtn猫はコロンとコケてしまいます。
「焼き菓子か。……うむ、悪くない味だな」
prm猫はお客さんにそろりそろりと近づきます。
「あぁ、ほら、早速猫が寄ってきてますね。じゃあこの子と触れ合ってみますかね。 良かったらここに座ってください」
飲み物を持って戻ってきたkr店員の声がして、prm猫は飛び上がりましたが、なにかの誘惑には勝てないようです。
お客さんが座ると、prm猫は、お客さんの膝の上に乗りました。そして、その顔をじっと眺めます。
「……わ、私はこの猫になにかいけないことをしたのだろうか?」
「ははっ、その子は今日機嫌が悪かったんですよ。お客さんが来て初めて動いてくれたんで、むしろお客さんのこと好きなんじゃないですかね?」
「そ、そうか?」
prm猫は、お客さんの立派な髭を、まるで品定めをするかのようにじっと見たあと、フン! と強く言いました。
「あ、機嫌良さそう。撫でていいですよ。多分怒らないので」
kr店員がそういうと、お客さんはできる限り優しくprm猫を撫でました。すると、prm猫は、まぁ、悪くは無いというような顔をしてお客さんの膝の上で丸くなりました。
それから、お客さんが帰る時間が来るまで、prm猫はそのお客さんの傍を離れませんでした。
「……む、そろそろ時間か。名残惜しいが、そろそろ行かねば」
そういうお客さんをprm猫はじっと見ると、フッと言ってお客さんの傍を離れていきました。
コートを羽織って、店の出口と向かうお客さんを、少し名残惜しそうに見ては、フンと鼻を鳴らします。
「ありがとうございました。猫ともしっかり仲良くなれてましたね」
「いや、こちらこそ礼を言わせて頂きたい。実にいい時間を過ごした。また来よう。猫たちによろしく伝えておいてくれ」
そういうと、お客さんは帰っていきました。
「しかしまぁ、いいおじ様だったなぁ。こんどまた息子さんと来てくれたら嬉しいっすねぇ……」
kr店員がチラッとprm猫を見ると、心做しかご機嫌そうな顔をしていました。
「……あぁ、prm猫ちゃん。あのおじ様、prm猫ちゃん好みのいいおじ様だったんでしょ?」
kr店員がそういうと、ご機嫌な顔をしていたprm猫が、キッとkr店員を睨みました。
「図星か〜。たしかに、いい髭だったもんなぁ。あのおじ様。また来てくれるといいっすね〜」
そう言って、お客さんが飲んだあとのカップを片付けていると、kr店員の足元に何かが触れました。
「いたたた、痛いよ……とは言っても、対策として、厚手の靴下履いてるんで、そんなに痛くないんですけどね」
prm猫がケッ! という顔をしています。
「あ、prm猫ちゃん、これで機嫌悪かった? もしかして?」
kr店員はカップを引いて、薄手の靴下に履き替えると、しばらく知らんぷりで店内を整理していました。
「あぁ、このおもちゃがこんなところに゛っ!!」
prm猫が強めに噛み付きました。
「あんねぇprm猫ちゃん、俺ならいいけど、他のお客さんとかにしちゃダメだからな?」
kr店員がprm猫にそういうと、prm猫は、フンと言って、どこかに行ってしまいました。しかし、そこ顔は少しどこか、機嫌が良さそうでした。
そんな様子を見ていたhtn猫は、ty猫に向かってニャァンと小さく鳴きました。良かったなというような雰囲気です。それを聞いていたty猫は、フゥン…とため息を着いていました。なんだかんだ平和ですよ、というように。