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卒業条件はこのボクを殺すこと  作者: 神崎時雨
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2 魔法使いの呪い

「魔法使いの呪い?」


ニルが発した言葉は何一つ僕に理解することは出来なかった。それはご主人様も同じようで苦い顔をしている。


「はい。『呪い』といっても魔法使いがお母様に直接呪いをかけたという訳ではありません」

「では、呪いとはいったい?」

「お母様のあの症状を見るに、魔力を持ったもの(・・)がお母様に近づいたんでしょう。魔力に耐性のない人間は混沌とした、制御できてない魔力を浴びると魂に傷を負ってしまうんです」


ニルは魔法使いだとか、魔力を持ったものだとかと色々言っている。でも僕には…。


「坊っちゃま、魔法使いって本当にいるんですか?絵本に出てくる伝説じゃないんですか?」


僕は幼い頃奥様に読んでもらった絵本の内容を思い出す。

精霊と大魔女の恋の物語だ。僕にとって魔法使いとは絵本に出てくる登場人物、それ以下でもそれ以上でもなかった。


「ノヴァはここから外に出たことがないから知らないが、王都に行けばたくさんの魔法を使う者たちがいる。ノヴァが会ったことがないのは魔法使いは魔力が覚醒した時点で魔法学園に管理されるからだ」

「…魔法学園?」

「魔力を持った者たちに魔法の使い方を教えるための機関だ。そこに行かなければ魔力を制御することができない」


ニルはご主人様を見やった。


「お父様、お母様は魔力にあてられています。今すぐ魔法使いを呼んだ方がいいかと」

「っ!あぁ、直ぐに行ってくる」


ご主人様は大慌てで部屋から出ていった。その部屋に取り残された僕とニルの間になんとも言えない空気が流れる。

その空気に耐えられずニルに話しかける。


「どうして、魔法使いを呼ぶんですか?」

「魔力が関わっている事案は同じ力を持つ魔法使いにしか解決できないから」

「じゃあ、お母様は魔法使いに魔力をあてられて具合が悪くなったんですか?」

「……いや、魔法使い(・・・・)ではなく、魔力を持ったもの(・・・・・・・・)だと思ってる」

「魔力を持ったもの?」


ニルは僕の目を真っ直ぐに見据えた。何かを確認するように僕の目を探っている。


「悪魔」


ニルは一言だけ発した。


「あくま?」

「そう、魔力を悪の力として使うもの達のこと」

「悪魔はたしか、絵本にも出てきていましたよね?」

「ノヴァの言っている絵本とはどのこと?」

「え、あれですよ。むかしむかしのお話っていって始まるやつです」

「あぁ…」


ニルは少し思案して、立ち上がると近くにあった本棚から一冊の本を持ってきた。

本の題名は『魔法帝紀』


「まほうていき?そんな本読んだことありません」

「そうだろうね。これは旧字で書かれているから読めないと思うよ」

「旧字!?坊っちゃまは読めるんですか!?」

「うん。まあ、そんなことはどうでもいいんだけどさ」


ニルは僕の隣に腰を下ろし、その本を開いて僕に見せてきた。その本は確かに文字を少しだけ読める僕でも全く読めそうにないくらい意味の分からない記号の並びだった。本の表紙の部分だけ真新しく読める字で書いてある。


「その本は何が書いてあるんですか?」

「これは歴史書。ノヴァが読んだ『むかしむかしのお話』はこの本を元にして作られているんだよ。ノヴァが読んだものとは内容が少し異なってるんだけど…」


そう言ってニルは歴史書をめくっていく。あるページを見つけて僕に示す。


「ここ、名前が書いてあるんだけど読める?」

「えーと、旧字なんですよね?僕、旧字は読めなくて」

「よく見てみて、読めると思うよ」


ニルが指したところをよく見る。ほかの記号に混じってそこだけは何故か読むことが出来た。


「アストルム」


言葉に発したはいいもののそれが一体何なのか分からなかった。


「そう、大魔法使いアストルムだよ。精霊王と恋に落ちた大魔女スペスの愛弟子」

「名前があるんですね、知りませんでした。でも、どうして名前の部分だけ読めたんでしょうか」

「この本には魔法がかかっているから。人物の名前だけ人間でも読めるように細工してあるんだ」


そう言ってニルはアストルムと書かれた文字を指でなぞる。


「人々が彼らの名を忘れないようにね」


その顔は表情を伴ってはいなかったけれどとても寂しそうだった。今日だけでニルの知らなかった表情を何個か見ることが出来た。


「…坊っちゃまは魔法使いにあったことがありますか?」

「あるよ。お父様と一緒に行った首都で開かれたパーティに魔法使いが参加していたからね」

「魔法使いは生まれた時から魔法使いなんですか?」

「いいや、お父様も言っていた通り魔力が覚醒することがある。それは若い間に覚醒すると言われていて、20代で覚醒した者もいるらしい。でも、魔法使いになれるのは限られた者だけ」

「限られた?」

「この本、魔法帝紀にも書かれているが、最初の魔法使いはスペスとアストルムだけだったんだ。スペスがいなくなる直前にかけた魔法によって人々に魔法の力が覚醒した。スペスに選ばれた人間だけが魔法使いになれるんだよ」


僕は生まれてから魔法使いにあったことがない。そもそもついさっきまで本当にいるかどうかも信じていなかった。僕の疑問にニルは淡々と答えてくれる。


「魔法使いが魔法をかければ奥様は治るんですよね?」

「……いや。完全に治ることは難しいと思う」

「え?」

「魔法使いと言っても魔力の弱い魔法使いもいれば強い魔法使いもいる。大抵の魔法使いは呪いを完全に打ち消すことは出来ないはずだ。ただ、症状を緩和させるだけ。あの呪いを消せるのは魔法使いの中でもひと握りだけだと思う」


先程安堵した気持ちがまた急降下した。魔法使いが奥様を助けてくれると漠然と思っていた。虚しさに心を押しつぶされそうになる。


「でも!ご主人様が強い魔法使いを呼んできてくださるかもしれないですよね!」

「お父様の知り合いの魔法使いは力が弱い。お父様に力の強い魔法使いを呼べる権限はないよ」

「ど、どうして?命がかかっているのに?」

「魔法使いは学園に管理されている。特に強い魔法使いはそこの学園長に断らなければ魔法使いに話を繋ぐこともほぼ不可能だよ。残念だけどそこに通じる道をお父様は持っていない」

「学園長…」


ニルは僕の顔をじっと見てから立ち上がった。


「ノヴァ、お母様の所へ行こう。お母様もきっと喜ぶはずだ」

「はい…」


誰もいなくなった部屋。何も出来ない不甲斐なさだけが僕に残っていた。


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