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卒業条件はこのボクを殺すこと  作者: 神崎時雨
2/4

1 使用人ノヴァ

星が輝くような奇跡が目の前で煌めいた。掴めそうな星が無数に目の前に現れる。

煌びやかな大講堂の壇上に立った学園長は弾けるような笑みを浮かべた。


「さぁ、新入生諸君! 卒業条件はこのボクを殺すこと!」


なぜこんな学園にこの僕がいるのか。話は2週間前に遡る。



目を開けると目の前には青空。てり続ける太陽は僕をチリチリと焼いていく。そんな僕の耳に雷のような声が届いた。


「こら! ノヴァ、サボってるんじゃないよ!」

「サボってなんかないよ! ただ休憩してただけ、休憩時間なんだ」


大の字に庭の隅で寝転がっていた僕にメイド長は怒っているようだ。サボってなんかいないっていうのは本当のことでついさっき坊っちゃまから休憩を頂いたのだ。


「そうなのかい? それはすまなかったね。でも、ご主人様があんたをお呼びだよ」

「え、ご主人様が?」

「そうそう、書斎においでって」

「どうしたんだろう…」


ご主人様が僕を呼ぶのは決して珍しいことじゃない。でも、今日はなんだか嫌な予感がする。すぐに立ち上がってご主人様の書斎に向かう。


「ありがとうメイド長!」

「はいよ」


この屋敷は決して豪奢でもないけれど寂れているわけでもない。ご主人様はこの家を貴族の中では中の下だと言うけれど、僕にとってはお城当然だ。

ここはラグリーン男爵家。辺境の土地を代々受け継いできた家門だ。豊かな森と豊かな水、この屋敷から見える爽やかな風景が僕は大好きだ。


屋敷の1番奥にある大きい扉の前に立つ。ざわめく胸を落ち着かせるように深呼吸してから扉を叩く。


「ご主人様、ノヴァです。お呼びですか?」


僕がそう答えるとすぐに返事が帰ってくる。


「入っておいで」


一言断ってから大きな扉を慎重に開ける。奥にある机にはこの屋敷の主人であるラグリーン男爵が座っていた。その前にある机のソファにラグリーン男爵の息子である、ニル・ラグリーンが背筋を伸ばして静かに座っている。


「ノヴァ、そこに座りなさい」

「は、はい」


ご主人様に促されてニルの向かいに座る。ニルをちらりとを見たがその表情は無表情だった。

ニル・ラグリーン。ラグリーン男爵家唯一の息子であり、後継者。僕が仕える坊っちゃま(・・・・・)だ。使用人からの印象は鉄仮面。ニルが感情を表に出したところを誰も見たことがない。産声すらあげなかったため奇妙な子供だと言われていた。だが、成長してみれば男の僕でも見惚れるような綺麗な顔、齢13にして家庭教師に教えることがないと言わしめた頭脳。性格以外は非の打ち所がない少年だった。

僕と2歳しか違わないのに…。


「ノヴァをここに呼んだのは、ルーナのことなんだ」

「…! 奥様のことですか?」

「あぁ、ノヴァには知っておいて貰いたいと思ってね」


ご主人様の奥様で、僕の命の恩人、ルーナ・ラグリーン。

僕が赤子の時にラグリーン男爵家の前に捨てられていた所を奥様に助けてもらったのだ。だから奥様がいなかったら今の僕はいなかった。


「先日、王都の名医が来たのを知っているだろう?」

「はい、奥様が体調を崩されたのでお呼びしたんですよね」

「しばらくルーナの体調が悪くてね、王家に頼んで来てもらったんだ。だが、呼ばなければ良かったのかもしれない」

「え…」

「ノヴァ…ルーナはもう、長く、ないと…医者が言っていたんだ」

「………」


今、なんて言った。長くない?何が?命が?奥様の?どうして、あんなに、あんなに元気だったのに。

ご主人様は両手を握りしめて俯きながら震える声でそう絞り出した。


「そんな…まさか、な、なんの病気ですか?医者に直せない難病なんですか!? 何とか治す方法はないんですか!?」


王都の名医と言われるような医者に匙を投げさせた病気の真相が知りたかった。そして、治す方法が知りたかった。


|(まだ、僕は信じない。奥様に恩返しするって決めたんだ。治す方法があれば…)


「……」


ご主人様は口を噤んだ。言ってしまえば本当になってしまうのを怖がるように苦痛に顔を歪ませていた。その表情で何もかも悟ってしまった。治す方法はない。ただ、奥様の死を待つだけだと。

分かってる。本当は分かっていたんだ。ご主人様だって、僕と同じように治す方法を探していたことを。足掻いても足掻いても見つからなかった。だから僕にこの事実を伝えたんだろう。

目から涙が流れる。我慢していた涙が箍が外れたように溢れ出てくる。そんな僕の表情をみてご主人様の目も潤んだ。出さないようにしていた感情があるれてくるのを感じる。

それは、僕とご主人様だけではなかった。


「……! ノヴァ、」


ニルが僕を見て驚愕の表情を浮かべていた。いつも同じ形をしている目は大きく見開かれ、奥様のことを聞いた時すら全く表情を変えず、一言も話さなかったニルが僕に向かって声をかけてくる。


「っ!坊っちゃまぁ、わぁぁぁん、うぅ」

「ノヴァ、ノヴァ落ち着いて、私の話を…」


あのニルが焦っている。そんなことを冷静に考えている頭の大部分は悲しみで支配されていて、ついには声を上げて泣きじゃくってしまう。止まらない涙を懸命に袖で拭きながらニルの声に耳を傾ける。


「ノヴァ、お母様の病気はただの病気では無いんだ。普通の医者だろうと名医だろうと医者では直せない」

「だから、奥様は死んでしまうんですよねっひっく、嫌だあ、奥様ぁ」

「ま、待って落ち着いて。私はただ医者では直せないと言ったんだ。まだ方法はあるから」

「え」

「なんだと…?」


その発言に部屋が静まりかえる。あんなに止まらなかった涙も一瞬にして止まってしまった。僕が泣き止んだのをみてニルは安心したように静かに息を吐いた。


「ニル、詳しく説明しなさい。方法があるとは本当かい」

「はい」


ご主人様は焦ったように早口でニルに尋ねた。ニルは先程の表情が嘘のように無表情で感情の乗らない声で静かに答える。


「まず、お母様の症状は普通の病気ではありません」

「普通の病気ではない?あの医者は治らない不治の病だと言っていたよ」

「不治の病…。確かにそうかもしれません。あれは病気と言うよりも呪いと言った方が正しいですから」

「呪い!?」


ニルは恐ろしく落ち着いた雰囲気で語る。


「お母様はまさしく、魔法使いの呪い(・・・・・・・)を受けたのです」


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