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僕とりかちゃん  作者:
11/16

十一話目

 五時を過ぎたとき、ふうかが渋々という感じの笑顔で言った。

「ごめん。私これから塾あるから帰るね」

「あ、そうか。そうだったね」

 りかちゃんがカードから顔を上げて言った。

 僕たちは三回目の真剣衰弱を始めたばかりで、ちょうど今、りかちゃんの番だった。

「何時から?」僕が聞く。

「六時から」彼女は身支度を進めていた。「ともむはまだいるの?」

「うん」

 僕はりかちゃんに魔法の杖を見せてもらう約束をしているから、と言おうと思ったけど、すぐに秘密事項だと思い出して押し黙った。

「塾、頑張って」と僕。

「おうよ」ふうかは軽い荷物を持って立ち上がり、はにかんだ。

 僕たちも立ち上がる。

 それから、ふうかを送りに玄関まで歩いた。居間を通った時、窓から差し込むオレンジの日が悲壮感をまとい、床に緩やかに伸びていた。その光を避けるように、僕は玄関まで移動した。

 じゃあね、とふうかとお別れした時、すっと悲しくなったのは、きっとそのオレンジのひかりがふうかの輪郭を彩っていたせいだろう。

 りかちゃんと部屋に戻ると、そんな気分もおさまった。

「えっと」

 席に落ち着いたとき、りかちゃんがぽとりとつぶやいた。僕の顔をまじまじと眺めて、少しだけ照れくさそうにしている。

「杖の話なんだけど…」

「あ、うん。願いが三つかなうやつだよね」

 僕は待ってました、とばかりに声高らかに答えた。

「え。…ああ、うん。そうなんだけど…あの、ごめん」

 りかちゃんが急に頭を下げる。

 僕は驚く。

「杖、今お母さんが持ってるんだ。捨てられたかもしれない…」

「捨てられたって…」

 りかちゃんは顔を上げる。とても悔しそうな表情をしていた。

「お母さん、そういうところあるから…、アニメとかゲームとかそういうグッズとか、とにかく嫌ってて、教育の阻害になるって言って。お父さんがい…」

 そこまで言って、りかちゃんはハッとした表情をした。そのあと、困ったように僕に向かってほほ笑んだ。

「…えっとね、だから杖がどこか行っちゃって…。今日ともむに渡そうと思ったんだけど、ごめん」

「いや…いいよ。元々りかちゃんにあげたものだし、僕だって最近まで忘れてたから」

「でも…まだ願い事あと一つ叶えてないでしょ」

「え?」

「私の一回と、ともむの一回。まだ一回残ってるの」

「そうなの…そうだっけ?」

 僕は何か願いを叶えたんだっけ?

 杖を使ったことすら記憶がないからなぁ。

「だから、今日そのことを決めようと思ったんだ。どっちが使うのか。でも」

「ああ、うん。お母さんが持ってるんだね」

「本当にごめん!」

 りかちゃんは再度、頭を下げた。

 僕は慌てて、いいよいいよ、と言った。

「気にしてないから」

「でも、あの杖は本物だよ。願い、最後の願いを叶えるチャンスだったんだよ。どっちが使うにしても、なくしちゃったら意味がなくなっちゃう」

「お母さん、本当に捨てちゃったの?それ、いつ?」

「昨日。隠し場所から移動して、机の引き出しに入れてたら、朝なくなってた」

「ごみの日は…確かまだ先だったよね」

「うん。でも、ごみ箱にもないし、隠してるか…どこかわからない場所に捨てちゃったかもしれない」

「それなら、隠してるんじゃない?りかちゃんは、どこにあるのか心当たりとかないの?」

「うーん…」りかちゃんは、悩むそぶりをした。焼けた頬がふっくらと膨れて、どこか男の子っぽいな、と僕は思った。「お母さんの部屋だけ、見てないかも」

「お母さんの部屋?」

 僕は、その単語に違和感を持った。僕の家には、お父さんの部屋もお母さんの部屋もなかった。お父さんとお母さんが共有するベッドルームはあるけど。

「うん。お母さんの部屋は、誰も入っちゃいけないの」

「そうなんだ」

 個人部屋だから、そういうものなのかな、と僕は納得した。でも、僕はお父さんとかお母さんに勝手に部屋に入られても、別に困るようなことはなかった。

「そこにあるかもしれないけど…でも」

「入っちゃだめだもんね」

「うん。私、お母さんには怒られるのは嫌だ」

 僕はしかし、一つの案を考えていた。

「今から、探しに行こ」

「え?」

「お母さん、いつ帰って来るの?」

「えっと…いつも七時くらいだけど」

「じゃあ、まだ時間はあるね」

 まだ5時半になったばかりだ。

「でも…」

 りかちゃんは、声を小さくして目を泳がせた。

「何か、いけない理由があるの?」

「ううん」

 彼女は意を決したように立ち上がった。

「案内する。でも、もし、お母さんが急に早く帰ってきたらすぐに辞めるから」


 りかちゃんのお母さんの部屋は、二階の角部屋にあった。廊下に出ると空気が温かくて、他人の家の、独特の香りが鼻に付いた。人の家だから、床を歩くだけでも、異世界に迷い込んだかのように緊張してしまう。

「ここだよ」

 扉の前に立つと、りかちゃんは緊張した声をだした。僕も、大人の部屋だと思うと、なんだかとても緊張してきた。生暖かい空気の中、ゆっくりと扉は開かれる。

 最初に、朝日のような鋭い光が降り掛かってきた。光に目を細めると、奥に大きな窓が輝いて見える。個室には似合わない大きな窓枠だ。そこからは空の青色が、存分に見渡せた。

 りかちゃんは、ちょっと迷いながら部屋に一歩足を踏み入れた。頭をふるように、不自然にあちこち見渡している。まるで、臆病な泥棒のようだった。

 右手に、机と背の高いクローゼットが並んであった。机の上には薄いディスクトップが置かれていて、低い電子音を鳴らしている。

 左手には、ベッドと化粧台があった。

 たったそれだけの部屋だった。まるで、家主など元々居ないとでも言うような、清潔さのなか、ベッドの掛け布団だけが荒々しく歪んでいた。

「えっとぉ…」

 不意に、りかちゃんの視線はクローゼットに止まった。この部屋にはそこしか、何かを隠すような場所は無いのだ。それからりかちゃんはクローゼットの前まで行き、「え」とつぶやいた。

「鍵がかかってる」

「え?」

 鍵?

 クローゼットに?

 隣から覗いて見ると、確かに、2つの取っ手部分に分厚いダイアル式の鍵がぶら下がってた。

 解除には四桁の数字が必要になる。

「どうして、鍵なんか」と、僕。

「わかんないよ。なんか、怖い」

 彼女はじっと鍵を見つめている。

「服だよね。中身。見られたくないのかな?」

「お母さん、変な服とか着ないよ」

「じゃあ、どうして」

 カチ、カチ、と沈黙中で機械音が鳴っていた。振り返ると、化粧台の隅に、小さな目覚まし時計が置いてあった。

「ねぇ、もうでよ。また後でお父さんに探してもらうから」

 りかちゃんが震えた声を出した。

「え…」僕はりかちゃんの顔を見る。「ああ、そうだね」

 りかちゃんの左手が、かすかに僕の方に近づいていた。僕はりかちゃんの手をそっと握る。このときばかりは、僕は全く緊張しなかった。

 扉をひどく丁寧に閉めたあと、僕らはりかちゃんの部屋に戻った。座るとき、握った手は自然と離された。

「絶対、あの中だよ」僕は強気に言う。

「うん。私もそう思う」

 りかちゃんはすぐに賛成した。

「もし…もし見つかったら、明日言うね」

「あ…もう学校かぁ」

 僕は呆けた。その反応を見て、りかちゃんは微笑んだ。

「野外活動の準備した?」

「まだ。今日やるみたい」言って、僕は後悔した。

「…そっかぁ。楽しんできて!」

「うん…」

 柔らかな陽刺しが、机の上に堕ちていた。僕は、りかちゃんを見る代わりにそれを見つめた。

「りかちゃんは…」

「ん?」

「ううん。なんでもない」

 僕はいっそのこと、りかちゃんと野外活動を休みたいと思った。けれど、家に着けばお母さんとお父さんに誘われて僕は野外活動の荷造りを初めてしまった。

 抵抗は出来ない。

 できるはずがない。野外活動なんて、とても楽しそうなイベントだから。

 だけど、僕の頭の中は罪悪感でいっぱいになっていた。

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