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ヒトがヒトである以上





 この世界の人間は、不思議な特徴をもっている。


 耳が獣の耳であったり、尻尾が生えていたりする一方で、二足歩行でそれ以外の見た目は完全に人間と同じである獣人。その他にも見たことはないが、多種多様なヒトがいるらしい。俺はこの虚構な世界を未だにどこか夢心地な気分で見ている。


 所詮どうだっていい話だ。誰が死のうが、誰が生きようが。


 もう既に彼女はいないのだから。












「今すぐにでも反撃をすべきだ!」

「馬鹿を言うな!それよりもこの町の防備を……」

「いや、そんなことよりもこの町を捨ててヴァルク殿に援軍を……」


 戦いの敗北を受けて、重臣達が集められた。前に見たような面子であるが、今回は事態が事態だけあって前回ほどの気の緩みや打算はない。しかしそれでも話が進まないことにはかわりなかった。


 会議場では感情的になりそれぞれが自分の主張を通そうとしている。まとまりなど無く、収集など付くはずもない。王女であるイアでさえも、どうすればいいのか迷ってしまっている。


「とにかく落ち着いてください。今は争っているときではありません」


 イアが場をなだめる。一時的には静まったが、一切会議が進んでいないことは明白であった。


「と、とにかく今は状況を整理しましょう。彼は落ち着きましたか?」

「はっ。今朝方話ができるようになりました」


 ルカが答える。『彼』とは五日前に重傷の状態でこの町まで戻ってきた敗残兵である。彼は怪我を押して報告に戻ってきたとのことであり、彼以外の敗残兵についても状況は分かっていない。


「連れてこい」


 ルカの言葉で、その敗残兵が入ってくる。杖をつき、肩を借りながら入ってきたその兵は見るからに戦い凄惨さを語っており、言葉無しで敗北というものを現していた。


「まずはよく生きて帰ってきました。戦いの状況を教えてください」


 イアがゆっくりと問いかける。兵士はかすれた声で答える。


「激しい音が響いて、銃弾が飛んできました。それ自体は、昔からもかわりません。だからこっちは広がりながら一気に近づき、しとめようとしました。しかし……」


 獣人の敗残兵はそこで一時的に咳き込む。村上は戦場などというものをしらない。今や日本人で戦争を知るものはいなくなってしまった。


しかしそれでも、彼がここまで必死に戻ってきたことは十分理解できた。そしてそれがどれだけ厳しいものかも。どれだけ幸運であったのかも。


 兵士は続ける。


「……しかし銃弾の数が異常だった」

「異常?」

「気がつけば周りの連中は全員穴だらけにされた。自分は隊列の一番端にいたから、銃弾こそ当たらなかった。けれども砲撃が近くに着弾しして、吹き飛ばされて、気がつけば気を失っていた。起きた時には、もう……」


 兵士はそこで視線を下げる。既に戦いは終わっていたのだろう。自軍の完膚なきまでの敗北によって。


「馬鹿な。人間達がそんなにも早く銃や大砲を用意できるわけがない」

「そうだ。こちらの兵士達は五万以上いたのだぞ」


 重臣達が言う。しかし兵士が首を振った。


「遠征に出発してから、脱走兵が多発しました」

「どういうことですか?」


 イアが尋ねる。


「分かりません。普段でも脱走兵が出ることはないわけではありませんが、それも多くて一部体に一人二人という数です。しかし今回は様子が違いました」

「それは?」

「小隊のほとんどがいなくなっているなんて部隊もざらにいました。全体としてはおそらく二割かそれ以上の兵士が離脱しています」

「そんな……」


 それじゃ戦いにもならないだろう。村上はそう思った。


部隊を編成した当初から人数が二割少ない状態、つまり四万ぐらいだったとしても問題はないだろう。だが途中からそれだけの人員が減ったとなれば話は別だ。


士気はガタ落ち、戦力は二割減どころの話ではない。


(だが解せないな。そもそも格下相手の戦いで兵士が離脱するはずが……)


 村上はそこで気付く。そしてそれはイアも同様であったようだ。村上がイアの方を見ると、彼女も此方を見ていた。


 ヴァルク。おそらくあの男が裏で手を引いているであろうことはよく分かった。


「姫様」


 兵士が言う。


「早くお逃げください。敵は今までとは明らかに違います。どうあっても勝てません」

「何を言うか、貴様」

「そうだ!我々が人間種に対して逃げるなどと」

「そんなことを言っている場合ではないのです!」


 重臣達の言葉に、兵士が語気を強める。


「敵の進行速度は異常です。こちらの防御をものともせず、一気にこの町まで来るでしょう。先に報告したように、東側の戦場では部隊は全滅しました。あの場所からこの距離だと、おそらく十日以内には……」


 そこまで言いかけて、兵士の顔が青ざめる。そして兵士はふりむき、近くにいた衛兵に尋ねた。


「おい!今日は何の日だ?」

「えっ?」

「あの戦いから……俺がここに来てから何日眠っていた!」


 彼はここに来るまでに何日かかり、そして着いてから何日も生死の境を彷徨っていた。それはつまり、報告までにタイムラグが生じていることを意味する。


「っ!?」


 村上もここで彼の意図に気付く。そして同時に、激しい音と衝撃が襲ってきた。


「うわっ!」

「何だ、これは……」


 激しい音は断続的に続き、近くから人々の悲鳴が聞こえてくる。村上にもこれが意味することは十分に理解できた。


 そして考えることなく走り出した。


「ジン!どこへ……」


 イアの言葉に振り向くことなく、村上は走り出す。外に出ると、あちこちから火が上がっているのが見えた。


 それは紛れもなく砲撃だった。


 村上は初めて見る景色に、ただ呆然と立ち尽くす。すると後ろからルカが追いついてきた。


「クソッ、本当に人間達が此処に攻めてきたっていうのか!」


 ルカもあまりの光景に、どうしていいか戸惑っている。村上はすぐに考えを整理し、ルカに指示を出した。


「俺は状況を確認してくる。ルカは王女と皆の避難誘導をしてくれ」

「えっ、ああ。分かった」

「砲撃は東からだ。町の被害も東に集中している。まずは西側へ避難だ」


 こんな状況だ。ルカも力強い村上の指示に従い、素早く動き出す。村上はそれを見届けるとすぐさま東門へと走り出した。


 何故そうしたのかは分からない。彼等を誘導する義理も、自らそんな危険な場所に行く意味も。そもそも自分がここで生きる意味さえ見失っているのだ。村上がそうした理由など永久にわからないだろう。


 だが事実、村上は動いた。そして見た。焼かれていく町を、吹き飛ばされていく人々を。


 雄叫びが聞こえる。町には敵の部隊が入り込んでいるようであった。


『いたぞ!敵だ!』

『殺せ!』

「っ!」


 とっさに敵部隊の兵士に銃を向けられる。村上は瞬時に地面を蹴り、敵の懐まで飛び込む。照準を合わせる間もなく、敵二人の意識を刈り取った。


「はあ、はあ。危なかっ……」


 村上はそこで言葉を失う。視線はただ一点に向けられ、鼓動が早くなっているのを感じた。


「アサルトライフル……間違いない。これは……」


 兵士達がもっていたもの。それは紛れもなく村上が見たことのあるものであり、そしてこの世界に存在するはずのない、自動小銃そのものであった。


 村上はおそるおそるその銃を拾い上げる。そしてその銃を念入りに観察した。


 詳しい構造などはわからないし、知る必要もない。そして村上にとって必要な情報、それは確かにそこに存在した。


「アルファベットに、アラビア数字……。参ったな。これじゃ、言い逃れできないじゃないか」


 村上はそこで立ち尽くす。


 町は燃え、人々は叫びながら逃げ惑う。そんな燃えさかるその炎は、かつての記憶を思い起こさせた。


 世界が見殺しにした、愛する女性との記憶を。






 




読んでいただきありがとうございます。

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