第一節 我輩は魔術師である。-⑦
「めんどくさいな」
僕は先生に頼まれてクラス人数分のノートを運んでいる。
本当は学級委員の仕事なんだけど、今日はその学級委員がいないので、その代理で僕がやっている。なんで僕なのかは担任のさじ加減である。たまたま僕と目が合ったからで理由なんてない。ちなみに学級委員は宮本さんではない。見た目も雰囲気も委員長っぽいけど、学級委員ではないのだ。ちなみに学級委員は安村さんだ。ふわふわ系女子でかわいい子だ。見た感じ学級委員と言う感じではないけど、発言力は強くてクラスの中心的な感じ子だ。宮本さんとは仲のいいグループが違うので僕もあんまり関わったことがない。と言うよりも協調力を重視する感じで空気の読めない子をけなして仲間はずれにしている感じがする。過去に僕が怪我をさせたいじめっ子に似ているので関わったことがないというよりも関わりたくなくて僕から避けている。
その安村さんが休みということで変わりにノートを運ぶ。
「てか、安村さんってこんな仕事本当にしてるのかな…?」
たぶん、めんどくさくて誰かにお願いしてやらせているイメージがあるな。
「失礼します」
職員室に入ろうと扉を開けようとすると山のように積み重なっていたノートが崩れ落ちた。
「あー」
めんどくさいな。
散らかったノートを集める。
「大丈夫かい?」
と声をかけてくれていっしょになってノートを集めてくれた。僕を助けてくれたのは黒髪のポニーテールに健康的に日焼けした肌とすらっとしたスタイルの美女。
「あ、ありがとうございます」
「いいよ。人間助け合っていかないと」
制服のリボンの色から上学年、つまり先輩だ。そして、僕にしては珍しくこの人のことを知っている。
「えっと、新海先輩でしたっけ?」
「お!よく知ってるね!」
知っているとも。この間の全校集会で全校生徒の前で表彰されていた三年生の新海さんだ。テニス部のエースらしい。エースだって言うのは宮本さんの情報で知った。新海さんはテニスの県大会で優勝したのだ。その業績を讃えられたのだ。
「私も有名になったもんだ。うれしいよ。見知らぬ後輩くんに名前を覚えてもらえるのは」
笑顔には活気があってつられてしまいそうだ。
「えっと、県大会優勝おめでとうございます」
一応、お祝いの言葉を添えておく。
「ありがとう。全国大会は初戦で負けちゃったんだけどね」
言うんじゃなかったと大後悔。
散らばったノートを一通り集め終わる。
「あの、ありがとうございます」
「いいってことよ」
気付けば、僕らの回りに人が集まっていた。みんな僕に聞こえないようにひそひそと話をしている。その中に僕を嫌悪するように視線を送っている女子たちがいる。新海さんが表彰されるときに隣で見た気がするからたぶん同じテニス部の子だろう。僕のことを敵視している。
「君も私とは別の意味で有名だね」
「…そ、そうですね」
なんだ。知ってるんだ。
でも、知っているのならなんでわざわざ僕を助けたんだろうか?
ジーっとまじまじと僕のことを見て観察する。
「な、なんですか?」
「いや!君を見た感じ噂で聞くような悪い子じゃなさそうだ」
「は、はぁ…」
「噂って良くないよね。その人の本質を知らないのに勝手にイメージを作って、そうであると勝手に決め付けられる。私も嫌いだよ」
笑顔でテニス部の女子たちを威圧すると気まずそうに女子たちは視線を外した。
僕からすればあの女子たちが正常だ。逆に新海さんのほうが異常だと思う。僕みたいな人殺しと同等のことをした危険人物に話しかけるなんて普通しない。避けて当然だ。
「悪い人ならクラスメイトのノートを運んだりしないでしょ。君は普通に真面目でいい子だよ。いつかそれがたくさんの人に理解されるといいね」
―――その言葉に僕はどれだけ救われるだろうか。
「じゃあね」
と手を振って女子たちのほうへ戻ろうとする新海さんは何か思い出したように足を止める。
「そうだ!今度は君から私に話しかけなよ」
「へ?」
「それが君のためだ。君は悪い人じゃない。私がそれを証明してあげるよ」
「は、はい。わかりました」
「それと名前聞いてなかったね」
過去に悪いことをした二年生がいるって言う情報しか知らないようだ。
「えっと、さ」
「ああっと!ちょっと待ってね!」
急に止められる。
「苗字じゃなくて名前だけが知りたいな」
「え?なんで?」
「なんでって好みだから」
変わった好みだな。
「それにそっちのほうがなんかいいじゃん。苗字は家族の名前だけど、名前は自分のものだよ。誰でもない自分だけのもの。それで紹介しあったほうがいいなって私は思うの」
目の前の美女が言うのであれば…。
「えっと…ま、誠です」
名前だけでの自己紹介が気恥ずかしく小声になってしまった。
「うん、誠くんか」
女子に、しかも美女アスリートに名前で呼ばれたこの瞬間は家宝だ。録画して何度も見たい。
「よろしく。私は舞。気軽に舞さんって呼んで」
「は、はい。舞さん」
「うん。いいね。私は君みたいに素直な子は好きだよ」
それだけ言って新海さんは女子たちのほうへ戻って行った。
「舞さんか…」
女子と名前で呼び合ったことがない僕にとって未知な体験だった。
近くにいた男子たちの視線が痛い。ただでさえ、常に日頃から僕に向けられる視線が鋭いのに今日のせいでその鋭さがさらに増しそうだ。僕は逃げるように職員室に入った。