第一節 我輩は魔術師である。-⑤
「山岸~。山岸はいるか~?」
「先生~。山岸さんはきてませーん」
「休みか?連絡受けてないな」
先生が出欠を取っている。今日は山岸さんが学校に来ていないようだ。山岸さんはおっとりとした優しいお姉さんタイプの子だ。何をされても基本的に怒らないけど、それが逆に怖くて誰もいたずらしない。一年生の頃から同じクラスだったのでなんとなく覚えている。風邪を引くようなタイプじゃない。というかすごく風邪に強いっていう噂だ。去年、クラスでインフルエンザが流行ったとき、周りの友達みんなインフルエンザになったにもかかわらずなぜか山岸さんだけぴんぴんしていた。その印象が強いので風邪で休んだとは考えずらい。さて、僕がなぜそこまで山岸さんのことを知っているのか?別に好意があるからではない。
「おっはよー、佐藤くん」
「おはよう、宮本さん。山岸さんが来ないの珍しいね」
「そうなんですよ。鉄人って呼ばれる巴ちゃんが風邪を引くなんてあり得ないです」
鉄人って呼ばれてるのは初耳だった。
そう、山岸さんは宮本さんの友達なのだ。よく話を聞かされるのでまったく関わっていないのに詳しいのだ。知らない人が聞いたらキモいと思われる。客観的に見てもキモいと思う。
「鉄の体を持つ巴ちゃんもついに自分を人間だって証明するときがきたってことですね」
山岸さんに誰もいたずらしないって言うけど、宮本さんは実際にどうなんだろう?めっちゃいじってようにしか見えない。
「こら、チビ」
と頭を軽く叩かれる宮本さん。
「薫ちゃん、何するんですか~?」
やって来たのは早見さんだった。相変わらず僕を敵視する視線を送る。
「先生が呼んでるわよ」
「またですか?昨日、呼ばれてるって言われて先生のところ行ったら呼んでないぞって言われたばっかりですよ?」
「今日は本当に呼ばれたの」
「昨日は嘘だったってことですか?」
膨れっ面になる宮本さんの頬を突っついてやりたい衝動を抑えて冷静になる。やれば、早見さんに殺されかねない。
「いい加減、こんな奴と関わるのは辞めなさいって何度言えばわかるの?」
「いいじゃないですか。何度も言ってますけど、悪い人じゃないですよ」
「それは茜がこいつのことを何もわかっていないからよ」
「わかっていないのは薫ちゃんのほうです」
ちょっと怒った宮本さんは意地になる。
「別にいいじゃないですか、私が誰とどうお話しても」
「あたしも茜がどんな男と付き合ってもなんとか我慢するけど」
なんとかなんだ。
「この男だけは絶対に許さないわよ」
と僕を押し殺す目で睨む。
彼女は早見さんは僕のことをよく知っている。なぜなら、例の事件を起こしたとき、彼女はクラスメイトだったのだ。だから、僕が何をしたのかを現場であの鋭い眼光でしっかりと見ていたのだ。その後すぐに転校してしまったので、僕には悪い印象しかない。だから、僕がどれだけ危険な人物なのか近くで見ていたからこそ、近づくなと宮本さんに言うのだ。
僕からすれば何も出来なかった臆病者なんだけど。
「大丈夫ですよ。佐藤くん」
え!今のどこが大丈夫だったの!
「薫ちゃんは私が男の子のところに遊びに行くとその男の子に強く当たる傾向があるんですよ」
なるほど、嫉妬か。
「ち、違うわよ!」
顔を真っ赤にして否定する早見さん。顔が否定できてないよ。
「ああ、巴ちゃんがいれば、いい感じにからかってくれてこの場が収まるんですけど」
「いなくていいのよ!」
「いえ、とっても大切です」
仲いいなって僕は全然刺々しくない口論をボーっと見ていた。
「とにかく、こんな危険な奴と関わるな!」
その声は教室中に広がった。
誰もがその通りだって表情と反応をしていた。
僕自身もそう思う。将来、子供たちのお世話をする仕事をしたいと思っている宮本さんの友人の中に殺人未遂を犯した凶悪人物がいるだけで彼女のイメージが大きく崩れてしまう。それを笑って跳ね除けるだけの強さを宮本さんは持っているだろうけど、本人の努力だけで変わらないこともある。ここは僕が行動を起こさないといけないな。彼女の将来のためにも僕から身を引こう―――っと思ったんだけど。