第一節 我輩は魔術師である。#①
「新海さん…な、なんで?」
「田代さん。あなたがそんなことを知る必要はないよ」
ブレザー服を着た少し口調が鋭い女子高生、名前は新海というらしい。黒髪の後頭部にまとめるポニーテールの少女。健康的に日焼けした肌とすらっとしたスタイルはまさに美女アスリートだ。泣きながら逃げ惑う女子高生は田代さんと言うらしい。太い黒縁のめがねに頬にはそばかす。気のよさそうな文化系女子だ。なぜ田代さんが新海さんに追われているのかわからない。それは田代さん自身もわかっていないから余計にわからない。逃げる田代さんは体育館裏の倉庫に逃げ込んだがそこは出入り口がひとつしかない。文字通り袋のねずみである。
「や、やめて!なんで私が何を!」
最後の抵抗と言わんばかりに田代さんは大声を出して喚く。ゆっくり体育倉庫に入ってきた新海さんは突然目にも止まらない速さで動いて一気に田代さんの懐に。そのまま田代さんの首を掴んで持ち上げた。細くて華奢な腕から考えられない力で新海さんは田代さんの首を締め上げて体を持ち上げる。
「が…や…め…たすけ…ゆ、う…くん…」
しばらく泣き逃げる田代さんは絞められる首から逃げ出そうと暴れる。握られている手を引っ掻いたり足をばたつかせて新海さんを蹴ったり抵抗したが、まるで巨木のように蹴ってもびくともしない。締められている手はまるで根っこように硬い。抵抗すればするほど、涙が唾液が鼻水が、あらゆる液体が飛び散る。だが、その抵抗もすぐに収まる。
「がっ!あっ!」
呼吸が続かない、まるでカエルのような声を上げるとビクンビクンと体が少し跳ねると田代さんは動かなくなった。目は見開いたまま、涙を流したまま、口を大きく開けたまま、泡を吹いたまま、死んでしまった。それを持ち上げたまま新海さんは恐ろしく冷静に見ていた。
「わぁ~、エグイっすよ~」
事態が収まったのを見計らうように倉庫に入ってきたのは茶髪のボブヘアーのふわふわした丸顔のかわいらしい少女が陽気な様子で入ってきた。
「ええっと今は…新海舞さん?でしたっけ?」
「そういう君は安村さんという名前だったか」
「そうっすよ。安村光っす」
「面倒ね。この身分なんてちゃっちゃと消せばいいのに」
「それだとこの世界に潜伏が難しくなってくるっすよ」
安村さんは倉庫の重い鉄の扉を閉めて鍵をかけた。静かな体育館裏の倉庫には運動部や体育の時間で使う備品が山のように置かれているがどれも埃っぽい。あまり使われていないことが良くわかる。埃が唯一ある窓の光で舞っているのが良くわかる。ちょっと動いただけで埃が立ってくしゃみが出てしまいそうだ。
そんな埃っぽい体育倉庫の床に新海さんは首を絞めて殺した田代さんから手を離すと力なく田代さんは床に倒れる。
「ちょっと!埃がたつっすよ!」
「そんなことどうでもいいじゃない」
動かなくなった田代さんを今度は膝を突いて抱き上げる新海さん。そして、制服の裾で口元の泡をふき取って、涙をふき取って、見開いた瞳を閉じた。
「それ必要っすか?」
「汚いから必要よ」
「だったら、もっと綺麗に殺す方法を考えたらどうっすか?」
「なら、あなたが殺せばいいじゃない?」
「自分には無理っすよ。こんな華奢でちっちゃな女の子じゃ女の子を片手でも持ち上げて首を締め上げるなんて不可能っすよ」
「なら、文句を言うな」
と釘を刺される安村さん。はいはいとそれ以上反論せずことを見守る。
制服の裾で田代さんの顔を綺麗にするとゆっくり新海さんは田代さんの顔に近づく。そして、自分も目を閉じて唇を交わしてキスをした。
「ひゅ~」
と口笛を吹く安村さん。
「いつ見ても女の子同士のキスはいいものっすね」
唇を交わすこと数秒。ゆっくり田代さんから離れると唾液が糸を引く。
「芸術っすね。窓から差し込む夕日に光る唾液の糸がなんとも言えないっす。次は写真に収めていいっすか?」
とスマホを取り出す安村さん。
「私たちは遊んでいるわけじゃないわ。それを忘れないで」
はいはいとスマホを仕舞う。
「で?どうでした?彼女の味は?」
表情が一瞬にして暗く恐ろしいものになる。声は安村さんの容姿に似合ったふわふわしたものだが、その言葉には鋭さと冷たさがあって聞いてて心地いいものではない。
「薄いわね」
口元をぬぐう新海さん。
「そうっすか…。またも収穫なしってことっすね」
がっかりした様子の安村さんは田代さんのほうへ近寄る。
「こう見るとけっこうかわいい子じゃないっすか」
「彼氏がいるらしいは月嶋優くんって言う子よ」
「今が幸せいっぱいの女子高生を絞め殺す…。やっぱり、エグイっすよ、…新海さんは」
新海さんの隣に来たところで足を止める安村さん。
「今回はどういう根拠でこの子を選んだんっすか?まさか彼氏がいてうらやましかったから?」
「…」
「え!まさかの図星っすか!」
コントみたいに大袈裟にびっくりする。
「彼女を噛んだ時に少し味がしたのよ」
「噛んだってどういう状況で女の子を噛むシチュエーションになるんすか?」
「それは女の子同士にしかわからないわ」
「一応、俺も、女の子っすよ」
「今は…でしょ?」
「まぁ、そうなんっすけど」
「いいからさっさと片付けなさい。田代さんの喚き声に気付いて誰かがここに来るかもしれないじゃない」
「そのときはそのときっすよ」
安村さんは右手を田代さんにかざす。すると田代さんの制服がパキパキと水分が抜ける音がして焦げ始める。制服だけではなく、田代さんの肌も同じように水分が抜けてぱさぱさになると焦げ始めて灰になって崩れだす。その現象が全身に伝わって行き、かわいいと言われたい顔も一瞬にしてミイラ化して灰となって消えた。
「はい、終了っす」
「私はあなたのほうがエグイと思うわ」
「え~、そうっすか?」
「私よりも君のほうが狂ってると思うわ」
「ハハ、新海さんだけには言われたくないっす」
顔が笑っていなかった。
「それにしても濃い味が見つからないわね」
「そうっすね。新海さんと安村さんはちゃんと味がするのにっすね。何が違うんでしょうね?」
「まだ、この世界の調査が必要ってことよ。何か傾向があるはずよ。味が濃い場合と薄い場合の違いが現れる傾向が。傾向を知るにはもっと数をこなす必要があるわ」
「でも、あんまり同じ場所で同じ調査を繰り返すといつかはばれるっすよ」
「ここは調査するには目が少なくてやりやすかったんだけど、場所を変える必要があるかしら」
「だったら、次はどこにします?もっと、かわいい子がいっぱいいるところがいいっす。そしたら、新海さんとかわいい子のチューが見られて幸せっす」
「あなた、調査の趣旨を見失ってない?」
新海さんは倉庫の鍵を外して扉を開けると突然扉が開いたことに驚いてしりもちをつく人物がひとりいた。
「あら?」
「どうしたっすか?」
そこにいたのはひとりの男子生徒だった。スポーツ刈りに引き締まった体。イケメンとまでは行かないが顔立ちはバランスが取れていて普通だった。
「月嶋くんじゃない」
それは殺され灰となって消えた田代さんの彼氏だ。
「あなたはここで何をしているの?」
笑顔で質問する。
「南はどこだ?」
それは田代さんの下の名前だ。
「田代さんのこと?ここにはいないけど?」
「嘘だ!あいつは確かにここにいたんだ!」
何を根拠に言っているのかわからないが、新海さんと安村さんと押しのけて倉庫に侵入する。
「南!」
と田代さんの名前を呼ぶがそこに田代さんの姿はない。
「あ、あれ?」
「だから、田代さんはいないって言ってるじゃない」
「そうっすよ」
まるで悪魔のように瞳をぎろりと不気味に輝かせながら新海さんと安村さんは倉庫の扉を静かに閉めて鍵をかけた。