第五節 転生魔術師はサヨナラを言わない。-③
今日もインターフォンを押したけど、反応はなかった。スマホで時間を確認する。電車までは少し時間があるからあと少しだけここにいよう。玄関から見える位置で壁にもたれてスマホのゲームを起動する。ロード中は玄関のほうに目を向ける。
「今日もダメか」
僕は宮本さんの家の玄関まで来ている。時間は朝の登校の時間。ここから駅まで走れば十分かからない。限界まで待ったら駅まで全力で走る。その電車に乗り遅れると学校に遅刻することになる。それだけはしないつもりだ。
ゲームが起動したのでスマホに目を移す。
あれから僕は電車通学の宮本さんを毎日迎えにきている。彼女は不安なのだ。外に出れば誘拐されるんじゃないか?早見さんや山岸さんと同じように。僕は知っている。その誘拐の脅威は過ぎ去っている。それを説明したところで宮本さんは出てこない。なら、僕が彼女を守るんだ。誰かが隣にいてくれたらきっと安心する。それは教室でずっとひとりだった僕に話しかけてくれたから僕は安心できたのと同じだ。
最初はいいですとか、もう来なくてもいいですとか、迷惑ですとか、散々言われ続けた。徒歩通学の僕には定期がないから来るたびに実費だ。それでも僕は宮本さんのためにここにいる。このまま引きこもっていいわけがない。彼女には夢がある。その夢を叶えたいと思っているのなら今のままじゃダメだ。お節介かもしれない。お節介でもこのお節介のおかげで宮本さんがいい方向に変わってくれるならと僕は思う。このお節介は彼女も見覚えがあるはずだ。
スマホの時計を確認する。
「…時間か」
今日もダメだった。このままだと出席日数が足らなくて推薦がもらえなくなる。
いいの?宮本さんはそれで?
諦めて学校に向かおうとしたときだ。
玄関が開いた。
駅へ向かう足を止めた。中から出てきたのは黒髪のおさげに少し幼顔で低身長。見た目は委員長タイプで真面目な宮本茜さんだ。制服を着ているけど、表情は下向いて暗い。ずっと泣いていたのか目の下は少し赤く腫れていた。震えている。戸は開けられても玄関の影から出られず怯えているように見えた。
そんな宮本さんを見て僕は心配だ。だからと言って彼女を心配そうに接しない。だから、いつも通り。
「おはよう、宮本さん」
いつも通り挨拶をした。
宮本さんはゆっくりと顔を上げて泣きそうな顔で言った。
「お、おはよう、ございます」
僕は玄関先まで戻る。今日は遅刻してもいいかなって思う。ここで僕が無理矢理彼女を学校に連れて行くことは可能だ。でも、それでは彼女が苦しくて怖いままだ。僕は彼女の幸せのためにここにいるんだ。
「なぜですか?」
「何が?」
「なんで佐藤くんは私のために毎日来てくれるんですか?ここに来るだけでもお金もかかるし、時間も掛かる。毎日早起きして出て来ないかもしれない私のためにどうして?」
「僕は…宮本さんに夢を叶えてほしいんだ」
「それだけの理由で?」
「それ以外の理由が必要かい?」
真っ直ぐ僕は宮本さんを見る。恥ずかしいのか目線を外して少し下がる。
「それにさ」
続きの言葉を聞くために宮本さんは顔を上げる。
「早見さんが…もし見つかったときに宮本さんが今のままだったらどう思うだろう?」
もう、早見さんは戻ってこない。僕はそれを知った上で彼女に問う。
「…怒ると思います」
その答えを待っていたよ。
ゆっくり手を差し伸べる。
「早見さんが戻ってきたとき、元気な宮本さんじゃないと早見さんは怒るよ。それに僕はね、宮本さんは夢のために前を向いて欲しい。それは僕と、早見さんの願いだ」
「薫ちゃんも?」
もういない彼女の願いだ。
「大丈夫。僕が君を守るから」
そのストレートな言葉に宮本さんは顔を真っ赤にして目線を再び外した。けど、一歩一歩ゆっくりと玄関から出て日の下にやってきた。
「そ、そのセリフはべた過ぎて恥ずかしいですよ。…でも」
宮本さんが指し伸ばした僕の手を取った。華奢で細い指はかすかに震えていた。
「正直、私は怖いです。巴ちゃんや薫ちゃんと同じように誘拐されるんじゃないかってインターフォンが鳴ったとき怖く、怖くて」
泣き出しそうな宮本さんの手を引いて抱きしめた。
「大丈夫。僕がついてる。僕が君をそばにて守ってあげる。君が普通の生活できるように僕が見守ってあげるから」
宮本さんの震えがゆっくりと収まっていった。
僕から宮本さんは離れる。
「苦しいですよ」
「あ、ごめん」
「でも」
宮本さんは涙を拭きながらいつも通り笑った。
「うれしいです」
僕もうれしくて笑った。
「じゃあ、学校行こうか」
「はい!誠くん!」
そうだった。そうだったね。
「わかったよ。茜さん」
手をついないで僕らは学校へ向かった。
宮本さんが学校を休んでから約二週間。宮本さんは僕と共に学校に登校した。約二週間ぶりの登校は遅刻という形だったけど、無事に学校に来てくれたことが何よりもうれしいことだったのは僕だけじゃない。
学校に来ると誰もが宮本さんのことを心配していた。そして、いなくなってしまったふたりの友人のことには触れないところが彼女の人間関係の良さを感じる。宮本さんとして仲良くなかった三田さん、高島くん、安村さんともなんとなく仲良くなった。僕はその輪に積極的に入らなかった。そばで彼女を見守った。
「みんな私のことを心配していたんですね」
昼休み。ふたりっきりになる時間があって宮本さんは僕にそう呟いた。
「下ばっかりむいてちゃダメですね」
と自分を元気付けるかのように上を向く。
僕は小さい宮本さんの頭をぽんとなでる。
「無理しなくてもいいよ。ゆっくりで」
すると宮本さんは目線を外す。
「…そんな風に優しくされると…こ、困りますよ!」
逃げるように教室の方へ走っていった。
「かわいいな」
と思わず口に出てしまった。
不意に誰かに後ろから殴られた気がした。思わず振り返るけどそこには誰もいない。
「ごめんね、早見さん。うらやましいよね。きっと」
なんとなく原因が早見さんなんじゃないかって思った。




