第四節 人生とは常に戦いである。-⑫
熱魔術を思い切り氷の壁にぶつける。熱の塊に触れた氷の壁は一瞬にして溶けて蒸気に変わる。相性は俺の方が有利。でも、氷の壁を溶かすのに熱を奪われてしまって壁を貫通させるまでは行かない。溶かした壁はまるで生きているかのように生えるように元に戻る。
「きりがないっすね」
上を見上げる。氷の壁は床から生えるように目の前でそびえ立った。ならば、氷の壁の一番上は薄くて脆いのではないか?そう思って熱の塊を飛ばしてみると簡単に折れた。折れた氷の塊はこっちに落ちてくるけど、熱魔術の熱でゆっくりと蒸気に変わる。折れた先は宮本さんたちがいる壁の向こう側だ。でも、俺の魔術ではあんな高いところにいけない。そもそも、氷壁は息をするように元に戻る。
「どうするっすか?」
俺は深く考える。考えるのはソフィアさんの仕事で俺は言われたことを実行するだけだった。ソフィアさんはいなくなってしまったけど、上からの命令は継続中だ。こいつらを倒せば転生先を用意する仕事をこなすのは難しい話じゃない。俺は言われたことなら確実にこなすことをモットーに生きているのだ。しかし、そのモットーの反動でこういう不測の事態に俺はどう動いていいかわからないのだ。
深く考えたところで時間を浪費するだけで無駄なのだ。だからと言って強引に氷の壁を突破しようにも途中で魔力が足りなくなってくる。どうしたものか?
う~んとまとまりもしないのに考えていると目の前の氷の壁がゆっくりと形を変えて行く。氷は階段を作り出し、階段の一番上にはドアノブの付いたドアが出来上がった。するとそのドアノブがゆっくりとまわった。
どうやら、考えがまとまる前に向こうから来てくれるようだ。それはありがたい話だ。
ドアノブをひねってでてきたのは小さな女の子だった。
「しまった。今の我輩は八歳の女の子であった。普通のドアノブの高さでは高過ぎた」
と言いながらふらふらしながらドアを開けて閉める。
「やぁ、若者がエドガーという魔術師か?」
この発言から俺でもわかる。
「あんた魔術師っすね?まさか、宮本さん以外にも転生先を用意しているなんて驚きっす」
問答無用で魔術師に熱の塊を発射する。すると魔術師が歩いていた階段が一瞬にして滑り台に変わって滑って俺の攻撃をかわした。
「我輩の質問にちゃんと答えるのである」
「答えたっすよ!行動でね!」
熱カッターで魔術師を焼き切りに掛かる。
「やれやれ。話の通じない相手である」
と首を横に振る余裕を見せる。
「その余裕が命取りっすよ!」
「そんなセリフを吐いている余裕が若者にはあるのか?」
次の瞬間、俺の足元から氷の結晶が発生して俺の手足を氷漬けにした。
「すげー威力っすね」
「そうであろう?」
「でも、相性最悪なことに代わりはないっすよ!」
熱を両手に発生させると氷はあっという間に溶けてなくなる。
「これで!」
バキン。
音が聞こえた。音が聞こえたほうを見れば氷の壁に両開きの扉が出来上がっていた。それを突進して向かってくる影。佐藤くんと宮本さんだった。佐藤くんが宮本さんを背負って、背負われている宮本さんの背後には痩せ細った鎚を持った腕が見える。あの腕が教室の結界を強制解除し、体育館の結界を強制発動した魔術。あれに触れればすべての魔術を解除も発動も出来る。俺の熱魔術も転生魔術も向こうの思うのまま。
ソフィアさんがいなくなったのはあの魔術で転生魔術が解除されたからだ。触れられるわけには行かない。でも、逆に。
「あんたを殺せば俺はこの世界に留まれるっす!」
氷を溶かした熱の塊をそのままふたりに向かって発射した。距離にして二メートル弱。よけられる距離じゃない!
「勝ったっす!」
後はあの氷を使う魔術師を殺すだけだ。と思っていた。
背後から何かに突進された。
「え?」
突進の勢いと突進されたものの重量に俺は押し倒された。
突進してきたのは佐藤くんと宮本さんだった。宮本さんは佐藤くんに背負われて、その背後には痩せ細った鎚を持った腕も見えた。佐藤くんは俺が簡単に動けないように馬乗りになって両手首を握り押さえた。
「な、なんで!」
よく見たら同じ氷の両開きの扉が反対側にもあった。そして、俺がさっき焼き飛ばしたふたりはふたりじゃなかった。それは白い蒸気を上げて溶けた。
「こ、氷?」
「我輩の魔術、氷夢である」
氷の魔術師は丁寧に説明してくれた。
「氷の結晶の光の屈折が鏡のようにふたりを若者の目の前に映し出した。飛び出すタイミングは鏡のふたりも本物のふたりも一緒である。しかし、違うのは鏡のほうが距離が近く、戸を開けると音を派手にした。若者はミーシャの閻魔の審判が転生魔術を解除する唯一の手段であると判断したから我輩ではなく、彼らを先に狙った。彼らを倒せば、ゆっくり我輩の相手が出来る。そんな余裕が若者にはあったのか?そんな余裕があるなら我輩たちの手の先を読むべきであったな」
「それはできない話っすよ」
宮本さんの背後の腕が俺に触れた。
「俺は考えるのが苦手っすから」
鎚が俺を軽く叩いた瞬間、時空の向こう側に引っ張られて意識が飛んだ。
さようなら、俺の自由。




