第四節 人生とは常に戦いである-⑩
あたしは震えて、怯えて、見ているだけ。
目の前で起きている魔術師同士の戦い。巨大な瓦礫が宙を浮く。人間が人間じゃない動きをする。幻覚のような腕が人の背中から生える。火が人の意思にあわせて自由に動く。体育館の壁に当たり前のように穴が空く。
あり得ない。普通じゃない。こんなことにあたしは関わるべきじゃない。逃げるべきだ。
でも、あいつは違う。佐藤は違う。
中学二年生。クラスを牛耳っていたいじめっ子は確かにある男子をいじめていた。それは誰が見たってわかる。でも、それを止めれば自分も標的になるんじゃないかって誰もが怖がって、震えて、怯えて、見ているだけだった。その男子が転校して次の標的が自分にならないよう息を潜める息苦しい生活が続いていた。そんなクラスの空気を壊してくれたのは佐藤だった。
あいつはあたしとは違った。怖がっても震えても怯えてもいなかった。彼は変えようとしていた。彼の勇気ある行動は結果的にいじめっ子やそれ以外の人を傷つけてしまったけれど、息を潜めて息苦しい生活を送る必要はなくなった。
彼は戦っていた。そこには常に自分の意思って言うものがあった。
あいつはあたしと違う。いろんなものから戦うための強さがある。
普通、あんなこと出来る?
安村さんに転生している魔術師が手のひらから何か見えない塊を発射すると体育館に大きな穴が出来上がる。強い熱を感じるから熱で溶けたことでできた穴だ。こんな攻撃をまともに受けたらどうなるか考えるだけで震えが止まらない。
そんな相手とまた佐藤は戦っている。あたしや茜を守るために。
あいつは自分を特別じゃないと言っていた。あいつは誰かを幸せにするなら自分が不幸になってもいいと言っていた。それがあいつを戦うための力を与えているのか?あいつも茜のために、茜の幸せのために戦っている。自分がどれだけ不幸に死んでしまっても茜のためにその命をかけている。
あたしも茜のためならどんなことをやる覚悟で毎日を過ごしていた。凶暴な佐藤にぼこぼこにされても茜を守れるならそれでいい。佐藤もその覚悟で戦っている。
「な、なら、あたしも茜のためにこんなところで震えていられない」
震える手に向かって近くの鋭い瓦礫にぶつけて震えを無理矢理止める。震えは止まった。
新海先輩をゆっくり床に寝かせる。
その後は体が勝手に動いていた。安村さんの中にいる魔術師が作った穴から体育館へ飛び出すと同時に佐藤に向かって魔術師が攻撃をしていた。それを茜の中の魔術師、ミーシャが決死のダイブで何とか助け出した。しかし、ミーシャはもう動けない。佐藤はもうぼろぼろだ。でも、ミーシャを、茜を抱えて逃げようとしている。それでも、逃げられる状態じゃないのに必死に茜を守ろうとしている。
彼はあたしが想像していた人物とは違う。怒りに任せて暴力を振るう危ない奴。
それは違う。誰かのために自分を犠牲に出来るすごくお人好しの大ばか者だ。
そんな奴を茜は好きだったんだ。
「あんたの目は正しかったのね。茜」
なら、あいつに茜を託してもいいじゃないか?
そう思ったら自然を体が動いていた。
安村さんの中の魔術師が次の攻撃を繰り出したと同時にあたしはふたりを押し飛ばした。あたしが立っているところはすごく危険なことはわかっていた。でも、あたしはこれでよかった。あたしの大好きな茜はこれで救われる。あたしがいなくても茜には茜を守ってくれる佐藤がいる。だから―――。
「佐藤。―――茜のこと。これからも、頼んだわよ」
必死に手を伸ばそうとする佐藤の手をあたしは取ろうとしなかった。次の瞬間、すさまじい熱があたしの体全身を襲った瞬間、目の前が真っ白になる。別に後悔とかはない。茜には佐藤がいるから大丈夫だ。
―――唯一、後悔があるとするなら、茜に気持ちを伝えられなかったことくらいだ。




