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転生魔術師が君に伝えたいこと  作者: 駿河留守
第一章 転生魔術師はサヨナラを言わない。
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第四節 人生とは常に戦いである。-⑨

「大丈夫。気絶しているだけさ」

 その言葉に僕らはほっと胸をなでおろす。

 目を覚まさない舞さんを体育館の隅まで移動させてミーシャが様子を窺ってとりあえず大丈夫だろうという見解だ。ちゃんと舞さんの体を傷つけないように細心の注意を払ってくれたからこそ舞さんは目立った外傷はない。

「すまいね。佐藤くん」

「え?なんで?」

 ミーシャは脇から胸にかけて焼けて落ちたところに手を添える。ふと水色の下着に目が行ってしまった。

「てぇい」

 早見さんが目潰しをしてきた。

「いったぁぁぁぁぁ!!」

「どこ見てるのよ?変態ゴミ野郎」

 酷くない?

「ボクの下着を見ていたというなら許されたことじゃないな」

「ちょっとミーシャ?そんなでかい瓦礫を持ち上げて何をする気?」

「想像に任せるよ」

 なんで若干楽しそうなんだよ!

「てか!なんでミーシャは僕に謝ったの!」

 話を強引に戻す。

「ああ。約束を守れなかったからさ」

「や、約束?」

 再びミーシャが押さえているところに目が行く。脇から胸にかけてやけどを負っていた。

「傷をつけないと約束したのに」

「あ、そうだったね。で、でも、いいよ。もう。君が言っていたことが本当だってもうわかったからさ」

 ミーシャは約束どおり舞さんの中にいた魔術師を送り返して魔術師から舞さんを解放してくれた。それだけで僕はうれしい。

「…あなたミーシャって言うの?」

 早見さんがミーシャの顔を覗き込むように尋ねる。

 なんでボクのことを宮本さんじゃなくてミーシャって呼ぶんだい?って顔をしていたので、包み隠さずすべて話した。ミーシャが宮本さんに転生して体を借りていることも。魔術師同士の戦いについても。

「なるほど。それで君はどう思ったんだい?」

「…信じがたいけど、目の前で起きているこの説明が付かないから信じるしかない。それと、あたしも体をとられていたのよね?」

 僕らはゆっくり頷く。

「ほんの数分だけなんだけど、記憶が飛んでいるのよ。気付いたらぼろぼろのあんたがいて、茜があたしの心配をしていた。体が教えてくれたのよ。あたしは茜を殺そうとしていた。わかった瞬間、手の震えが止まらないのよ。でも、今目の前に茜はいる。あたしの手が茜を殺させずにしてくれたのはあんたたちのおかげなのよね?―――ありがとう。ミーシャ、佐藤」

 彼女の笑顔を僕は知らない。完全に敵意のないきれいな笑みに僕は直視できなかった。

 これで僕と早見さんの間にあった壁はなくなった気がした。これからも変わらない日常が戻ってくる。でも、それは同時に―――。

「さて、君らはまだ何かを忘れているんじゃないのかい?」

 水を差すような言葉と同時に体育館の入り口が突然爆音と同時に吹き飛んだ。まるでオーブンを開けた瞬間みたいに体育館の入り口から熱風が吹き込んできた。

「熱っ!」

 熱さで顔が焼けそうだ。

 必死に目を開けると熱で溶け落ちた鉄製の戸からゆっくりと体育館に入ってくる人影がひとつ。強力な熱でその姿が歪む。

「外から強引に結界を破るなんてよくやろうと思ったね」

「仕方ないっすよ。これでも一応ソフィアさんの部下なんで。部下は部下なりに上司の命令には従わないといけないんっすよね」

 安村さんの姿をした魔術師、エドガーだ。しゃべり方、仕草からして奴は男だ。

 雰囲気はソフィアと違って緊迫なくひょうひょうとしている。まるで友達の家にでもやって来たみたいに気軽に体育館に入ってきてあたりを見渡して僕らの背後で倒れている舞さんを見つける。

「ソフィアさん…じゃなくなったんすかね?その様子じゃ」

「鋭いじゃないか」

「一応、これでもソフィアさんと同じく異世界転生計画の大役を任されてるんっすよ」

「その計画も彼女がいなくなった今、遂行は難しいんじゃないのかい?」

「そうっすね」

 エドガーはあっさりと認めた。

 このままエドガーと戦わずに済むんじゃないのかって思った。でも、それは浅はかなだった。

「難しくなったかもしれないっす。俺はソフィアさんほど頭もキレないっす。計画がここまでうまく行っていたのもソフィアさんの類稀で的確な判断があったからっす。でもっすよ?転生先の器を新たにふたりも用意してあんたたちを閉じ込める結界を二ヶ所も用意したのは誰っすかね?」

 エドガーはゆっくりと堂々と親指で自分を指差す。

「俺っすよ。魔術師にもバレず。安村さんの友人にもバレず。時には新海さんに三田さんに高島くんに転生してあんたたちの目を盗んで俺はここまで準備したっす。これはソフィアさんにはできないことっすよ」

 周到に用意された転生先に結界。結界に関して予備まで用意していた。それをミーシャに悟られることなく準備したのはこのエドガーだ。僕らが話をしていた安村さん、三田さん、高島くん。彼女らは本当に彼女らだったのだろうか?転生したエドガーだったのではないか?なら、僕を怖がらずに近づいてきたのは一体誰だったんだ?安村さんでも三田さんでも高島くんでもない。エドガーだったんじゃないか?僕は自分がクラスに溶け込みつつあることと錯覚していただけだったのか?

 怒りがエドガーにふつふつと僕の中で煮えくり返りそうだった。

 そんな僕に水をかけて冷やしてくれたのは。

「大丈夫よ」

 怒りで強く握っていた拳をとくように握ってきたのはなんと、早見さんだった。

「え?」

 早見さんは僕が感じていることをわかってくれたみたいだった。

「勉強を教えて欲しいって近づいてきたのは三田さんよ。あいつじゃない。バスケに誘ったのは高島くんよ。あいつじゃない。あんたを認めたのは安村さんよ。あいつじゃない。それは誰にも転生されていないあたしは知ってるわ」

 ミーシャも何か言おうと思っていたみたいだけど、安心したみたいに僕らの間に割るようにエドガーの前に出る。

「もう、君たちは終わりだ。大人しく元の世界に帰るんだ」

 ミーシャの背中から痩せ細った手が背負われているように背中から生える。

 それを見て早見さんが引いた。その奇妙な腕は閻魔の審判。触れた者の魔術の権限を奪う。

「知ってるっすか?」

「何をだい?」

「この計画を実行したときの報酬っすよ?」

「そんなものボクが知るわけがないじゃないか」

 それもそうかと納得するエドガー。

「一生遊んで暮らせる金、なんてべたなものじゃないっす。世界が滅びかけてるんっすよ?金なんて貰っても世界が滅んだらそれはただの紙屑っす」

「なら、君がもらえる報酬はなんだい?」

 エドガーは安村さんの胸を鷲づかみする。

「この新しい体と人生っす」

 それはミーシャが恐れていたことだった。

「この安村さんってめっちゃ便利なんっすよ。周りの女はども何でも言うことを訊くし、親は金持ちで何でも買ってくれる。女に転生するってなんだか最初は嫌だったんっすけど、安村さんは顔もスタイルも良いから男がほいほいやってきてなんでも言うことを訊いてくれる。この支配感が最高なんっすよ!」

 牙をむくような笑みは安村さんの整った顔を崩している。まさに悪魔、鬼のようだ。

「俺みたいに一生こき使われるよりこの新しい人生は最高っす!だから、この人生を手に入れるためなら俺はなんだってするっすよ」

 両手のひらをこちらに向けた。何をしてくるのか一瞬で察知したミーシャは閻魔の審判を引っ込めて透明な幻魔の腕で早見さんと気絶している舞さんを掴んで。

「ボクに抱きついて死んでも離れるな!」

 緊迫した言葉に迷わずミーシャに抱きつくとミーシャは問答無用で飛び上がった。それと同時に僕らがつい数秒前までいたところが溶けえぐれた。

「え?」

 ステージ脇まで飛び逃げて着地しようとしたミーシャだけど、踏ん張りが利かず滑るように倒れる。倒れた衝撃で僕はステージの外側に落下して三人はステージの奥へ。

「な、何が!」

 ゆっくりと両手のひらを広げたエドガーが歩み寄ってくる。

「俺を目撃しているのは魔術師と佐藤くんに早見さんの三人。三人さえ消せば計画は進められて俺は新たな人生を手にするっす。いつ滅ぶかわからない世界で怯えるよりも俺はこの世界で自由に暮らすっす!」

 エドガーの両手のひらで強い熱を感じた。エドガーは熱を操る魔術師。さっきは高熱の塊を飛ばしてきたのか?その高熱の塊が触れたところが溶けて蒸発した。それがすごい勢いで迫ってくる。つまり、

「ビームってわけか」

 僕が知ってる魔術はもっと知性的だ。火や水を自由に操ったり自然の摂理とかを利用した頭のようなそうなイメージだけど、僕の出会った本物の魔術師は違う。

 ひとりは自分の筋力を大幅に上げてすごいスピードで動いたり、すごい力で殴ってきたり物を投げてきたりしてきた。脳筋かよ!ってツッコミたくなる。

 ひとりは手のひらから高温の熱の塊を打ち出してくる。まさにビーム。熱で物を切断した。まさにビームソード。SFか!ってツッコミたくなる。

 ひとりは巨大で見えない腕で思いっきり殴ったり物を投げたりってこっちも脳筋かよ!

「もうちょっと知的な魔術を使う魔術師はいないんですか?」

 なんて冷静に分析している場合じゃない。また、エドガーからビームが飛んでくる。

 しかし、それを妨害するように炎の渦が僕の頭上を通ってエドガーを襲う。それを涼しい顔をしてかわす。

「へぇ~。そんな攻撃もできるんっすね」

 ゆっくりとミーシャがステージ中央に向かって歩いていた。足取りは重く引きずっている。その背後からは幻魔の腕とは違って目に見えた。腕は巨大ではなく、人間らしい大きさをしている。肌の色は褐色で筋肉質。指が長く、獣のように爪が長い。

「ソフィアさんはその魔術にやられたんっすね」

「燃魔の右腕だ」

 燃魔の右腕の手のひらから渦を巻いた火の玉が作り出されるとそれを野球のボールを投げるみたいにエドガーに向けて投げる。しかし、エドガーはその火の玉ごと圧縮した熱で消し去った。そして、その熱は火の玉を消し去った後、ミーシャに向かって飛んで行った。ミーシャは自分の足で横に飛んでその攻撃をかわす。真後ろには早見さんと舞さんがいたはずだったが、早見さんが舞さんを抱えてステージの裾まで移動していたから直撃しなかったが、体育館のステージ奥に大きな穴が大きな音も立てずジュワと溶けて出来上がった。

 壁は鉄筋コンクリート製。あれに当たれば人間なんて一瞬で溶けて灰になってチリになってしまう。息を飲んだのはその現場を目の当たりにした僕や早見さん、そして、ミーシャだ。

「ボクの見解が間違っていたようだ。彼女よりも彼のほうが強い」

「やっと気付いたっすか?自分の熱魔術は高火力。その高火力から防御壁をすべて焼き、溶かし、灰にする。防御不可能。絶対の最強の矛。降参するなら今っすよ」

 あの攻撃をミーシャは防ぐ手段がない。あるとすれば巨大な瓦礫を盾にするくらいだけど、そんな手ごろな瓦礫は近くにはない。

「降参すると思うかい?」

 しかし、ミーシャは一歩も引かない。

「そうっすよね。なら、これでどうっすか?」

 エドガーの手のひらが僕を向いた。

「え?」

「死ね。佐藤」

 ビームが僕に向かって飛んできた。

「ちょっと!」

 立ち上がって逃げようとするけど、足に痛みが走って立ち上がれずしりもちをついてしまった。ソフィアの怪力を無理矢理押さえ込んだときかミーシャから落ちたとき。どっちかはわからない。両方かもしれない。どちらにせよ。命を取り合う極限の状態に長い時間身を置いていた僕の体はとっくに限界だったのだ。立ち上がることが出来なかった。それをミーシャが決死のダイブで幻魔の腕に捕まられてビームは体育館脇の壁に僕の身長と同じくらいの穴を空ける。

「おしいっす。でも、ジリ貧っすね。攻撃する手段のはずの燃魔の右腕でしたっけ?それを引っ込めて幻魔の腕で佐藤を守るのに必死っすね。そんな雑魚放っておけば少なくとも俺とは対応に戦えるんじゃないっすか?ま、それも無理そうっすね」

 ミーシャは膝から崩れ落ちた。それを僕が支える。息が荒く。目の焦点が合っていない。

「どうしたの!ミーシャ!」

「この隙を逃すと思ったっすか!」

 エドガーは両手のひらをこちらに向けると同時に強い熱の塊を発射してきた。ミーシャを抱えて飛ぶ。何とか一発目は避けることができた。けど、二発目が床をえぐりながら僕らに迫る。飛び退ける態勢じゃない。僕はせめてミーシャだけでも。宮本さんだけでもと。ミーシャに覆いかぶさる。

 そんなミーシャを抱える僕を背中から誰かが突き飛ばした。

 誰が突き飛ばしたのか?突き飛ばされながら僕は後ろを振り返るとそこには早見さんがいた。

 待って!そこは危ない!エドガーのビームが飛んでくる!逃げて!

 必死に手を伸ばすけど届かないし、早見さんも手を伸ばさない。そして、僕に告げるのだ。

「佐藤。―――茜のこと。これからも、頼んだわよ」

「早見さん!」

 必死の叫びの後、高熱のビームが早見さんを一瞬にして肉を焼き、骨を焼き、灰に変えた。壁には早見さんの影だけが残った。跡形もなく早見さんは焼き溶け消えた。

「は、早、早見、早見さん?う、嘘でしょ?早見さん?早見さん!」

 伸ばした手の震えが止まらなくて強く床に叩きつけて早見さんがさっきまでいたところに転がるように駆け寄る。すさまじい高熱は未だにその場所に留まっていて手や足が焼けそうになっても必死に早見さんの手を取ろうとするけど、そこにはもう…。

「あああああああああああ!!!」

 涙が一気に溢れ出る。怒りと悲しみの感情の渦に飲まれそうになる。

 ぴりぴりという感覚が背後から感じて振り返るとそこにはミーシャが呆然と立ち尽くしていた。

「早見さん?―――薫ちゃん?」

 目の前で起きたことをそのきれいな瞳に焼きついた。そして、ミーシャの両目から涙が溢れ出る。右目からは滝のように大粒の涙が流れ出てきて左目からは一滴の涙がツーっと流れる。その涙はミーシャが流しているものなのか、宮本さんが流しているものなのか僕にはわからなかった。ただわかることはひとつある。

「ボクは、君を、許さない」

 まるでミーシャの心境を表現するかのように燃魔の右腕から乱暴に炎が吹き出る。

 そこで初めてミーシャは始めて僕に見せた。何もわからないと言っていたミーシャに幸せとかわかって欲しいと思っていたけど、それを最初にわかって欲しくなかった。

 ミーシャは怒りを覚えた。

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