第四節 人生とは常に戦いである。-③
体育館の脇。前にミーシャとソフィアが派手に暴れた倉庫近くに僕らは飛んできた。体育館のグラウンド側には背の低いツツジの木が植えてある。所々にピンクや赤色の花が咲いている。そのうっそうとした葉の隙間のからグラウンド側の様子を窺う。
「彼らは追って来ていないようだ」
「そ、そうか」
ほっとすると足に力抜けてその場にぺたんとしりもちをついた。
教室にいた早見さんたちは大丈夫だろうか?三田さんと高島くんは教室から飛び出すのが見えたけど、早見さんはその姿を見ていない。舞さんと安村さんには魔術師が転生したままだった。ふたりはまだ魔術師に拘束されたままだ。
「…なんでさっき僕らは教室から出られたんだろう」
と何気なく呟くとミーシャが教えてくれた。
「ボクの魔術さ」
「魔術?」
ミーシャの背中にはまるでおんぶしているかのように鎚を持った痩せ細った腕が腕を回していた。
「この腕は閻魔の審判という魔術さ」
「閻魔って閻魔大王のこと?」
「そうさ。閻魔は死人の罪を審判する悪魔さ。審判するときに死人が極悪人だったとき、暴れられないよう、魔術の権限を奪うんだ」
「そ、それはつまり?」
「閻魔の審判に触れた魔術、鎚で叩かれた魔術の権限を奪う。それが閻魔の審判さ」
僕はそこそこゲームを触る。理由は、まぁ、ひとりでいることが多いのでひとりで暇を潰せるからだ。そんなゲームをやる僕にはわかる。魔術の権限を奪う魔術。それはどう考えても強い。
「なんでそれを早く使わなかったの」
それがあれば結界からすぐに抜け出せたのに。
「簡単じゃないのさ」
「なんで?」
「閻魔の審判は幻魔の腕ほど速く動けないし、パワーもないし、ボクの使う魔術は他の魔術と併用ができない。その分、強力なのさ。閻魔の審判を使っている最中は無防備になってしまう。そんな無防備な状態でソフィアの怪力からもエドガーの熱魔術からも自分を、宮本さんを守ることは出来ない」
相手が使っている魔術の権限を奪うチート級の魔術にはそれなりに制約がある。ゲームでも強力な武器や技にリスクがあるように魔術にも同じようなものがあるようだ。
そこで僕はふとした疑問を自然と口に出した。
「なんか、ミーシャの使う魔術って悪者っぽいって言うか悪魔を従えてるみたいだ」
その発言にばつが悪そうに答えた。
「ボクの使う魔術は普通じゃないのさ」
「普通じゃない?」
「魔界と契約することで使える魔術だからさ」
「ま、魔界って…」
魔界って言葉だけで印象がよくない。
「ボクは強くなりたかったのさ。家族を失ってもうこれ以上何も失いたくない一新ですがってしまったのさ。印象が悪いのはボクも同じさ。でも、その代わりボクは強くなった。いろいろと代償はあったみたいだけど」
「代償って?」
「何もわからないって前に話しただろ?たぶん、それはこの契約のせいだろう」
ミーシャに感情がない理由。それはミーシャが強い理由でもあった。
「契約のせいでわからなくなった、その幸せとか感じることは取り戻せないの?」
「わからない」
そうミーシャは一言。それ以上何も言わない。
ミーシャが作った静寂を僕はぶち壊す。
「大丈夫。取り戻せる」
そう即答してやった。ミーシャはそれに驚いて僕のほうを振り向いた。
彼女の中には確かに感情がある。僕はこの数日間感じている。彼女にはそれが感じていることとわかっていないだけだ。久々にお風呂に入ると幸せ、甘いものを食べると幸せ、気を張らなくていいのも幸せ。それを幸せを思っていないだけでそれが幸せなのだ。もっと、たくさん経験すればきっとわかるようになる。
「僕がわからせてあげるよ。ミーシャがもっと幸せだって思えるように」
「ボクにはそれはいらないよ」
「ミーシャがそう思っていたとしても僕が許さない。魔術師を倒して楽しいことをいっぱいやろう。そのためには…」
宮本さんの肩から脇にかけて負ったやけどを見て力が拳にぐっと入る。
「あの魔術師たちを倒さないと」
ギッと眉間にも力が入る。
ミーシャは冷静に告げる。
「これ以上、君を危険に負わせたくはないけれど、ボクひとりでは彼らには勝てない。君の協力が必要だ。佐藤くん」
手を伸ばした。
「協力して欲しい」
初めてミーシャと出会ったときに交わした同盟の握手の時とは違う。迷いはない。
「任せろ」
力強く握手を交わす。




