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転生魔術師が君に伝えたいこと  作者: 駿河留守
第一章 転生魔術師はサヨナラを言わない。
34/53

第四節 人生とは常に戦いである。-②

 夕暮れ。教室は夕焼けのオレンジ色から少しずつ夜の紫色へと変わっていく。グラウンドの運動部の爽やかな掛け声はすっかり聞こえなくなり、校門の外の街灯がひとつ、またひとつと明かり灯っていく。廊下は普段の活気はもういなくなっていて静寂だけがこの場を支配していた。残っている先生たちもまばらだ。かすかにオレンジ色とあたりを支配する紫色の空間はまさに異世界だ。そんな異世界に僕はひとりでいた。

 今日もいつも通りとは少し違うけど、ミーシャと早見さんと三田さんと四人で帰り本屋によってマックでポテトを食べながらおしゃべりをして帰った。今までの僕だったらあり得ないことだった。正直言って楽しかった。この楽しさをくれたのは誰でもない。ミーシャだ。だから僕は―――。

 教室の戸をゆっくり開けた。窓からはほのかに街灯の光が差し込んでいた。でも、教室は暗く紫色の空間が支配していた。僕は教室の後ろの戸から入った。そして、教壇にはひとりの女子生徒がいた。

 僕が入ってくるのに気付くとおさげを揺らしながらゆっくりと振り返った。

「遅かったじゃないか」

 いつも通りのミーシャがそこにいた。

「こんな時間にこんなところに呼び出して何か用かい?」

 三人と別れた後に教室に来るように僕はミーシャに頼んだ。一度失踪している宮本さんがまた家に帰ってこないと家族が心配するので一度家に帰ってもらってから魔術で飛んできてもらった。そのままきてくれたのか格好は制服のままだ。

「僕はね、ミーシャにたくさん幸せを貰ったよ。十分すぎるくらいに」

「それは良かったじゃないか。ボクがこの世界に来た甲斐があったものさ」

「でもさ、今のままだと、僕だけが幸せになってミーシャは幸せにならない」

「それはなぜだい?」

「だって…ミーシャの世界は滅ぶんだろ?ミーシャは元の世界に帰れば死ぬかもしれないんだろ?」

 ミーシャは無言で頷いた。

「僕はもう十分幸せを貰った。もう、いっぱいだ。お腹いっぱいだ。僕ばっかり幸せを貰っているなんて不公平だ。僕はミーシャにはもっと幸せになって欲しい。ミーシャの幸せのためなら僕がどうなってもいい。だから、僕の人生をあげるよ」

 その発言に少し驚いたのか目を丸くした。

「何を言っているんだい?」

「宮本さんを解放して僕に転生するんだ」

 ゆっくりとミーシャに歩み寄る。

「今の僕はいろんな人との関係が少しずつ改善されてるけど、僕という人格を知っている人は多くない。今なら、入れ替わっても誰も気付かない。今なら僕の人生をミーシャの人生に変えられるだから、僕に転生するんだ。僕を追い出して。そうすれば、ミーシャはこの世界で幸せに」

 僕は自分がどうなってもよかった。ミーシャに手を差し伸べるけど、ミーシャはその手を拒否した。

「な、なんで?」

「ボクが宮本さんに転生しているのはあくまで魔術師の強制送還だ。自分の転生先を探すためじゃない。この世界は封のされたビンだ。ボクという存在は本来あるべきものじゃない」

「そんなの関係ない!ミーシャは今ここに僕の目の前にいるじゃないか!」

「そうさ。ボクは君の前にいる。でも、ずっといるわけにはいかない。ボクは君にたくさんのものを貰ったよ。いろんな感情が抜け落ちてしまったボクに再び幸せって言う気持ちを教えてくれた。味合わせてくれた。本当にうれしかったよ。だから、ボクも貰ってばかりじゃダメだ」

「違う!僕のほうが君にたくさんのものを貰ったんだ!だから、今度はミーシャ!幸せになって欲しいんだ!」

「うれしいね。ボクみたいな無機質な魔術師にそんなことを言ってくれる人がいることがボクの何より幸せなことさ。だから、もう終わらせないとね」

 ふわっとミーシャの周りに渦のような風が吹いて短めのスカートと黒髪のおさげが乱れる。

 ミーシャが僕の後ろへ睨んでいた。何かがいる。振り返るとそこには腕を組んだ舞さんがいた。いや、舞さんじゃない。

「魔術師」

 不敵な笑みを浮かべる魔術師。

「約束どおり魔術師といっしょに来てくれたのね」

「約束ってなんだい?」

「そ、それは」

 僕はそれ以上言葉が出なかった。

「どこで君が佐藤くんと話したかは知らないが、ボクの前に魔術師としてやってきてくれたことに感謝するよ」

「ソフィアよ。私の名前はソフィアよ。魔術師。せっかくこんな異世界で出会ったんだもの。自己紹介くらいしてもいいじゃないかしら?」

 ミーシャは少し間を空けた。言うべきか悩んでいるんだと僕は思った。

「ボクの名前はミーシャだ」

「ミーシャ。猫みたいな名前ね」

「君だけには言われたくないな」

 むっとした表情になるミーシャは構える。戦いが始まる。このまま魔術師、ソフィアに向かって飛び込んでいくんじゃないかって思って僕はミーシャとソフィアの間から逃げるように廊下側に離れたときだった。

 ガラガラと背後の戸が開く音が聞こえた。

「あれ?茜じゃない?」

 教室の前の戸を開けて教室に入ってきたのは早見さんだった。

「なんで!早見さんが!」

「…なんで佐藤までいるの?」

 その言葉には棘がある。僕を攻撃している場合じゃない。

「あらあら。予想外のお客さんが来ちゃったわね」

 困った表情を浮かべるソフィア。

「なら、他のお客さんも呼ぶことにしましょうか」

 と指を鳴らすと早見さんとは別の教室の後ろの戸を開けて入ってくる人物が三人。

「あ、あれ?し、新海先輩?み、宮本さんまで?」

「佐藤と早見じゃないか。こんな時間にこんなところで何やってるんだ?」

 三田さんと高島くんだった。そして、遅れて入ってきた安村さんは無言で教室の戸を閉めた瞬間だった。開きっぱなしだった教室の前の戸が突然勢いよく閉まった。と同時に教室の窓の鍵が一斉締まっていく。鍵が締まるとカーテンがひとりですべて閉まって何か見えない壁のようなものが教室全体を包み始めた。

「佐藤くん。これは少し不味いね」

 ミーシャは小さく呟いた。

「な、ななな、なんですか!」

 突然の超常現象に怯えた三田さんは高島くんと安村さんを押し退いて教室の戸を開けようとするけど、戸は固く閉ざされていた。鍵を下ろそうとしてもうんともすんとも行かない。三田さんよりもパワーのある高島くんが力いっぱい開こうとするけど、まるで石のように固まってしまった戸は開かない。

「なんだよ!これ!」

 まったく開かない戸を強引に開けようと奮闘する高島くん。

「無駄よ。ここは私たちが準備した特性の結界よ」

「見ればわかるよ」

「あなたはわかるでしょうね、魔術師ミーシャ」

「ミーシャ?あ、茜?新海先輩も何を話してるのよ?早く出ないと!」

「すまないがそれは難しそうだ」

 ソフィアが構えると足元に力を入れたことで床の一部がえぐれる。ソフィアがどんな攻撃をしてくるのか。僕は一度だけ彼女と戦っているところを見ている。それは人間離れした怪力とスピードだ。それが今、再び繰り出されようとしている。

「さぁ!魔術師!この子達を守りながら戦えるかしら!」

 一瞬、両手を広げてから超人的なスピードでソフィアはミーシャを襲う。怪力から繰り出される拳の衝撃で机がまるで紙みたいに吹き飛ぶ。しかし、ソフィアの拳はミーシャと始めて出会ったとき同様に空中に見えない壁でもあるかのように阻まれる。その後、何か突き飛ばされるようにソフィアは机をがしゃがしゃと巻き込みながら飛ばれる。

「佐藤くん。他の子を入り口に集めるんだ。隙を見て君たちを外に出そう」

「だ、出そうって!」

「ボクに任せるんだ」

 ミーシャの言葉は自信に満ちていた。閉じ込められたこの状況を打破できる自信だ。

 机の山がはじけるように机が宙に浮く。その中央にはソフィアがいる。机を手に取ると僕と早見さんに向けて投げつけてきた。すると机は僕らの前で突然止まった。

「走るんだ」

 ソフィアと僕らの間にミーシャが入ってきた。

「早見さん!行くよ!」

 早見さんの手を取って三田さんと高島くん、安村さんのいるほうへ走る。

「守りながら戦うのは大変でしょ!」

 走る僕らを狙ってソフィアは机を投げてくる。その机はことごとく僕らの目の前で止まって力なく落ちる。早見さんは机が飛んでくるそのたび悲鳴を上げて身を屈める。机を投げると同時に今度はソフィアが飛んできた。

「引力魔術の対象物がこれだけあればさすがに私の攻撃を防ぐのも難しいじゃないの!」

 と叫びながら人間とは思えないスピードで拳を繰り出すと教室全体が揺れる。しかし、その拳はまたしてもミーシャの目の前で見えない壁に阻まれる。

「嘘でしょ!」

「本当さ」

 再びソフィアを突き飛ばした。飛ばされたソフィアは教室の柱に背中を強打して血を吐いた。

「おや?」

 様子がおかしかった。さっきまでは突き飛ばされてもぴんぴんしていたのに変だ。ずるずると床に力なく倒れる。

「不味いな。佐藤くん!彼らから離れるんだ!」

「え?」

 ミーシャの警告よりもコンマ何秒か何者かが僕の後頭部をすさまじい力で掴み床に押さえ込まれた。

「いたたたたた!」

 すぐに僕の後頭部を掴んでいる手をはがそうとするけど、力が強過ぎて話しにならない。そして、その手は押さえる力とは裏腹に細く華奢で小さい。

「おっと!」

 床に押さえつけられていた僕は後頭部を掴れたまま今度は体を起こされた。

 目の前では机がふたつ宙に浮いていた。

「彼に当たってもいいのか?」

 その声は聞き覚えがあった。ちょっとした音でかき消されてしまいそうなくらい小さくて弱々しい声の持ち主。三田さんだった。でも、三田さんは普段絶対しない人を見下すような目を見てすぐにわかった。

「お、お前。ソフィアだな!」

「あら?勘のいい子じゃない」

 ソフィアは三田さんに転生していた。

「彼女もけっこういい味がしたのよね。だから、彼女も転生先には最適だったのよ。でも、今は魔術師を倒すのに利用させてもらうことにしたわ」

 普段の三田さんじゃないことを察して、今起こっている異常事態にパニック状態になった高島くんが僕らの脇を通ってミーシャの背後にある教室の前の戸の方へ走っていく。それを見たソフィアが不敵に笑った瞬間、三田さんが力なく倒れた。

「あ、あれ?私?」

 三田さんに戻った。ということは。

「ミーシャ!高島くんが!」

 ミーシャが反応したよりも少し遅く高島くんが拳を振りかざしてきた。距離が近過ぎたのか少し押されるミーシャ。

「惜しかったわね」

 さすがに苦しそうなミーシャは高島くんに転生し移ったソフィアの攻撃を突き飛ばすことはせず受け流して斜め後ろに攻撃を逸らす。無理な体勢からそれをやったせいで一瞬、空中で身動きが取れない態勢になった。そんなミーシャの目に入ったのは手のひらをミーシャに向けた安村さんの姿だった。すると空気がゆっくりと安村さんの手のひらに集まっていくように見えた。目を凝らすと何か靄掛かっていて熱を感じた。

「不味いな」

 すると突然ミーシャの周りで何かがドスンと大きな、そうまるで両足で踏み込むような音が聞こえたのと同時にミーシャの体がふわっと浮かんだ。その瞬間、安村さんの手のひらから何かが光となって発射された。それはミーシャの脇をかすって教室の脇のテレビに接触するとバンという音を立てて黒い煙を上げ始めた。

「い、今のは、何?」

「熱魔術さ」

 かすった部分の制服は焦げたような跡を残してなくなってしまって薄水色の下着の一部があらわになる。ゆっくりと足から着地したミーシャはかすった部分を痛そうに押さえながら僕の疑問に答えてくれた。

「ね、熱魔術?」

「炎魔術の上位互換の魔術さ。あの攻撃はボクにも防ぐことは出来ないな」

 それって不味くない?

「そんなことよりも魔術師がふたり」

 そうだ!安村さんが使った、その熱魔術って言うのをソフィアは今まで使ってこなかったし、何より高島くんの中にはまだソフィアがいる。

「もう、いいっすかね?」

「いいわよ。エドガー」

 女の子っぽいしゃべり方をする高島くんがすごい違和感がある。そして、エドガーという安村さんの中にいる魔術師は詰まっていた息を一気に吹きぬいた。

「さすがに疲れるっすよ。他人になりきるって言うのは」

「なりきるということは少なくともエドガーはボクらと過ごしたということかい?安村さんとして」

「正解っす」

「いつからだい?」

「昼休みバスケをしていた頃っすね」

 そんな前から安村さんは安村さんじゃなかった。全然、気が付かなかった。

「彼はとても優秀よ」

 と告げた瞬間高島くんが崩れ落ちた。え?俺なんで?って状況がわかっていない様子からソフィアは高島くんから別の誰かに転生した。それを警戒してミーシャが僕のそばで警戒する。

「私がいない間にまずはこの教室に結界の罠を張ってくれたわ」

 と三田さんがしゃべりだしたと思ったら、こ、ここは?っと三田さんに戻る。

「それだけじゃない。三田さんや高島くんのような優秀な別の器を用意してくれた」

 今度は舞さんがしゃべりだした。さすがに体が痛むと言いながら倒れこんだ。

「ということよ。魔術師、ミーシャ」

 安村さんがしゃべりだした。エドガーじゃない。ソフィアだ。

「自分たちはソフィアさんを合わせてふたりっすけど」

 エドガーは高島くんに転生してしゃべりだしたと思えば、すぐに高島くんに戻った。

「これだと四人を同時に相手してるのと同じっすね」

 三田さんが話す。

「四対一。魔力は十分に蓄えているわ」

 舞さんが話す。

「さっきみたいにソフィアさんを攻撃してもソフィアさんがいれば転生先の人間にダメージは入らないっす」

 安村さんが話したと思ったら。

「でも、私が別の誰かに転生すれば」

 高島くんがしゃべると。

「転生先の人間にダメージが入るっす」

 三田さんが話す。

「さっきの新海さんみたいね」

 舞さんがよろよろ立ち上がっては倒れる。

「さぁ、どうするっすか?魔術師」

 安村さんが両手を再びミーシャに向けた。

「安易に私たちには攻撃できない。降参するなら今よ」

 腰を低くして拳を構えて今にも飛び込んできそうな高島くん。

「な、なんのよ!みんなどうしちゃったのよ!」

 この場で唯一魔術師が転生していないのは早見さんだけだった。

「も、もしかして、早見さんも」

 教室の隅でひとり必死に戸を開けようと奮闘していた。

「彼女は違うようだ」

「な、なんで?」

「早見さんも本当は転生先として用意するつもりだったんっすけど、なかなかひとりにならなかったんっすよね」

 と安村さんに転生したエドガーが教えてくれた。

「彼女は君よりもボクと過ごすことが多かった」

 宮本さんのことが好きな早見さんは中身がミーシャであっても共に行動していたことでソフィアたちの転生先にならずに済んだってことか。

 そんな事情を話している間、三田さんに転生したソフィアは顎に手を置いて何を考えていた。

「ソフィアさん?どうしたんっすか?」

 考えている様子に気付いたエドガーが尋ねる。

「エドガー。煙を出せる?」

「出せるっすけど」

 手のひらをミーシャに向けるのをやめて机に向けると机がぷすぷすと音を立てて焦げ初めて煙を上げ始めた。それを隣の机でもやり始めるともやもやと煙が教室に充満し始めた。結界のせいか煙は外に逃げない。

 そして、その煙のおかげで僕らは見えない巨大なものを目にする。それを見たエドガーは額から汗が滴り垂れる。ソフィアは息を飲んだ。

「私たちはとんでもないものを相手にしているみたいね」

 煙は見えないものの避けて充満した。そして、形を浮かび上がらせる。

 僕も思わず腰を抜かしてしまった。

「あ、茜?そ、それは何よ」

 声を震わせながら早見さんはミーシャの背中から生えているそれを指差す。

「腕さ。悪魔の」

 見えない巨大な腕が二本。ミーシャの背中から生えていた。煙のおかげで見えているせいかはっきりは見えないけど、腕は筋肉質で太く長さはミーシャの体の三倍はある。巨大な腕がミーシャを囲っていた。

「これで謎が解けたわね。引力魔術にしては操作できる対象物が多かったわ。その見えない私の攻撃を防いで吹き飛ばして、背中から生えてるから飛ぶことも出来るってことね。便利な腕ね。名前はあるの?」

 見えない腕がぐっと力をこめた。

「幻魔の腕」

 片腕で床を押すとミーシャの体が浮いて安村さんに転生したエドガーに突っ込んでいく。空いた腕で握った拳をエドガーに向ける。

「ちょっちょっちょ!それは無理っすよ!」

 机を焦がすのをやめて横に飛んで攻撃をかわす。渾身のストレートの威力はすさまじく床がえぐれる。三田さんに転生しているソフィアが机を投げつけるが巨大な腕がミーシャを覆う。机がぶつかった程度では巨大な腕はびくともしない。

「この程度の攻撃じゃなんともないってことね」

 それでもソフィアは机を投げ続ける。ミーシャの巨大な腕はそれを防ぎ続ける。だんだん、机がミーシャの周りに溜まっていく。その死角で倒れていた舞さんがゆっくり動き出したのが見えた。意識を取り戻したのかと思ったが、右手のひらをミーシャに向けた。エドガーが転生した。熱魔術で攻撃する気だ。再びミーシャに両手を向ける。あの腕はエドガーの攻撃を防げない。さっきよけたのが物語っている。ミーシャは気付いていない。

 もはや、目の前の戦いは普通じゃない。早見さんは教室の隅に恐怖でうずくまって動かない。転生から解放された高島くんは戸のほうへ情けなく走って逃げている。安村さんは恐怖で状況が飲み込めないようだ。

 ミーシャに教えないといけない。でも、僕の声も体も強張ってしまって動かない。僕は弱い。強くなりたいと思ってボクシングを始めた。確かに僕は強くなったかもしれない。でも、本能で僕は理解してしまったのだ。

 僕は弱い。ミーシャも宮本さんも助けられない。

 ―――人生は常に戦いだよ。弱ければずっと弱いままだよ。

 不意に駄菓子屋のおばあちゃんの声が脳裏に浮かんだ。すると誰かが僕の背中を押したように僕の足が動き出した。

「ミーシャ!」

 突然、飛び込んできた僕にミーシャは驚く。ミーシャに飛びつくように飛び掛る。次の瞬間、エドガーの手から熱攻撃がまるでビームのように飛んでくるが、僕がミーシャに飛び掛ったおかげで僕のはるか背後を通過して天井にあたる。

「助かったよ」

 とお礼を言ってくれた。しかし、お礼を言っている場合じゃなかった。安村さんに転生したソフィアが拳を構えて向かってきていた。ミーシャは周りに溜まった机を巨大な腕でまとめて引きずって壁を作り出してソフィアの攻撃を防いだ。と同時にソフィアの拳の豪腕から発生する衝撃波が机を散乱させる。それは舞さんに転生したエドガーにも降り注ぐ。ミーシャは机ごとソフィアを突き飛ばした。僕らは教室の後方で戦っている。転生から解放された三田さんと高島くんは教室前の戸を必死に開けようとしていた。ふたりと僕らは教室から対角に七、八メートル離れていて付近に机はない。

「ありがとう、佐藤くん」

「な、何が?」

「君のその勇気が彼らから一瞬ではあるけれど、隙を作ってくれた」

 と同時にミーシャの背中から何か奇妙なものがにょきりと現れた。それは幻魔の腕とは対照的に人間と変わらない大きさで痩せ細っていて目に見えた。しかし、違うのは右手に木で出来た鎚を持っていた。

 鎚がゆっくりと振りかぶと同時にミーシャは僕にしがみつくように抱きついた。

「ちょっと飛ぶよ」

「へ?」

 情けない声が出たと同時に鎚が教室の床を叩くと叩いたところを中心に亀裂が教室全体に広がっていく。

「なんだ?」

 机の山から抜け出したソフィアが異常に気付いた。そして、亀裂が戸を開けようと奮闘する高島くんたちのところに到達した瞬間、戸が開いた。突然、開いたせいで廊下に流れ込むように倒れる高島くんと三田さん。すぐに立ち上がって悲鳴を上げて逃げて行った。

「何が起こったんっすか!」

 すぐに転生してようとするエドガーを。

「転生するのは待ちなさい!」

 とソフィアがすぐ止めた。

「魔術師を逃がすな!」

「それはもう遅い話さ」

 再び見えない巨大な腕を生やしたミーシャは僕を抱えて飛んで窓を突き破ってグラウンドへ。ガラス片から僕らを見えない腕が守る。

 ソフィアは窓に足をかけて飛び出そうとしているのが見えた。

「それはさせないよ」

 とミーシャがボソッと告げると見えない腕は教室の机を何個か握っていた。それを投げつけると土煙を上げて机が壁に突き刺さったり、窓を突き破る。その隙に僕らは物陰に身を潜めた。

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