第三節 カワルセカイ。-⑤
みんなでパフェを食べた後、四人でゲームセンターへ行った。ミーシャは騒がしくて居心地悪いなって言いながらもシューティングゲームやUFOキャッチャーを楽しんだ。そこでまた僕はミーシャの人間らしいところを見た。なかなかお目当ての何がいいのわからない豚のぬいぐるみを必死に取ろうと僕にお金をねだりまくった。ムキになっているのがわかった。負けず嫌いなんだろうな。その後みんなでプリクラで写真を撮った。ちなみにすべて舞さんの提案である。早見さんの反応から見るとふたりでもこういうところへは来ないような雰囲気だった。でも、プリクラを撮ろうと舞さんが提案したときは妙に乗り気だったのは宮本さんが写真嫌いだからだってことを後で知った。みんなで写真を分け合って、今日は楽しかったよと舞さんは手を振って別れた。僕の手には四人で撮ったプリクラと豚のぬいぐるみがある。ミーシャは豚の人形を取って満足したようでいらないと僕に押し付けてきた。すごくいらない…。
舞さんは自転車通学で駅の東のほうへ行ってしまった。宮本さんと早見さんは電車通学だけど、帰る路線が違う。それで僕は徒歩だ。帰る方向はそれぞれ違う。
「どうしたのよ?帰るわよ。茜」
ミーシャが僕と同じ方向に帰ろうとするのを見て不思議そうに早見さんは振り返った。
少し迷ったような目で僕を見たけど、すぐにその視線を外す。
「そうだね。帰るとしよう」
帰り方は教えていた。定期の使い方や電車の乗り方。宮本さんの家の位置。四人で遊びながら少しずつミーシャにレクチャーした。行方不明になっていきなり家に帰らなかったら宮本さんの家族が心配するから帰ったほうが宮本さんのためになるということだ。
その間、僕はひとりなるけど、大丈夫だ。
「じゃあ、また明日ね」
早見さんは挨拶を返さなかった。ミーシャは手を振って口パクで何かを呟いた。
また後で、かな?
ふたりを駅まで見送った後、真っ直ぐ家に帰った。四人で遊んだショッピングモールを横切って、学校を横切って、ジープと出会った自動販売機の前を横切って、家に帰って来た。豚のぬいぐるみをリビングのソファーに置いた。
晩御飯は作る元気がなかったから冷凍食品でよろしくという書置きがあったので冷凍チャーハンをチンしてテレビを見ながらチャーハンをほおばる。
テレビではやはり宮本さんが見つかったことが大々的に報道されていた。まだ、未成年ということもあってか顔は晒されていないけど、宮本さんの家の場所まで報道されてしまっている。そこまでする必要あるのかって疑問に抱いていたときだ。
バンという乱暴な音がベランダから聞こえて驚いて思わずスプーンを落としてしまった。
魔術師の可能性があった。目撃者である僕の家を特定して襲いに来たのかもしれない。ベランダから目を離さずに手探りで近くに武器になりそうな棒を手に取った。ハエ叩きだった。
ゆっくり足音を殺しながらベランダに近づいてカーテンを音を立てずにあけるとそこには人がいた。
上下薄ピンク色のパジャマのような緩い格好をした女の子がいた。
「やぁ、開けて欲しいな」
「み、ミーシャ!?」
すぐに戸を開けてミーシャを中に入れた。
「な、なんで?」
「これ以上君をひとりにするわけにいかないからさ」
そういってのそのそと家に上がってくる。パジャマ姿なんて見たことないので少しどきどきしてしまう。ミーシャはソファーに転がっていた豚のぬいぐるみを見てこんなところにいたのかっと抱きかかえるとソファーに腰掛ける。
「どこもボクのことばかりじゃないか」
「そ、そうだね」
どきどきする気持ちを抑えてベランダの扉を閉める。
「てか、どうやってここまできたの?」
「飛んできたのさ」
「どうやって?」
「魔術さ」
便利なお言葉なこと。
「宮本さんの親には何か言って来たの?」
「黙ってでてきた」
「それって不味くない?」
「大丈夫さ。疲れたから寝るといって部屋に入ってベッドに部屋にあった服やクッションで寝ている雰囲気を出してきた」
本当に大丈夫だろうか…。
食べかけのチャーハンを掻き込んで皿をキッチンで水に浸しておく。
その間、ミーシャはつまらなさそうにチャンネルを変えていると急にチャンネルが変わらなくなった。
「ミーシャ?」
ソファーを覗き込むと目を閉じて眠っていた。
「ちょっと、ここで寝ないで宮本さんの家に戻りなよ」
体を揺らすとミーシャは体を起こしたけど、力なく僕のほうへ倒れてくる。
「ちょ!」
倒れた衝撃でソファーの正面にあったテーブルの上のリモコンや雑誌が散乱する。
「ど、どうしたの?ミーシャ?」
宮本さんの柔らかいものが!柔らかいものが!柔らかいものが!
「しばらくこうしててもいいかい?」
「え、え?なんで?」
甘えているのかぎゅっと抱きついてきた。
かすかだけど震えている気がした。
「疲れるのさ。他人を演じるのは」
僕はじっとミーシャの話を聞いた。
「君はボクのことを知っている唯一の人物だ。宮本さんではなく、ミーシャだってことを知っているのは君だけだ。ここだけは、君といるときだけはボクはボクでいられる。ここに来たのは君が魔術師に襲われていないかを確認するのもあったけど、本当はそうじゃない。少し休憩するためさ」
感情のないミーシャだが、それは見えないだけで本当はいろんな感情が彼女の中でぐるぐると巡っている。それは他人のふりを続けるのは疲れる。考えるだけで途方もない。このまま姿をくらましたままのほうが楽だったかもしれない。でも、ミーシャは宮本さんのために宮本さんと演じて学校に行ってくれた。宮本さんの家族を安心させてあげるために家にも帰った。休む暇もない。気も抜けない。
「わかったよ。少し休んで行くといいよ」
「そうさせてもらうよ。少し休んだらまた戻るよ。それまではこうしていてもいいかい?」
「うん」
「ちなみに君が感じている柔らかい感触は豚のぬいぐるみだからね」
「え?」
それは今日一番ショックだったのは内緒だ。




