第三節 カワルセカイ。-②
「いや~、酷い目にあったよ」
「お疲れ様」
昼休み。ミーシャは逃げるように校舎の屋上へやって来た。
普通に階段を使って登ってきたわけじゃない。魔術を使って外から飛んで入ってきた。一応、家を出る前にここに一旦集まるように約束していた。それは昼食を持っていないミーシャにご飯をあげるためだ。猫っぽい名前とご飯をあげるために集合するとか、ミーシャが本当に猫っぽく見えてきた。
「授業に出るために学校に来たはずなんだけどな」
「教室に全然いなかったね」
「警察や先生にしつこく訊かれたよ。今までどこで何をしていたんだって」
もちろん、それは最初の計画通り覚えていないを突き通す。
「お昼には宮本さんの両親がボクに会いに来るようだ」
「え?なんでここにいるの?」
「お腹が減って力が出ないんだ」
力が出ない人が屋上まで飛んでこないでしょ。
「それより新海さんはどうだった?」
「普通だった」
ミーシャが警察と先生に捕まっている間、僕は新海さんの様子を見に行った。新海さんは普通に学校に来ていた。僕を見つけると手を振ってくれた。周りには制止されていたけど、そんなことを気にせず僕に笑顔を振りまいてくれた。気恥ずかしくなってすぐに教室を後にした。違和感はなく、間違いなく新海さんだった。
「ボクを警戒してこっちの世界には来ていないだろうね。でも、君もなるべく新海さんとふたりっきりにはならないほうがいい」
「なんで?」
お昼の惣菜パンを齧りながら問う。
「向こうはボクを排除するために君の中に転生することを考えるはずだ。君の中には魔術を使えるだけの魔力があることを左翼の魔術師は確認しているんだろ?魔術を使えて、なおかつボクと手を組んでいるから隙を突きやすい」
僕はミーシャを倒すための武器。
「これは君自身を守るためでもある。なるべく、ボクといっしょに行動することにしよう。この学校にいる人たち全員が敵だと思ったほうがいい」
「え?なんで?」
「時空間転生魔術は一度転生した器には何度も出入りが可能だ。彼らが新海さん以外に器を確保している可能性がある。誰かに偽装してボクらを襲ってくる可能性もある」
「その点については大丈夫だよ」
「なぜだい?」
「僕と話してくれる人なんていないから」
「なぜだい?」
僕は少しだけ悩んだ。ミーシャは僕のことを知らない。僕の過去のことを知って彼女はなんて思うんだろう。引くだろうか?それとも宮本さんや新海さんのように人を見かけや噂で判断しちゃいけないって思ってくれるだろうか?それが不安で言い出せない。ミーシャに限らず言い出せないのはいつものことだ。でも、ミーシャは信用してもらうために自分のことを教えてくれた。僕も話す権利がある。
「僕はね、昔」
と昔話をしようとした瞬間だ。屋上の扉が乱暴に開いた。
僕は突然のことに驚いて肩をびくつかせるのに対してミーシャは身構えていた。僕に見えないだけで魔術を発動していたかもしれない。でも、その警戒は無駄だってすぐわかった。
手を膝に置いて息を荒くして屋上にやって来た人物は長くて艶のある髪をかき上げると整ったその顔立ちは見覚えがあった。
「は、早見さん!」
ミーシャは訳がわからず首をかしげていた。
「え、えっと、宮本さんの一番の親友だよ」
「へぇ~、そうなのか」
早見さんは大きな瞳をいっぱい開いて宮本さんの姿を見るとポロリと涙を流した。
「茜!」
目の前にいるのが宮本さんってわかると駆け寄ってきて抱きついた。
「茜だ。茜だ。生きてる。ちゃんと生きてる。暖かい。小さい茜。よかった。よかった」
「ちょっと、苦しいよ。離して欲しいな」
「嫌よ。もう、どこに行かせないから。ひとりにしないから」
ミーシャは困ったように僕のほうを見てくるが僕にはどうしようもない。
「ごめんね。茜」
早見さんに合わせて何かしゃべってってジェスチャーを送ると小さく頷くミーシャ。
「何がだい?」
「そこのゴミのことよ」
あ。それ僕のことです。
「佐藤くんと何かあったかい?」
「あったわよ。こいつといると絶対に良くないってあたしは何度も言ったじゃない。危ないからって。でも、茜は佐藤くんは悪い人じゃないって決めつけるなってケンカしたのよ」
「ああ、そうだったね」
ナイスだ。ミーシャ。
「そのせいでいっしょに帰らなくなってそしたら行方不明になっちゃってあたしはどうしたらいいか。茜になんて謝っていいかわからなくて。巴みたいにいなくなっちゃうんじゃないかって不安だったのよ。毎日、毎日」
「それは悪いことをしたね」
と背中を優しくさする。
「もう、いるならちゃんと連絡よこしなさいよ」
「ごめんよ」
少し落ち着いたのか。早見さんは僕のほうをギロリと睨んだ。
「あたしはもう茜が誰とどう付き合おうと文句は言わないわ。でも、佐藤。もしも、茜に手を出そうなら覚えておきなさい。その時、あたし自身はどうなってもいい覚悟よ」
それはいつもの早見さんの威圧だった。宮本さんがいなくなったときは今にもつぶれてしまいそうな弱々しさがあったけど、今はない。いつもの僕を嫌って宮本さんを守る早見さんだ。
「大丈夫さ。彼はボクに何もしないよ」
ちょ、ちょっと待って。ミーシャ。そのしゃべり方は宮本さんじゃない。
僕がわかることを早見さんがわからないはずはない。
「…?」
首をかしげてミーシャの顔を直視する。
「なんだい?」
「茜。あんたそんなしゃべり方だったかしら?」
そうだよ。宮本さんは誰にだって丁寧な敬語だ。それをミーシャに伝え忘れていた。
やばい。正体がばれる。
「そうかい?久々に会ったからボクのしゃべり方を君が忘れてしまっただけじゃないのかい?」
ミーシャはしゃべり方を変えずに強引に行くつもりだ。
いやいや、無理があるって。
「…そう、かもしれないわね」
まさかのうまくいっちゃったよ!早見さんは宮本さんの普段をどう見てるの!
「もう、茜がいるだけであたしは何でもいいのよ」
手をつないで笑顔でそう言う。どうやら早見さんは宮本さんに会えたうれしさで目の前の宮本さんが宮本さんでないことに気付いていないようだ。後でミーシャに敬語でしゃべるように伝えておこう。そうすれば、面倒ごとが少なそうだ。
「茜。お父さんとお母さんが職員室に来ていたわよ。こんな奴放っておいて会ってあげなさい」
「そ、そうだね」
不意に僕のほうを見た。なるべくいっしょに行動した方がいいっていっていたばかりなのに早速それが出来そうにない。でも、宮本さんのお母さんたちも心配している。言ってあげるのがベストだ。
口パクで大丈夫と伝える。
「わかった。行こうか」
と早見さんと手をつないで屋上を後にした。