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転生魔術師が君に伝えたいこと  作者: 駿河留守
第一章 転生魔術師はサヨナラを言わない。
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第一節 我輩は魔術師である。-②

 僕は今の高校を選んだ理由はない。ただ、通っていた中学から一番近かったから選んだだけである。だから、高校の窓から見える小学校は僕も通っていた小学校だ。普段、すれ違う小学生たちは僕の後輩にあたるのだ。特に部活に入っていない僕は授業が終わるとまっすぐ帰る。宮本さんは仲のいい友達がいるし、電車で通っているので、いっしょには帰らない。だから、この日も僕はひとりで帰っていた。

 するとひとりの黄色い帽子に赤いランドセルの小さな女の子が不思議そうに自動販売機を眺めていた。

 普段なら何も気にせず通り過ぎるんだけど、その日は違った。

 通り過ぎた後だ。

「ちょっとそこの若者よ」

 それは幼い女の子の声だった。

 え?若者?

 僕は振り返るとそこには例の女の子しかいない。彼女は小学生だから僕のことを若者って呼ぶのはおかしな話だ。

「空耳かな?」

 そう結論付けて帰路に戻る。

「おいおい、無視されては困る」

 また、幼い女の子の声だった。

 振り返ると女の子が僕の方までやってきていて仁王立ちで堂々と膨れっ面で。

「な、なんだい?」

「若者は我輩の声が聞こえていないのか?」

 脳内整理が追いつかない。

「え?何言ってるの?」

「おかしいな。若者は我輩の言語を理解できるか?」

「いや、出来てるよ。出来てる上で聞いてるの」

「では、若者はなぜ我輩が何を言っているのかわからないのだ?」

 え?何?この子大丈夫?

「まず、なんで君は僕の事を若者って呼ぶの?僕のほうが圧倒的にお兄さんなんだけど」

「確かにそうであったな。今の我輩は八歳の幼女であったな」

 この子はどういう設定なんだよ。小学生なのに重度の中二病にかかってるんだけど。中二病って思春期になるとある根拠ない思い込みとか過剰な自己意識とか中学二年生くらいの子にありがちな症状でしょ。目の前の子は自分を八歳と言った。いや、もしかして―――。

「八歳って言うのがそもそも設定で実は中学生で小学生の格好をしているだけとか」

 そう考えると。

「かわいそうだね。その年で小学生に間違われるなんて…大丈夫だよ!これからもっと成長するから!心配しないで!」

「なぜ、我輩は慰められて、励まされているのだ?」

 首をかしげるしぐさはどう見ても小学生の女の子だ。

「若者はあの施設から出てきたな?関係者か?」

 女の子が指差すのは僕が通う高校だ。

「関係者も何も見ればわかるでしょ?生徒だよ」

 制服着てるし。

「生徒?ということはあの施設は学校ということか。日中はどれだけの人がつめているのだ?」

 どれだけ人がいるかって?

 僕のクラスだけで三十五人くらいいるから…。

「九百人くらい?先生とかそれ以外の人を合わせたらもっといるかもしれないけど」

 って僕は何真面目に答えてるんだ。

「九百…か。隣接する施設も学校か?」

 一方的に質問されるばかりでちょっとむかついてきた。

「あのさ、さっきから君はなんなの?君もそこの小学校の子だろ。徒歩で登下校してるならそこが小学校でその隣が中学校だって事くらいわかってるだろ?僕のことをバカにしてるの?あんまり年上の人のことをバカにするといくら君が小学生でも怒るよ」

 しばらく、辺りに静寂が支配する。学校側からは部活の掛け声が聞こえるくらいでそれも居心地が悪くなるほどじゃない。あまり車の通りが多くない学校の裏手の通りには僕と女の子しかいない。

 僕は何を小学生相手にムキになっているんだ?

 つか、あんまりきつく言って泣かれたりしたらどうしよう…。

 そんな心配は無駄だった。

「仕方ない。若者はまだ我輩のことを何も知らないのだからな」

 知りたいとも思わないんですけど。

「我輩の名前はジープだ」

「へ?」

「何マヌケな顔をしているのだ。もう一度言うぞ。我輩の名前はジープだ。スペルはJEEPでジープ。とある事情で今はこの杉山麦という少女の体を借りている」

「は、はい?」

「まだ、我輩はこの世界に来たばかりで何もわからない。情報らしい情報をこの少女の中に入った時点で調べようと思ったのだが、彼女の持ち物にこの世界の情報らしい情報はなかったのだ。だが、まったく情報が無かったわけではない。杉山麦の持ち物の中に面白いものを見つけたのだ」

 そういって杉山麦なのかジープなのか知らないけど、目の前の女の子はランドセルと下ろして中から一冊のノートと筆箱を取り出した。そのノートの表紙には小学生くらいの女の子に人気の魔女のキャラクターがプリントされている。筆箱に同じもの魔女のキャラクターの主人公らしい女の子が魔法で虹をかけている。

「この世界にも魔術という概念が存在するのだな」

「いやいや、何言ってるの?魔術?ないない」

「ない?だが、この絵の少女は確かに魔術を使っている。ほら、ここに魔法使いサファイアって親切に名前まで書いてあるではないか」

「いや、それはアニメのタイトルでそれはキャラクターで架空の存在なの」

 最近の小学生は現実とアニメの区別が出来ないの?僕はこの子の将来が心配だ。

「だからね、現実には魔法なんて存在しないの。わかった?」

 少女はキョトンとしてノートに目を落とす。

「架空の存在。つまり、娯楽のようなものか?」

「まぁ…そうだね」

「それはすまない。我輩もまだこの世界には不慣れでな」

 少女は出したものをランドセルに戻してランドセルを背負い直す。

 再び静寂が僕らを包む。

 この子はなんだ?名前はジープって紹介されたけど、その後杉山麦って体を借りてるとか言っていた。後者の杉山麦っていう名前は本当っぽい。ノートの端に『三年三組 すぎ山むぎ』ってかわいい字で書いてあった。小学生にしては会話の対応とかに設定のブレがまったくない。中学生でもたまに中二病設定じゃない素の自分が出てきたり、たまに設定から外れたりする。なんで知っているかは…察してほしい。

つまり、この杉山麦ちゃんは自分で設定したジープというキャラクターにぶれずになりきっている。女優としての天賦の才能をこんな無駄なところで使わず、すぐに役者の世界で活かして欲しいという気持ちを抑えていると。

 クラクションを鳴らされた。背後から車が来ていたことに気付かなかった。

 僕は少女の手を引いて道の隅に移動すると車はゆっくりと僕らの横を素通りして速度を上げて行ってしまった。

「若者よ、あれは何だ?」

「あれって車?」

「車というのか?どうやって動いているのだ?」

「どうやってって」

 僕が答える前に少女が先に答える。

「もしかして、魔術か?」

「いや、違うから」

 即答してやった。

「魔術ではない?では、どうやって動いているのだ?若者よ!」

「あのさ、その呼び方止めない?」

「若者は若者ではないのか?」

 若者かもしれないけどさ。

「僕は君より年上なの!わかる?」

 少女はあごに手を当てて考える。

「そうか。今の杉山麦の体からすれば若者よりも我輩のほうが幼いのか」

 何、当たり前のこと言ってるの。

「すまない、すまない。では、我輩は若者のことをなんと呼べばいいのだ?」

 なんてって…。

「普通にお兄ちゃんでいいんじゃないの?」

「えー」

 なんで拒否するし!

「若者の名は?」

 某大ヒットアニメ映画のタイトルみたいに聞かないでよ。

「僕は佐藤誠」

「そうか。では、若者佐藤よ。さっきの車というのはどうやって動いているのだ?」

 名前教えたのに若者って呼ばれ方は続くのね…。

「ガソリンを燃やしてエンジンが回って動いてるの」

 僕も詳しい仕組みまでは知らない。

「ガソリン?ガソリンとは何だ?」

「油みたいなもの」

「油であれだけの大きなものが動くのか?」

 感心する少女。

「もしかしてだが、これもガソリンというもので動いているのか?」

 と興奮して指差したのは自動販売機だ。

「たぶん、そうじゃない?」

 超適当に答えた。

「そもそも、これは何だ?若者」

「自動販売機だけど?」

「自動販売機?つまり、自動で物を売買するものなのか?」

「そうだけど」

 なんかもういろいろ諦めかけてきた。というかこんなめんどくさい子なんて放置すればいいんじゃないか。と思った矢先にランドセルを下ろしてランドセルの中から百円玉を一枚取り出した。

「見る限りこれはこの世界の貨幣であるな。どうやって、買うのだ?教えてくれないか?若者」

 これ以上付き合っていられないから帰ってしまうのも手なんだけど、なんか放置できず百円を自動販売機に入れる。

「ちなみにお金が足りなくて何も買えないんだけど」

「ならば、若者。お金を少し貸してくれないか?」

「はぁ?」

「いつか返す」

 それは返さない奴がいうセリフなんだけど、まぁ、いいよ。数十円くらい。

 十円追加で入れて飲み物を買った。小さいペットボトルのコーラのボタンを押すとコーラが勢いよく出てきて驚く。

「なるほど、ここから出てくるのか」

 自動販売機から取り出そうとしたが、アクリル板の開け方を知らないようで代わりにコーラを取り出す。渡すと冷たいのに驚いたけど、すぐに冷静になる。けど、今度は空け方を知らないようなので代わりに空ける。

「なんだ?これは?甘くてしゅわしゅわしておいしいではないか」

「そうだね」

 僕はある意味尊敬するよ。君のぶれないキャラ設定に。

 もう十分付き合ったよね。人通りは少ないとはいえ目の前は学校だし、この道は普段から小学生の通学路だ。僕も利用したことがある。迷子ってわけでもないだろう。気にせず無視した方が面倒ごとは少なそうだ。

「じゃあね」

 唐突に別れを告げる。

「ちょっと待つのだ、若者。この世界には本当に魔術は存在しないのか?」

 少女はついてきた。

「いや、自分の家に帰れよ」

「魔術が存在しないかわりに違う力が働いている。我輩たちが魔術で生活をしている。これは今後かなり影響が出てくる」

「ねぇ、ついてこないでよ」

「若者は魔術を架空の存在であると我輩の教えてくれた。このことが虚言である可能性は低い。なぜなら、この状況で若者が我輩に嘘を教えるメリットは何もない」

 少女は僕の正面に回り込んで僕の進路を妨害する。

「若者よ」

 僕の名前はもう忘れてしまったのだろうか。

「我輩の協力者になってくれないか?」

 と手を差し伸べてきた。

「嫌だ」

 即答してやった。

「なんで協力者にならなきゃいけないの。僕は君の遊びに付き合っていられない!忙しいの!」

 小学生相手に何ムキになっているんだ?僕は?

「この世界に危機が迫っているのだぞ?若者はそれをただ見ているだけでもいいのか?」

「危機?そんなこと知らないね!僕には関係ない!」

「関係ないでは済まされないぞ。すでに計画は進んでいると思っていい」

「はぁ?」

「我輩たちはこことは違う世界からやって来た」

 もう、設定の話はいいよ…。

「我輩たちの世界は間もなく消滅する。そこで生き残りをかけて我輩たちは魔術を使って別の世界へ転生して生き長らえる方法をとることになった。その別の世界は若者がいるこの世界だ」

 と大きく手を広げる。夕焼けに染まる帰り道で僕が出会ったのは本当に頭がおかしくなってしまった幼女だ。

「しかし、転生するということはこの世界にいる人間の中に入らなければならないのだ。実際に我輩も杉山麦の体を使わなければこの世界に留まることは出来ない。では、この間本物の杉山麦はどこにいるのか?我輩の中で眠っている。だが、我輩が杉山麦の体から出ない限り目覚めることはない。我輩が出て行かない限り杉山麦は二度と目覚めることはない。この魔術は向こうの世界への行き来が自由だ。だから、我輩はこの杉山麦の体から出て向こうの世界へ帰れば、杉山麦は目覚めてすべてが元に戻る。しかし、杉山麦が我輩、ジープとして過ごした記憶はない」

 上目遣いで僕をじっと見つめる少女の瞳は真剣そのものだ。僕はその気に押されそうになる。

「若者の周りにこれからよくないことが起こる。そのよくないことに魔術師が関わっている可能性が非常に高い。だから、もし我輩を頼らなければいけない時が来たときは強く望むといい。助けてやろう。この飲み物のお礼もしなければならない」

「大丈夫。絶対ないから」

 これも即答してやった。

 これ以上付き合っていられない。少女の横を素通りする。

「助けが必要になる。そうなれば、我輩はもう一度若者の前に現れるとしよう。そのとき、若者は我輩に頼らざるを得なくなる。若者はいい人だ。我輩にこの世界のことを親切に教えてくれた。助けが必要になればいつでも望んでくれたまえ。それと最後に―――」

 ちょっとイラっと来た。いつまでこんなおままごとに僕を付き合わせる気だよ!

「我輩は魔術師だ」

 もうわかったよ!その設定に付き合うのはこりごりだ。目の前の女の子が泣こうが僕の知ったことじゃない。思いっきり怒鳴りつけてやる!

「もう!いい加減に!」

 しろって言おうしたけど、そこには誰もいなかった。

「あ、あれ?」

 静寂だけがそこにずっといた。

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