第二節 ボクは魔術師さ。-⑧
ボクは母を知らない。物心ついた頃にはもういなかった。でも、寂しくはなかった。ボクには父とふたりの兄がいた。四人でどう過ごしていたのかボクは覚えていない。なぜ、覚えていないかって?それはボクにもわからない。原因があるとすればとある大災害のせいだろう。
世界は封のされたビンの中と同じなんだ。ボクが食べたカレーが無くなるわけじゃない。食べたものはボクの中で栄養として蓄積されて、筋肉になったり骨になったり、ならなかったものは外に出る。
…何が出るかは女の子のボクに言わせないでくれよ。
要するにこの世界の物質は常に循環している。世界に存在する物質が百あったとしてそれ以上は増えないし、減りもしない。物質の数を九十九にも百一にもできない。つまり、物を完全に消し去ることも何もないところから物質を生むことも不可能なんだ。時空間移動魔術の話をしたと思うけど、あれがいい例だよ。別の次元から移動してきても元の世界に戻されるのは移動してきた魔術師が何もないところから生まれた物質と同じだからだ。だから、数時間後に元の世界に戻される。その現象が起こる理由は世界の循環のバランスを保つための自然現象さ。
なぜ、ボクがそんな話をするのかって?まぁ、最後まで聞きたまえ。この理論が大災害の要因なのだから。
ボクの父は優秀な風を操る魔術師だった。その気になれば台風だって生成できた。
大災害が発生する数ヶ月前。大型の台風が連続でボクの住む地域を襲った。一度目は何とか耐えたけど、二度目で堤防は決壊し、土砂崩れが発生し、たくさんの人が途方に暮れた。そんな中、三度台風が接近していた。そこで父は仲間たちと力を合わせて台風を破壊する魔術を開発した。強い風が渦を巻く台風と逆に渦を巻くように強い風を発生させて台風を相殺した。父は街を救ったんだ。
すごいだろ?これがボクの誇れる父の姿さ。
それからも父たちは台風を相殺してボクの住む地域は穏やかな日々が続いた。でも、それは長くは続かない。
なぜかって?さっきも言っただろ?世界には百の物質があるとしたらそれ以上増えも減りもしない。では、父が消し去った台風はどこへ行ったと思う?どこへも行っていない。消えた台風は再び同じ台風となって発生した。その間も新しい台風は発生し続けた。父たちが相殺した台風と自然に当たり前に発生する台風。明らかに対応できるような数じゃなくなってきた。しかも、中には発生するスペースがなくなってしまい、複数の台風が複合して巨大な台風となって発生した。もう、父たちはボクらの地域を脅かす台風を相殺することのできる力はなかった。毎日のようにやってくる台風、威力が通常の倍以上の台風からなんとか守ろうとしてくれた。でも、それは限界だった。毎日のように豪雨と暴風にボクの街は壊滅した。小高い穏やかな丘の上にあったボクの家は丘ごと流された。ボクらは近くの頑丈な建物に避難していたけど、その建物すらも暴風で屋根が飛び、豪雨で発生した洪水に押し流された。
気付けば、ボクは隣町の病院にいた。
病院の窓から外の光景は今でも鮮明に覚えているよ。
湖になっていたよ。木々はまったくないまっさらな湖。空は雲ひとつない台風一過。穏やかだった。この大災害で台風を相殺しに向かった父といっしょに避難所にいたはずのふたりの兄が行方がわからなくなった。遺体は見つからなかった。
この代償はボクらの地域に限った話じゃない。
繰り返しになるけど、この世界は封をしたビンだ。雨の降る量も決まっている。ボクらの地域で振った大量の雨は本来別の場所で降る予定だった。その影響で別の場所では雨がまったく降らなくなってしまった。それで今度は魔術師が魔術を使って雨を降らせた。それもまた別の地域で降るはずの雨だった。
そうやって、世界のバランスがどんどん崩れて行った。どんどん人が住めるような土地が減って行った。天候の悪化が食糧難を呼び、豪雨と干ばつで新型の疫病が流行った。ボクらの身勝手で人が住める安定な土地は限られてきた。そして、今度はその土地を取り合って人間同士が戦いを始めた。ボクらはバカだった。人が住める安定な土地を今度は戦場に変えた。もう、人が安心して住める場所はなくなってしまった。
最後は自分で自分の首を絞めた。
気付いた頃にはもうボクらの世界は滅ぶのを待つだけとなっていたんだ。




