第二節 ボクは魔術師さ。-⑥
「気持ちいいね」
と扉の向こうで水の音が聞こえる。
「こ、ここに着替えを置いておくよ」
「ああ、ありがとう」
なぜか後悔している僕がいる。あのまま、ミーシャを止めていなければ宮本さんの裸が見れたんじゃないかって。いやいや、何を言っているんだ!僕は!宮本さんの裸を見るためにミーシャを利用するなんて卑劣だ。
「ボクが着れるような着替えがこの家にはあるのかい?」
とお風呂の扉の向こうから声が届く。
「う、うん。お姉ちゃんが残していった服を着るといいよ。し、下着のサイズは合うかどうか知らないけど」
それは女の子同士にしかわからない。
「…ホント、うらやましいね。絞れば向こうの世界に送れないかな」
謎多き魔術師ミーシャの情報その一。ミーシャは貧乳の可能性大。
「何かやましいことを考えていないかい?」
「べ、別に考えてない!」
宮本さんの裸の姿を妄想なんてしてない!
「…ひとついい情報を教えてあげるよ」
「な、何?」
「お風呂の鍵は掛けてないよ」
「掛けなさい!」
僕が襲って来たらどうするつもりなんだ!って何で僕がミーシャを襲うかもしれない心配を僕がしなきゃいけないんだ!とってもややこしいじゃないか!
「鍵をしないのは君が襲ってこないってボクが信用しているからだよ」
湯船から上がる水音が聞こえた。バスチェアに腰掛けてシャワーの蛇口をひねる音が聞こえる。しばらくするとシャワーが止まってシャンプーを出す音が聞こえる。女の子がお風呂で起こす音ひとつひとつでドキドキする。髪を洗う泡の音、シャワーを浴びる音。扉にばれないように限界まで近づく。すべての音を僕の脳内にしっかりと焼き付けているときだ。
「そうだ。ボクが鍵を掛けない理由がもうひとつあるんだ。それは、その気になれば君なんてちっぽけな人間を殺すだけの力がボクにはあるってことだよ」
急に重い言葉に思わず飛び退いてしまう。
「そ、それは」
「ボクら魔術師は手ぶらに見えて手ぶらじゃない。魔術はいつどんな状態でも使えるってことだよ。君はボクが野宿をして過ごしていたことを心配しているような口ぶりだったけど、ボクが野宿をしている間は誰にも襲われないように魔術を施していた。だから、ボクはそれなりに睡眠をとっている」
健康タオルを取ってそこにボディソープを出して泡立てる音が聞こえる。
「公園で水浴びをして体を洗っていたけど、こうして温かいお湯を使わせてくれることはもちろん感謝はしてるよ。だからと言って彼女の、宮本さんの体でお礼をするなんてことはボクはしないよ。そこで音を聞いて堪能してることも本来だったら魔術を使って追い払ってることを肝に銘じることだ」
「は、はい。すぐに出ます」
その気になれば僕なんてちっぽけな人間はすぐに殺せる。お湯を使わせてもらっているから手を出さないだけ。そうでなければ、ここで音を聞くことも許さないと。ここは素直に脱衣所から出る。
「じゃあ、なんでさっきここで服を脱ごうとしたし!」
と小声で少し反抗してみる。
ミーシャはいろいろ不思議が多くて、いろいろずれている。そんな気がした。




