第二節 ボクは魔術師さ。#①
学校内が騒然としている。
それもそのはず。旧校舎と体育館の間で何か巨大な爆発が発生したのだ。轟音と共に砂埃が高々と上がり衝撃で校舎の窓ガラスが割れる。野次馬が現場に近づいていく。危険だと判断した先生たちが生徒を現場に近づけないようにしていた。遠くからは消防車と救急車のサイレンの音が鳴り響く。それを旧校舎の中で新海さんは身を潜めながら現場から離れるタイミングを見計らっていた。
「失敗したわね。校舎の中じゃなくて上に逃げればよかったわ」
新海さんが飛び込んだのは家庭科室。コンロと流し台がいくつもあって食器棚もある。食器棚は新海さんと宮本さんの戦闘の衝撃で倒れて陶器の食器はすべて割れて散乱している。廊下にはばたばたと人が激しく移動している音が聞こえる。扉の鍵を壊して廊下に出ることは簡単だ。でも、家庭科室から出てきたところを目撃されたときになんて言い訳をすればいいか考えるのが面倒だ。
そのときだ。天井から砂埃がぱらぱらと降ってきた。見上げると天井から赤い点が見えた。その点が天井で円を描いている。円を描き終えるとその円の内側から崩れるように落下して天井に大きな穴が空く。
「大丈夫っすか?新海さん」
穴から下を覗き込んできたのは安村さんだった。
「でかしたわ、安村さん」
物陰から飛び出した新海さんは飛び上がって上の階へ。人間離れした跳躍を見せた新海さんは安村さんが作った穴を通って二階へ華麗に着地した。
「生徒に便乗して私たちも外に出ましょう」
「了解っす」
家庭科室の上は多目的室。演劇部が普段練習で使っている教室だ。
「安村さんは演劇部だったのね」
「みたいっすね」
教室から出ると先生たちが早く校舎から出なさいと指示が飛び交っている。その指示に素直に従って校舎の外に出るとすでに学校の生徒以外に警察官や消防士、救急隊員などがたくさんの人がいた。
「何があったんっすか?」
周りには聞こえない声で安村さんは新海さんに尋ねる。
「右翼の魔術師に妨害された」
「マジっすか!」
「声が大きい」
慌てて口元を押さえる安村さん。
「相手は誰っすか?」
「わからないはでも引力魔術みたいなものを使ってきたわ。私が投げた鉄の扉を空中で止めたり、私を圧で飛ばしたりしてきたわ」
「引力魔術ってかなり高位の魔術じゃないっすか」
驚きを隠せない安村さん。
「私たちが狙っていた宮本さんの中に入っていたわ」
「マジっすか。狙ってた早見さんも宮本さんも学校に来なくなったから次に近い人物で佐藤くんを狙ったのに」
「向こうもこっちの動きを読んでいたってことね」
新海さんと安村さんは戦闘現場から離れて保健室の中に逃げるように入った。保健室がある校舎は戦闘現場からも離れている。何が起きたんだってほとんどの人が外に出ているので、校舎の中に人はほとんどいない。中に誰もいないことを確認して鍵をかけてカーテンを閉めた。
「で、これからどうするんすか?」
「うかつに動きにくくなったわね」
近くにあった丸い椅子に座り込んで考える新海さん。
「新海さんを使うのをやめるんっすか?」
「やめるつもりはないわ。また、新しい器を探すのは面倒だし、それに新海さんはなかなか使いやすいのよね。魔力もしっかりあるし、身体能力も高いから私の魔術と相性がいいのよ」
「そうかもしれないっすけど、今後狙われるリスクがあるっすよ」
「あえてそこを利用するのよ。少なくとも安村さんの器は割れていない。いくらでも作戦は立てられるわ」
「簡単に言わないでほしいっすよ」
「どちらにせよ。調査はもう終わりよ」
「ってことは…」
「佐藤くんもしっかり味がしたわ。これで決まりね。魔力を多く蓄えた器は安村さんの教室に集中している」
「クラスの人数は三十五人っすけど、安村さんと殺しちゃった山岸さんと右翼の魔術師が入った宮本さんを除けば、三十二人になっちゃうっすけど」
「それだけの人数がいれば、十分よ。後は計画を実行すればいい」
「マジっすか。いよいよっすね」
新海さんは矢継ぎ早に言葉を並べるが一旦冷静になるために一息入れる。
新海さんはしばらく考えた後、立ち上がる。
「私は一旦向こうに戻って準備をしてくるわ。こっちの準備は安村さん。お願いするわ」
「任してくださいって本来なら意気揚々と言う場面なんっすけど」
ぐっと親指を立てて返事をするがすぐに枯れるように下を向く。
「右翼の魔術師はどうするんっすか?」
「もちろん、邪魔者は排除するわ。でも、私は器が割れてしまってるから前みたいに自由には動けないわ。それに計画を実行するのも難しくなるわ」
「じゃあ、どうするんっすか?」
「私に考えがあるわ」
「さすが新海さんっす」
「そのためには計画の前準備をお願いしたいんだけど。後は予備プランを発動できるように」
「それを右翼の魔術師にバレずにどうやってやるんっすか?」
「それは…自分で考えなさい」
「そんなー」
ため息を吐いてベッドに寝転がる安村さん。
「パンツが丸見えよ」
白のレースのパンツが。
「そうっすか…」
「あのね、あなた今は女の子なんだからそこはちゃんとしなさい」
「女の子って面倒っすね」
とベッドの上で体を起こしてめくれたスカートを直す。
「今更、思ったんっすけど、男女はどうやって別けるんっすか?自分は器が安村さんしかなかったからこうして安村さんになってるっすけど、男女比はちょうど半分くらいっすよ。人によって男がいいとか女がいいとかあるっすよ」
「最初の計画だとある程度要望どおりに出来る予定だったけど、事態が事態よ。文句を言わせないようにするために私は戻るのよ」
「なるほど」
「じゃあ、後はお願いね。隙を突いて作戦の指示はするわ。それまでは」
「了解したっす」
「頼むわよ」
というとふっと新海さんの意識が飛ぶ。カクンと椅子に座ったまま眠りから覚めるようにゆっくりを目を開けると…。
「あれ?ここはどこだい?」
「保健室です。私が倒れちゃったのを介抱してくれたんですよね?」
「え?そうだっけ?」
「そうですよ。ありがとうございます。もうよくなりました」
新海さんの中にいた魔術師は元の世界へ戻ったと同時に新海さん本人に戻ったのだ。目の前の笑顔の安村さんは安村さんではなく、魔術師だ。こうやって、魔術師は現実社会に潜めているのだ。入り込まれた本人に自覚はない。