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スピード違反

作者: あじろ けい

 サイレンの音が背後から追いかけてきた。バックミラーを見る。白バイだ。


 舌打ちをしながら、車を路肩にとめる。バックミラー越しに白バイ隊員がむかってくるのを見ながら、困ったような顔を作る。


「授業に遅れそうだったので」と言ったら、スピード違反を見逃してもらえた経験がある。学生ではない。だが、嘘でもない。「学校の」とは言わなかったし、実際、仕事関連で受けさせられた講習会の「授業」に遅れそうだったのだ。


「すいません、授業に遅れそうだったので、つい……」

 ウィンドウを下げながら、僕は精一杯の困り顔で言った。


「免許証、見せてください」


 若い女の声だった。ヘルメットのせいでロングなのかショートなのかはわからない。目鼻立ちしか見えないのだが、髪型でごまかされていないその顔立ちは相当な美人だった。


「遅刻しそうだったので。うっかりしてました」

 言い訳をしながら僕は免許書を差し出した。


「シンカイ翔平?」

「ニイノミです。新しい海と書いてニイノミと読むんです」

「二十七で学生?」

「弁護士になろうと思って、大学に入り直して勉強しているんです」


 学生証を見せてくれと言われたらとハラハラしつつ、嘘をつき続けた。


「授業って何時に始まるんですか?」

「ああっと、えっと、十時半からです」


 僕は時計を見ながら答えた。時刻はまさに十時半だった。


「十時半。もう始まってますね」

「そうなんですよ。でも教授が教室に来るまでまだ少しの余裕があるんで。もしかしたら間に合うかもしれないです。大事な授業だし、教授は遅刻にうるさいんで」


 だから、はやく解放してくれと暗に言ったつもりだった。


「授業の始まる時間は十時半って決まっているんですよね。だったら、その時間に間に合うように家を出ればいいんじゃないですか。法定速度で走行してかかる時間を逆算して家を出る時間を決めればいいだけの話でしょう。スピード出せば間に合うや、というスケジュールは危険です」


 ひどく常識的な説教をされ、僕は違反切符を切られてしまった。



 一週間後、僕は再びスピード違反で捕まった。同じ女性の白バイ隊員だった。


「もうすぐ試験が始まってしまうんです。徹夜で勉強してて、うっかり寝過ごしてしまって」


 学生である嘘は貫き通した。授業に遅れそうという言い訳は通用しなかったので、学生にとって是が非でも間に合わないといけないシチュエーション、試験を持ち出した。試験の始まる時間は決まっているだろうと言われた時のために、徹夜で勉強していてうっかり寝坊という言い訳も用意し、ガチガチに理論武装した。


「弁護士になるための勉強って大変そうですよね」

「そう、そうなんですよ。六法全書とかね、読んでるだけで眠くなりそうになります」

「でも、徹夜だったんですよね?」

「え? あ、そうそう。徹夜ですよ。眠くなりそうになるのを我慢して一生懸命読むわけです。六法全書をね」

「がんばっているんですね」


 同情するような感じがしないでもない。スピード違反を見逃してもらえるかと僕は期待した。


「寝不足の状態って、脳がお酒を飲んだ時と同じようになるんですって。いってみれば飲酒運転のようなものですよね。そんな状態でスピード出して運転したら危ないですよね」


 僕は再びスピード違反の切符を切られてしまった。



 三日後。僕は三度スピード違反の切符を切られた。僕を捕まえたのはまたしても例の女性の白バイ隊員だった。



「あんたさ、僕のこと狙ってただろ。僕を付け回してまで点数稼ぎしたいのかよ」

 ウィンドウをさげるなり、僕は彼女に食ってかかった。


 二度も同じ白バイ隊員に捕まるとは、運が悪いでは済まない。最初のスピード違反の時に目をつけられ、またスピード違反をしないだろうかと付け回されていたところを二度目は捕まったのではないかと僕は疑った。


 疑惑を確かめるため、僕はわざとスピードを出した。思った通り、白バイが現れ、僕は捕まった。今回に限っては、僕が彼女をおびきだして捕まえたことになるのだが。


 僕の見幕に気圧され、彼女はうなだれてしまった。


「付け回していたことは謝ります」

「やっぱり、そうか」

「でも、点数稼ぎのためじゃないんです」

「じゃあ、何だっていうんだよ」


 彼女は何か言ったが、ヘルメットをかぶっているうえにうつむいているので聞き取れなかった。


「何で付け回していたんだ」と再び尋ねると、彼女はヘルメットを取って「安全運転してもらいたいから」と答えた。


「仮にの話だけど、新海さんが私の彼氏だったとして。デートの待ち合わせに遅れそうだからってスピードを出して事故にでも遭われたらイヤだから。遅刻されるのはイヤだけど、事故に遭われるのはもっとイヤ」


「仮に、あなたみたいな人が彼女だったら、はやく会いたいから遅刻なんか絶対しませんよ。えっと、仮に、の話ですけど」

「はやく会いたくてもスピード違反はしない?」

「法定速度を守ります」

「仮に、私が新海さんの彼女だったら、の話ですよね」

「そ、そうです。仮に、の話です」


 ヘルメットの下に隠れていたのは、ショートボブの美人だった。目鼻立ちだけでも美人だとはわかっていたが、髪型がきまってさらに美人度があがった。「仮に」と言いながら、こんな娘が彼女だったらと思うと僕はドギマギした。


「仮に……私が新海さんの彼女だったとしたら……デートにはどこへ連れていってくれますか?」

「仮に、彼女だったらの話ですけど……ディズニーランドとかどうですか。もちろん、安全運転で」


「あのう……」

 うなじを真っ赤に染めながら、彼女が言った。


「『仮に』じゃなくて、彼女にしてもらえませんか」

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