詩音くんの姉です。詩音くんは無事でしょうか。
詩音のお姉さん視点でのお話です。
気がつくとそこは真っ暗な狭い狭い部屋でした。
部屋、と呼ぶに相応しいのかすら怪しい場所ではありますが、不思議なことに驚くことも怖いと感じることもありません。
「一体何が起こったのでしょう。」
こういう時は口に出した方が考えやすいとどこかで聞いたことがあるような無いような。
そのおかげかはわかりませんが、朧げながらもなんとなく思い出してきました。
そうでした、こんなに呑気にしていられるような状況では無かったはずです。
いえ、正確には状況はわかりませんが、おそらく不味い状況に陥ってしまっているはずではあるのです。
私の目の前で、私の大事な大事な弟が、詩音くんが天井から落下してしまったのですから。
今日は妹と二人で詩音くんの演劇をひっそりと見に行きました。
詩音くんからは演劇に出演するとは聞いていましたが、まさか主役相当の、それも男なのにヒロインを演じるなんて思いもしていませんでした。
私たち姉妹からしてみれば弟がヒロイン役を演じる事について、可愛いとか凄いとかそういう感想しか抱かないのですが、男の詩音くんからしてみればやっぱり恥ずかしかったのかもしれませんね。
そう考えればあれだけ文化祭には来ないでよ、と言ってたいたのもわかります。
はあ、今はそんな事考えている時間はないんでしたね。
とりあえず出口を求めて周囲を注視してみたり壁にペタペタと触れてみますがそれらしきものは見つかりません。
詩音くん以前に私自身が今ピンチなのかもしれません。
「こんにちは、ようこそフリューラインへ。君は次目がさめる時から異世界で過ごすこととなります。」
あまりに突然声が聞こえたので、ひゃ、と軽く飛び上がってしまいましたが、驚いたというだけで怖いとか、不気味とか感じることはありません。
何でしょう、声が軽い調子で中性的だからでしょうか。
しかし今の発言、だいぶ聞き捨てならないことを言っていたと思うのですが。
異世界、私にはそう聞こえました。
実は私、異世界、というものについて少しばかり知識があるのです。
というのも詩音くんの趣味であるアニメやライトノベルというジャンルの本を少しばかり嗜んでいるんです。
「あの、どなたか存じあげませんけれど、私は急いでいますので異世界はお断りさせていただきます。」
お断りの意を表するとクスクスと見えない彼(彼女?)が笑い始めます。
異世界行きを断ることは珍しいことか何かなのでしょうか。
私が首を傾げて考えていたからでしょうか、ごめんごめん、と砕けた調子で謝りながら、それでも笑いを嚙み殺そうと必死な様子が見えなくてもよくわかります。
「いや違うんだ。別に異世界行きを断られたから笑ったわけじゃないんだ。ただこんな訳の分からない場所、状況ですら君は詩音くんの心配をしているのが、何というかおかしくて。」
何がおかしいのでしょう。今詩音くんがどういう状況にあるのか分からないのに、心配しない訳ないじゃ無いですか。
「でもね、心配しているのであれば、尚更異世界に行った方がいいと思うよ。だって詩音くん、もうすでに異世界に来ているんだから。」
「本当ですか⁉︎し、詩音くんは今異世界で元気にやっているんですか?何か怪我とかは?」
「ほらほら、少し落ち着いて。大丈夫、ピンピンしてるさ。」
「そう、ですか。」
私は大きく息を吐く。よかった、本当に良かった。
詩音くんが無事でいるのであれば、異世界だろうと何処であろうととりあえずはよしだと思おう。
「あの、詩音くんが異世界にいるのであれば私も行きます。さあ早く、今すぐに送ってください。」
「あ、そう?う、うん、いいよいいよ。ちょっと待ってね〜。あー、そうだ。一応スキルとかアイテムとか話しておかなきゃいけないことがあるんだけど...」
私の急変っぷりに対してでししょうか、最初の方、明らかに困惑の色が見えましたね。
「スキルの説明なんてされても多分わかりません。どうぞお好きにしてください。あくまで私に利があるように。」
「あ、うんオッケー。それじゃあ多分異世界に転移する人が集まるであろう場所にリスポーンさせてあげるってことと、これまた異世界に転移する人の殆どが選択する、【フリューライン完全適応】ってスキルを付与しておくね。」
私の無茶振りに応えてくれるこの人は、案外いい人なのかもしれませんね。人か何か知りませんが。
「ありがとうございます。異世界転移者が集まるってことは詩音くんもそこにいるってことでよろしかったですかね。」
「うん、多分くると思うよ。僕たち管理官の説明をちゃんと聞いて普通の考え方を持ってる人なら。←ここ重要」
そうであるならば今すぐにでも転移してほしいくらいです。どんなに怪我はしてないといわれても、やはりこの目でしっかりと確認しないと安心はできませんので。
「よし、それじゃあ送るね。異世界生活頑張ってねー。」