僕は男子高校生ですけど
「二組のみなさん、もう間もなく時間ですので準備をお願いします。」
司会進行委員の言葉に舞台袖にいる全員が身をこわばらせる。
しかしそれも一瞬のこと、我が二組のリーダーの一言でみんなの緊張は解かれる。
「よし、みんな絶対に最高の演劇を作るぞ!」
「うをおおおおおお!」
今、高校生活で楽しみな行事ランキングトップ3くらいには入るであろう文化祭の真っ最中である。
この学校では三年生は演劇と決まっており、一般の方の投票によって9クラスある中から優勝クラスが選ばれる。
「おい詩音、絶対成功させるんだ、頑張れよ。」
先ほどクラスのみんなを仕切って全体を盛り上げていた一之瀬勇也が僕個人に気合を入れてくる。
それもそうだろう、なんたって今回の演劇のメインヒロインの担当は僕なのだから。
そう、主人公ではない。メインヒロインなのである。
「わかってるよ勇也。もちろん全力でやるさ。」本当の悲劇のヒロインをね。
ちなみに主人公はというと、当然のように勇也である。
ビーーーという音とともに舞台の幕が開ける。
メインヒロインではあるけれど、僕の出番はもう少し先だ。
舞台袖からだと前の方の席しか見えず、どのくらい観客がいるのかがいまいちよくわからない。それでもなんとなく観客席のほうを見てみると一番前の席に二人座っているのが見えた。
舞台に近すぎて逆に見にくいとしか思えないその席に座っていたのは...まさかの妹と姉であった。
Oh...来なくていいって言ったのに。我が姉妹に女装姿を見せることになるとか終わったも同然なのですが。
姉さんたちには演劇で役を演じるとは伝えてあるけれど、それがヒロインで、実際に女の子の格好をして演じるなんてことは話していない。というか話せない。
観客席のほうに気を取られていると、いつの間にやら演劇が進んでおりもうすぐヒロインの登場というところまで来ていた。
もう後には引けないだろう。姉妹の前でという心苦しい状況ではあるが腹をくくろう。
実を言うと僕の演じるヒロインの登場の仕方はかなり特殊だ。
なんと空からの登場なのである。当初は不可能だろうという見解で、おとなしく舞台袖からの登場を予定していたのだが、僕が提案したワイヤーを使っての舞台上という空から登場するという意見が急遽採用されたのだ。
ちなみにワイヤーは僕の自腹での持参である。
すでに梯子を利用して舞台の天井に手が届くような高所で待機している僕は、リハーサル通りのタイミングを計って登場する。
天井から舞台にゆっくりと足をつく...はずであった。
しかしどうだろう、回転するリールのような自作の装置がうまく機能していないようでワイヤーがまかれた状態から解放されることはなく、僕は舞台中央でまさに宙に吊るされる形となった。
クラスのみんなは不測の事態に顔を真っ青にしているが、観客席の方はというとどうやら演出の一つだと勘違いをしているようで歓声が上がっている。
そんな中一番前の席に座っているというのに立ち上がる二人の姿が見えた。
「ねえ姉ちゃん、あのぶら下がってるヒロイン兄貴っぽくね?」
「本当ね、あれ絶対に詩音くんだわ。お姉ちゃんも絶対に女の子姿が似合うとは思っていたけれど、まさかここまでとは...もっと早くから女の子の格好をさせるべきだったわ。」
姉さんがなんだか物騒なことを言っているが今は置いておこう。
いやそれにしてもさ、高いねやっぱり。うちの体育館は縦がやたらと長い。それこそ三階建てくらいの高さはあるんじゃなかろうか。
そんな高さから落ちたらどうなるか...
まあ、死ぬよね。
気が付くとそこはベットの上だった。
何度かお世話になったことのある保健室かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
完全に知らない天井だ。
周りを見渡してもここがどこであるか判断できそうなめぼしいものはない。
ひとつだけ目に留まったものといえば枕元に置いてあるこのお椀の中身である。
どうやらおかゆらしきものであるのだが、少しできてから時間がたっているのであろう、完全に冷たくなっている。
「うーん、僕が怪我か病気だかになって、ベットに寝かしつけられて看病してもらってるってところかな。」
そういえば記憶がなんだが混濁していて、ここで寝かしつけられる前の状況というのも思い出せない。
なんとか思い出そうと奮闘しているさなか、どたどたという足音が聞こえドアノブがかちゃりと回る。
入ってきたのは僕の知らないおばあちゃんだった。
70歳を超えたぐらいだろうか、その顔にはたくさんのしわが刻まれており、また同時になんとなくぬくもりを感じさせる。
そんなおばあちゃんは僕の方を見ると軽く笑みを漏らし、ほっと溜息をつきながらこちらへと向かってくる。
「よかったあ、目覚めたんね。中々目開けてくれないもんで心配したんよ。どっか痛いところとかないかえ?」
「すみません、えっと、その」
正直何から紐解いていけばいいのかがわからず、僕はてんぱってしどろもどろになってしまう。
「ああ、ごめんねえ。まだ目が覚めたばっかりで状況がよう呑み込めてないんかね。冷めちゃっとるけんどまずはおかゆでも食べてそれから色々お話さしようかえ。」
お腹なんてすいていなかったけれど、一度落ち着きを取り戻すためにも素直におばあちゃんの言うことに従うことにした。
気が付いたらおかゆをぺろりと平らげて、普段通りの会話ができるほどの落ち着きが戻りつつあった。
ただ記憶に関しては全くと言っていいほど戻っていない。
記憶がない、といっても名前とかそういったのは全く問題ない。まあ何を忘れているのかわからないというどうしようもない状況であるのは確かだが。
「えっと、正直なところ今の状況というのはよくわかっていないのですが。それでも助けていただいたという事実は変わりません。本当にありがとうございます。」
僕は深く頭を下げて誠心誠意感謝の気持ちを伝える。
「別に大したことはしてないんだで、頭をあげてくんろ。ただの年寄りのお節介だがね。」
「ありがとうございます。それでなんですけど、僕はいったいどういう形でここに運ばれたんでしょうか。」
「本当になーんも覚えてないのかい。それがね、あんまり詳しいことはわからんのよ。なんたっていつもどーり家の裏にある畑に水をやりに行ったらお嬢ちゃんが倒れてるんだから。あまりに突然でぶったまげたねえ。」
...畑で倒れていたって本当に僕何があったんだろう。
「そうですか、本当にご迷惑おかけしました。ただ本当に僕も記憶がなくてですね...。あ、そうだ、ここってなんていう場所なんですかね。」
「ここかい?ここは白川村って場所だねさ。三十分ほど歩けば白間道街っていう大きな街があるけれど、正直そこまでいかないと特に何にもない場所さね。」
うーん、どこかわからん。
やっぱり倫理なんて取らないで地理選択にしておけばよかったかもしれない。
どうしようか、こんなこと言ってはだめかもしれないけれど、何もない村にいるよりもその大きな街って場所に行ってみたほうがいいような気がする。
「えっと、とりあえず宛とかはないですけどその白間道街?って場所まで行ってみたいと思います。いろいろとありがとうございました。」
そういって身支度をしようとすると、すぐにおばあちゃんに止められる。
「ちょいと待ちなさいな。もう今日は日も暮れちまってるし、また明日にしなさい。こんなおんぼろの家は嫌かもしれないけれど泊まっていきなさい。」
確かに日が暮れた状態で宿を探すのはなかなか大変かもしれない。
色々とご迷惑をおかけしてしまってるけれど、ここはお言葉に甘えて一泊止めさせてもらおう。
正直なんだか今は眠たくて仕方がないし。
「あの、それじゃあお言葉に甘えて一泊させていただこうと思います。よろしくお願いします。」
ということで今日一泊させていただくことになった僕は、明日の朝はおばあちゃんの畑仕事を手伝って、昼から白間道街へ行くことを決め、ベットに潜った。
だいぶうとうとしてきて眠りにつこうとするとき、ふとおばちゃんの発言が頭をよぎる。
そういえば、何で僕
「お嬢ちゃん」
なんて呼ばれたんだろう。