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5、友達

「おはようございます、ランナちゃん。フェアリア……リルちゃんの調子はどうですか?」


 翌朝、ランナの通学路の途中で、上等の白いワンピースを着た少女がふんわりと金髪をなびかせながら話しかけてきた。フェアリアというのは、リルの機種名だ。


「おはよう、パティちゃん。ええ、問題ないわ。」


 嘘だ。本当は問題があった。リルは、表面上は大丈夫そうに振る舞っているが、時折暗い表情を見せる。昨日のことでかなり悩んでいるようだ。

 ランナはそれが昨日の自分の言葉から始まった騒動が原因であることは分かっている。だが、それがどのようにリルの心に引っかかっているのか、どのようにすれば解決できるのか、分からなかった。

 本当は誰かに相談するべきことなのだろう。だが、ランナはパティに心配をかけたくなかった。


「でもパティちゃん、新しいプラモを一個なんて、本当に良かったの?」


 ランナの持っているリルは、パティがくれた組み立て済みキットのものだ。

 二日前にポロリと組み立てに失敗してパーツを壊したと言ったら、昨日ポンとくれたのである。


「いいんですのよ。わたくしが早く一緒に遊びたかっただけですから。」


 業禁ごうきんパティはお金持ちである。人当たりが良く、何かと他人に世話を焼く優しい子だ。

 だが、金銭感覚がおかしいのか、それとも財力をひけらかしたいのか、時々ポンとやたら高い贈り物をしてくることがある。

 そして、下手に断ろうとすると逆に泣き出すこともある、困った性格でもある。

 まさに昨日も、そうだった。




「ランナちゃん!完成品のプラモを買ってきましたの!これで明日から一緒に遊べますわ!」


 満面の笑みでプラモの箱を差し出してくる、パティだったが、ランナは一度は断ろうとした。


「え、ええ!?そんな、プラモだって安くないでしょう!?もらえないわよ。それに……」


 流石に彼女にも兄にも申し訳ないと慌てて断ろうとすると、パティが目を潤ませてしょんぼりと縮こまっていた。


「うう、ランナちゃんのために選んだのですけれど……私、お節介だったでしょうか……?」

「え、いいや、そんなこと……」

「いえ、いいんです。ご迷惑でしたなら、無理をされなくとも……」


 そうはいっているが、とても分かりやすく沈み込んだ様子を見ると、断ることは出来なかった。


「あ、あー、だ、大丈夫だわ。うん、問題ないわ。ありがとう、パティちゃん。」

「わぁい。これで一緒にプラモで遊べますわね。」


 ランナがプラモを受け取ると、パティの顔には再び花の様な笑みが咲いた。




 と、いうことがあったのだ。


「そうだわ、放課後になったら、みんなのプラモと顔合わせしましょう。」

「うん、わかった。」


 パティは輝く金髪を弾ませながら、学校へと歩くのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「よろしく。」

「よ、よろしく……お願いします……」


 迫る大きな人影に、リルは身を固くする。


「ランナちゃんとこの子も、可愛い……」


 無表情にリルを見下ろす少女はしかし、リルを優しく持ち上げて撫でた。


「ひ、ひぅ……」


 昨日のことがあってから少し気が弱っているリルは、まだ人慣れしていないのもあって他人に囲まれて緊張気味だ。


「まぁ、ドーラちゃんとこのドルチェも可愛いじゃありませんか。」


 放課後、女子グループは自分のプラモロイドの見せあいっこをしていた。

 ある日パティが持ってきたプラモから、実は私も持っていたという子や、それを見て買った子が現れ、周りで見せ合いっこやバトルをしている。


 その中でも中心はパティと、彼女と仲のいいランナ達だ。尤も、パティに対しては仲の悪い子は少ないが、みんな若干距離を置いていて、あまり直接話したりはしないので、中心と言うよりは台風の目と言うのが適当かもしれない。


「私も今度、こういうクリアパーツ、使ってみたいかも。」


 ドーラと呼ばれたロングヘアの物静かな少女は、リルのパーツを興味深そうに見つめる。

 ドーラは特に気合いの入ったカスタムをしたプラモロイドの持ち主で、プラモをするのグループの中でも特に注目を集めている。

 また、彼女自身もドールのような気合の入った衣装で、上等な服のパティ共々クラスの女子の中でかなり目立つ、悪く言うと浮いているところがある。

 そんな彼女たちと普通に付き合える無頓着なところは、ランナの美点の一つである。


「あら、ドーラちゃんの所のドルチェちゃんは、こんなに綺麗なドール服を着ているじゃありませんか。わたくしたちには真似できませんわ。」


 パティの手の上に乗るプラモロイドは、プラモというよりはドールと言った方が適当な雰囲気だった。

 茶色のロングヘアに、ピンクのエプロンドレスを着た可愛らしいプラモロイドだ。


「布だけじゃなくって、キラキラしたアクセサリを使ったら、もっと可愛くなると思う……」

「まぁ素敵。かわいくなったドルチェ、楽しみですわ。」


 そんな彼女らを、ランナはぼんやりと見つめていた。

 そう、あの時、自分も、ちょうど今の彼女たちのように、机の上の小さな友達に語り掛けていた。


『あなたごつごつしてて可愛く無いわ。あたしがとびっきり可愛くしたげる。』


 そういって、彼女はかわいらしい柄のシールを取り出した。

 彼はたじろいだ。彼の精一杯の抵抗空しく、彼女は彼を捕まえてシールを体にべたべたと張り始めた。


『おいおいランナ、勘弁してくれよ……チギルーっ!助けてくれー!』


 騒ぎを聞きつけて、部屋に少年が駆け込んできた。

 部屋の中の惨状を見て、少年は叫び声をあげる。


『あーッ、ランナ!俺の相棒に何してんだよ!ああ、ああ、こんなにべたべたに張りやがって……』


 あの後、苦労しながらシールをはがしていたっけ。思い出しながら、ランナは自然に笑いが漏れていた。


「たのしそうね、ランナちゃん。」


 手の中の少女の言葉で、ふと目が覚めた。


「わたしのことほったらかして、そんなににこにこ笑ってー。こないだはあんなに熱っぽく私たちのこと見てたのに、やっぱり自分のバディが気になる?」


 パティのバディである、花のような装飾を身につけたプラモロイド、サニィは、相手にされなくて少しむくれていた。


「ああ、ごめん……私、そんなに笑ってた?」

「そりゃあもう、こう、にこーって感じで。」


 サニィがパァっと笑って見せる。この花が咲くような笑い方は、パティそっくりだ。


「笑ってた……」


 今、垣間見た光景は、なんだったのだろう。自分の名を呼んだ小さな友人は、誰だったか、今、彼はどうしているのか、記憶がぼんやりして、ランナは思い出そうとして、首を振って思考を中断した。


「ランナちゃん、どうかした?」


 怖かったのだ。その先に、何か、とても恐ろしいことがあったような気がした。忘れよう、さっきまでのように。


「あら?もうだいぶいい時間ですわ。今日はここまでですわね……」

「ホントだ、もう暗くなっちゃうわ。」

「ランナちゃん、いつも暗くなる前に帰るね。」


 帰り支度の慌ただしさに隠すように、彼女はまた目を逸らした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



『お兄ちゃん……?』


 兄の背中を見ていた。小さな、消えてしまいそうな背中を。


『うっく、ぅぅぅ……』


 うなだれる彼の視線の先には、箱の中、敷き詰められた布の上に眠る、小さな骸があった。


『おにい、ちゃん……』


 もう動かない彼を想って泣く兄の背中を、ただ見ていることしかできなかった。


『ごめん……しばらく、二人きりにしてくれ……』


 沈み込む兄の背中を、ずっと……





「あ……」


 顔に冷たいものが当たって目が覚めた。目をこすると、手にしずくが付く。枕が濡れて冷えていたのだとわかった。


「今の…小さいころの、お兄ちゃん……?あれは……あたし、知ってるの……?」


 ランナは起き上がって悶々と考えていた。


「リル……?」


 友の名を呼ぶが、箱の中で充電中の彼女は、何の反応も示さない。

 彼女に聞いてもらえば、気が晴れるだろうか。抱きしめれば、心が埋まるだろうか。そう思って、ランナは怖くなった。

 毎日を死んだように過ごす兄の姿、ああなる前の兄は、どんな姿だったか。彼の傍には、誰がいたか。その姿に、自分が重なった。

 ランナは再び布団を被り、一人眠った。

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