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4、最悪の誕生日

 階段を降りると、ランナが靴を脱いで上がったところだった。


「あ、お兄ちゃん……」


 ランナは何故か浮かない顔をしていた。

 対して、チギルは上機嫌だ。


「ランナ、お帰り。さっきテスト起動したんだ。後の装備はこいつと話し合って決めようぜ。」


 チギルは手のひらの上の少女を差し出した。


「初めまして、ランナ様。これから……」

「ま、まって!」


 少女の言葉をランナが遮った。


「ど、どうした?」


 ランナは申し訳なさそうに口を開いた。


「えっとね……その子は、もういいの。」

「ふぇ……?」

「おい、どういうことだ……?」


 何を言われたのか分からなかったのだろう。チギルの手の平の上で、少女はぽかんとした表情で固まっていた。

 その時、ランナの鞄から小さな少女が顔を出した。

 水色のツインテールの髪をしていて、クリアパーツの翅をもっているのが見える。


「ランナちゃん、家に着いたの?」


 ワクワクと顔を出した彼女は、チギルの手の平の上の少女を見て、少し驚いた。


「その子、だあれ?……きゃあ!?」


 ランナは鞄から彼女を引っ張り出して、手のひらの上に乗せた。

 青いフリフリしたロングスカートの魔法少女衣装を象ったパーツを付けた少女型のプラモだ。


「えっとね、アタシ、このリルをバディにすることにしたから……」


 手のひらの上のリルと呼ばれた少女も、場のギスギスした空気を感じ取ったらしい。表情を固くして黙ってしまった。


「だからね、もういいの。えっと、話をしたらパティちゃんが新しいのをくれて……作ってくれたお兄ちゃんには悪いんだけど……」

「おい……」


 チギルが怒りの声を上げる。

 怒りを逃れるために言葉を探したランナはそこでようやくしっかりとプレーンの少女を見て、目を見開いた。


「その腕……」


 口をへの字に曲げて、ぐっと何かをこらえるように、ランナは言葉を絞り出した。


「い……いらない!そんな腕のプラモなんて、恥ずかしくて連れていけないもん!」


 プレーンの少女は、自分の右腕と、リルを、悲しそうな顔で見比べていた。

 先ほどからの言葉で強いショックを受けたのか、小さくふるえている。


「気にするな。俺は好きだぞ、お前の事。」


 チギルが手で包み込むようにして優しくなでてやると、少女はチギルの手にしがみ付いた。

 とても傷つき、心細かったのだろう。少女の体は小さく震えていた。


「てめぇ、幾ら妹でも許さねぇぞ。」


 怒気を孕んだ声を上げながら、チギルがランナに向き直る。


「な、なによう、確かにお兄ちゃんには悪かったと思ってるけど、そんなにマジになって怒らなくてもいいじゃない。」


 チギルは手の平に座り込んで俯き、震える少女を撫でながら、怒りを抑えて努めて冷静に言い返す。


「違う、俺のことはどうでもいい。この子のことだよ、俺が怒ってるのは。この子に謝れよ。」

「はぁ?プラモなんておもちゃでしょう?何でわざわざ謝らないといけないのよ。」


 ランナの言うように、プラモロイドはおもちゃだという風に思う人は、今でも多い。

 人工知能で人間に近い受け答えが出来るといっても、やはり体はプラスチックなのだ。人間と同等に見ることは難しい。

 だが、チギルとしては、ランナにはそういう考え方をするようになってほしくはないと思っていた。


「プラモロイドはただのおもちゃじゃない、友達なんだ。」

「友達……おもちゃと友達なんて、馬鹿みたい!もう、どいて!部屋に戻るんだから!」


 チギルを押しのけて階段を上がるランナの手の上で、リルがどうしていいかわからず戸惑った表情でプレーンの少女を見ていた。


「……」

「……」


 チギルとプレーンの少女は暫く黙っていたが、少女が落ち着いてきた所でチギルが口を開いた。


「……とりあえず、俺の部屋に戻るか?」

「は、はい……。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「うわぁ!?」


 部屋に戻ったランナは、リルを机の上に置いた。


「わしづかみは止めてよランナちゃん。苦しいよぉ。」


 ランナの目には、文句を言うリルの姿に、誰かの姿がだぶって見えた。


『うぉえっぷ、ガンガン振り回しやがって、いい加減にしやがれ!』

「ッ……!」


 ランナは幻を振り払うようにイライラと鞄の中を探る。


「ねぇ、ランナちゃん。さっきの子って……」

「お兄ちゃんに頼んでたプラモ。まさかもう起動させてるなんて思わなかったけど。」


 ランナとしては、友達の好意を断りたくはなかったのでリルを受け取った。それでも、起動させていなければここまでの面倒は起こらなかったと怒っていた。

 だが、考えてもみれば、完成日はチギルの予想だし、そもそも完成前にテストするのは道理だ。まだ起動前だと言うのはランナの浅慮である。

 なんにせよタイミングが悪く、結果的にかなり話がこじれてしまった。


「あのこ、悲しそうだった……お兄さんとも喧嘩しちゃったよね……」


 不安そうなリルの言葉を遮って、ランナが机の上にプラスチックの箱を置いた。


「あんたには関係ないわよ。さ、充電するわよ。」

「うん……」


 リルも、今は一人になりたいと思っていた。

 おもちゃが友達なんて、馬鹿みたい。その言葉が、頭の中をグルグル回っていた。

 充電用のケースに入るとプラグを口に含み、不安から逃げるように目を閉じた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「私、要らない子、なんでしょうか……?」


 少女はチギルの机に座り込み、うなだれていた。


「そ、そんなこと言うなよ……」


 不味い状態である。

 元々、プラモロイドにつけるBISは、種類によってある程度の性格付けはあるものの、持ち主の人間との触れ合いで人格を形成していくものである。

 ましてや、プレーンのチップは極最低限の性格付けしかされていない、よりカスタマイズ性の高いBISだ。

 それが目覚めてすぐにあのような言葉を浴びせられたので、かなり偏った感情が育ってしまっている。

 ランナも、自分の言葉がここまで影響を与えるとは思っていなかっただろう。前もっていろいろ言い含めておくべきだったかと後悔しつつ、チギルはこれからのことを考える。


 ランナのあの様子だと、この少女を引き取る気はないだろう。

 かといって誰も引き取らないとなると眠らせるしかないわけだが、折角組み上げたのだ、それは忍びないというのが、チギルの気持ちだった。


「お前……俺の相棒にならないか?」

「ふぇ……?いいんですか……?」


 一瞬顔を輝かせた彼女だったが、すぐにまた俯いてしまった。


「でも、私なんて、可愛らしい服も無いですし、腕もこんなですし……」

「それ組んだの俺なんだがな……やっぱ重すぎたかな……」


 さっきのランナの言葉がよほど響いたらしい、自己評価がとても低くなってしまっている。

 考えてもみれば、ランナはこの腕の元の持ち主の事を知っているはずだし、そんなものをいきなり渡すのは重かったかもしれない。


「重い……」

「ああ、クソッ……」


 また思考が悪いほうへ悪いほうへと沈んでいってしまっている。

 業を煮やしたチギルが強い口調で言う。


「いいから、俺が貰ってやるって言ってるんだ!」

「も、もら……」


 少女の内部回路が熱を持ち、まだ表面に残る薬品の反応でプラスチックが朱に染まった。

 それを見て、チギルも自分がかなり恥ずかしいことを言ってしまったと気づいた。

 少女はキラキラと瞳を輝かせてチギルを見上げた。


「わ、私を……貰ってくれるんですか……?」


 その歓喜に満ちた笑顔にチギルはたじろぐ。


「あ、ああ。お前が良ければな。」


 その答えに、少女は立ち上がって勢いよくお辞儀した。


「嬉しいです。あの、これからよろしくお願いします!」

「ああ、よろしくな。」


 充電用のプラグを口に含むのは絵的にどうかと思いましたが、真面目に挿せそうなところを探した結果です。

 他の部位だとカスタマイズしているうちに埋まりそうだったので。

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