3、起動
そして翌日。帰宅したチギルは、一旦プラモのテストを行うことにした。
まず、バトルクラフトガールズのセットに付属していた、短くて頭が平たく広いネジのような形のICチップを、プレーンの背中を開いて、専用の器具でねじの様に回してセットする。
そして、彼はプラモ屋で買ってきたNISという薬剤を、プレーンの体に塗った。
「さてと、あとは……」
チギルはスマートフォンでアプリを起動する。
このアプリはプラモバトルサポーター、通称PBS。プラモデルに仕込まれたBISとリンクし、プラモデルの状態を把握したり、他にも様々な機能を持つアプリだ。
「これで、リンクを繋げて……起動!」
アプリの機能によってスマホからチップに信号を流し、それによって内部の回路が起動する。
するとどうだろうか、硬質だった少女の肌が、見る見るうちに柔らかくなっていった。
瞼として取り付けられていた特殊なプラスチックが滑らかに動き、開きっぱなしだった目を閉じた。
そして、無骨な右腕も、ピクリと指先が動く。どうやら機能は生きていたようだ。
NIS―ナノ・インテリジェンス・サーブによってアダプテション・バイオライク・スチレン素材、通称ABS素材の有機成分が活性化し、それがICチップからの電気信号によって粘菌のように互いにネットワークを構築しているのだ。生き物のように振る舞うから、バイオライクと呼ばれる。
ネットワークを構築したプラスチックを、AIを組み込んだICチップである、バイオライク・インテリジェンス・シードを制御装置として、電気信号によってコントロールし、そして自由自在に動かす。それが今や当たり前となったABS製のプラモデルの特徴だ。
このICチップは、全てのパーツをまとめる役割にちなみ、昔のプラモの部品を留めるのに使われた部品の名前である「ビス」と呼ばれる。
このABSは、ネットワークがある程度以上の大きさになると働きが急速に衰え、停止してしまう。だから、今この技術を活かせるのは身長十数センチのプラモデルなどのごく限られた分野だけなのだ。
このようにBISとABSで動くプラモデルを、プラモロイドと呼ぶ。
反応が完了すると、先ほどまで冷たいプラスチックだった少女は、薬剤の反応でほんのりと熱を持ち、柔らかな肌を持つようになった。
髪の毛は、固められていた一本一本が分かれてさらりと流れた。
その見た目は、今は大きさと右腕以外は完全に人間の少女のそれである。
従来の軟質ABSは休眠状態でもぐにゃぐにゃと柔らかく、組み立てづらいので、内部の筋肉以外にはあまり使われてはいなかった。だが、このバトルクラフトガールズ・シリーズに使われているは近年開発された新素材 PVCと呼ばれる種類のABSで、ある程度の固さを持ちながら、活性化状態では人肌のような柔らかさと温かみのある色を持つ。
少し待つと、少女の体が痙攣し小さくうめき声をあげた。
そして、ゆっくりと瞼が開いた。
プラモロイドを起動する際、接触不良などによって起動に失敗することが、ままある。改造をすると更に動作不良の確率は上がる。
彼はその可能性を考えテスト起動したが、どうやら杞憂だったようだ。
「おはよう。」
チギルは、昔そうしたように、少女に声をかけた。
少女は上半身を起こし、チギルの方を見た。
「おはようございます……あなたが、私のマスターですか……?」
首をかしげながら尋ねる彼女に、チギルは首を振った。
「いいや、俺はチギル。君には、俺の妹のランナの相棒になってほしいんだ。」
「妹の……了解しました。」
彼女は頷いた後、自分の右腕を不思議そうに見て、メカのようなディティールの手の平をにぎにぎと動かし、ブレードの収納、展開も試した。長いブレードは付け根でくるりと回転し、腕に沿って収納できるようになっている。
「これは……?」
「ランナが腕を壊しちまったからな、そいつで我慢してくれ。あいつの分の小遣いじゃ、顔と髪を買ったら無くなっちまってな。」
「パーツの状態、把握しました……問題ありません。」
プレーンに付属していたAIは初期では感情が希薄で、受け答えも淡白だ。
それでも、チギルはこの小さな友人との会話を楽しんでいた。
そういえば、昔こうして話しているとランナが羨ましがって混ざってきたなと、チギルは懐かしく思い出した。
その時、玄関の扉が開く音がした。
「ただいまー。」
「お、帰って来たな。ナイスタイミングだ。」
チギルは高校で帰宅部なうえ、友達と遊ぶこともあまりない。対してランナは夕方には大抵友達と遊んで来る。基本的に暗くなる前にかえってくるが、日の長さによってはチギルの方が先に帰ってくることがままある。
チギルは少女に向けて手の平を差し出す。
「乗りな、お前のマスターに会いに行くぞ。」