第7話
そこは演習場に指定されたグラウンドだった。
観戦できるように周りが盛り上り、少し傾斜がついている。
「凄い人数だな、こりゃ」
航が見渡して言う。
埋め尽くす、とまではいかないが、かなりの人数が観戦に訪れているようだ。
俺たちは集団から少し離れたところで観戦することにした。
「私、初めて石動先輩見たかも。戦ってるとこも」
「一人前の退魔師だからな。学園外での討伐も多いんだろうよ」
「なんなら稽古つけてもらうか?」
「遠慮する!勝ち目がねぇ!」
石動の武器は槍。まるで鉄から切り出したのかと思うほどシンプルなもの。刃の部分は演習のため、鞘に入れたままのようだ。
そして、航より高い190cm超えの身長と幅もある体格、鍛えぬいた筋肉。その膂力から繰り出される槍は強烈そうだ。
「うわぁ~。ちぎっては投げちぎっては投げってこういう事を言うんだろうね…」
しばらくそうして観戦していると、演習場奥の入口付近で歓声があがる。
演習場の石動たちも動きが止まっていた。周囲になんだなんだと困惑と期待感が広がってゆく。
ゆっくりとした歩調で場内に渦中の人が姿を現す。
美人という言葉がぴったりと当てはまる。この人気にも頷けよう。
凛とした雰囲気を纏いながらも、手を振りながら笑顔で観衆に応え、ハラリと舞うポニーテールは何かの演出かと思えるほどだ。七分袖にジーンズというラフな格好でありながら魅力的にみえてしまう。
姫野茜。明けの7星筆頭格、姫野家。その長女であった。
転校してくる明星がいると噂があったがまさか姫野家とは。
「おい、俺たちも近くで見ようぜ!」
「あ、航!」
走り出した航と藤阪を追って俺も走り出した。人混みをかき分けて進みなんとか二人を発見した。
「あぁ、やっぱきれいだな…姫野さん」
「見たかっただけかよ…」
少し肩を落としつつ視線をフェンスの向こう、演習場内に移す。
「よう、久しぶりだな石動」
「黄色い声中の正体はお前だったか姫野、変わらんな」
「ああ、邪魔したなら悪かった」
ヒラヒラと手を振り、あまり悪く思ってないようだ。
「そうだな、集中が切れた。こんな騒がしい中に居るのは好かん。」
姫野の横を通り場内から出て行く。と、入れ違うように他生徒が演習の申し込みをするも断られていた。
剣姫とも言われる姫野茜の剣技、刀を見ようとするのは多い。その相手に演習をしてもらえるかも、となれば申し込みが殺到するのは想像に難くない。実際人だかりか形成されつつあった。
「弟くん?」
あの人だかりをどうくぐり抜けてきたかは知らないが目があった。
「よ、陽太!姫野さんと知り合いなのか?なに、弟くん!?」
「落ち着きなよ航」
藤阪が航の脛に蹴りを入れる。声も出さず航はうずくまってしまった。
「陽太!白川陽太だな!やっぱり弟くんじゃないか!」
向こう側からフェンスにガシャンと音を立てて近づいた。
「ご無沙汰してます、茜さん」
小さい頃にお隣だったのだ。よく妹の小夜ちゃんも交えて3人で遊んだものだが、橘家が途絶えた関係で明星での異動があり、引越ししていったきり会っておらず、今こうして再会したというわけだ。
「他人行儀はよせ、疎遠になったままみたいで悲しいじゃないか」
よよよと、涙を流す仕草をする。
「そうだな…ひさしぶり、アカ姉」
「ああ、ひさしぶり弟くん!」
年上なのでお姉さん、名前の茜と組み合わせて俺が小さい時そう呼んでいたのだ。
仕草ではなく本当に涙を浮かべながら喜んでくれている姿を見ると、こちらまで涙を貰いそうになってしまう。
その後も申し込みが途絶えることはなく、アカ姉は観戦のみ許可した。
「すまん弟くん、巻き込んでしまった」
「別にかまわないよ、今日は演習の予定だったしね」
場内で2人で対峙していた。
人数が多すぎた為、全員と戦うのは時間の都合上不可能なので観戦のみ、対戦相手は私が決めるということで俺が指名されたというわけだ。
羨ましすぎるぞ、と航から言われたが、どうやら周囲も同じ感想のようだ。
アカ姉は抜刀し上段に構える。こちらも抜刀、左半身を前にしつつ刀を脇に構えた。
「では、合図を頼む」
近くにいた生徒に開始を促し、緊張しながらも発せられた「始め!」を皮切りに両者間の緊張の糸が張り詰める。
「じゃあ『遊ぼう』か、弟くん」
地を蹴り、とんでもないスピードで間を詰めて背後から一閃。あまりに一瞬すぎて目では捉えきれなかった。かろうじて受け止めるが、見た目以上に重い攻撃を足に力を入れて踏ん張る。
「私の初撃を止めたのはなかなか居ないぞ」
アカ姉は風を使うんだったな、と今になって思い出す。
「ほとんど勘だよ」
さらに力を込めて押し返す。桜の意匠が散りばめられたアカ姉の愛刀・大太刀『夜桜』。こちらの古い模造刀とは大違いだ。
一本先取。互いに譲らぬ攻防を続ける。
一人が呟く。
「剣姫についてってるアイツ、何者?」
答える声がある。
「明星の裏切り者、白川だよ」と。
ワアアアっと辺りがアカ姉に声援を送る。
「なんなんだ、急に」無視を決め込み、気持ちを落ち着けながら眼前のアカ姉を捉える。
「いくぞ、弟くん」
瞬間、背後に気配感じ前方へ跳ぶ。
「くっ!これが」
姫野高速移動術。編み出された歩法によるものらしいが、アカ姉は風で少し体を浮かしこれを無音で行う。初撃ではかろうじて受け止められたが、今のは振り返る一瞬の間に斬られていた。速さはほとんど変わらないが、音がしないというのは案外こちらの反応が遅れる。
「今のは躱すか、弟くん…!いい判断だ」
アカ姉を捉えるも、ふわりふわりと緩急をつけた動きで躱され、その反撃もなんとか避けるというイタチごっこになってしまった。
「桜の舞いか」
「ご名答」
舞い散る桜のように不規則な動き、月明かりを反射するような鋭い斬撃、そしてまた夜の闇に消えてはハラリハラリと舞い散る。捉えきれない。捉えようにも目が動きに慣れてくれない。なるほど、夜桜とはよく言ったものだ。
転がるようにして右に跳ぶと、腰のあったあたりを刃が薙いでいた。転がったことを後悔するも遅く、するりとアカ姉が横に立ち追撃を放ってくる。転がる際に掴んだ砂を顔めがけて投げつけると、きゃっと短い驚きを上げて距離をとった。すかさずこちらも体勢を立て直す。
「卑怯者ー!」
誰かが叫んだ。砂を投げるのを見ていたようだ。
それにつられ周囲も俺に対する罵倒を始める。裏切り者の次は卑怯者か、どいつもこいつも言うことは同じだな。雑音を軽く流し、注意をアカ姉に向けると、
「-黙れ-」
周囲の叫び声の中にあってなお、凛としながらも激しい怒気をはらんだ通る声がした。
ピタリと声が止む。
「卑怯者?正々堂々?お前らは鬼に向かって同じ事を言うのか?言えるのか?あいつらは聞いちゃくれない、圧倒的理不尽だ。その理不尽に勝とうと言うのだ。正々堂々と戦っても負ければ死。卑怯な手でも勝て、でなければ意地汚く生還しろ。私はそうしている。結界の外で戦ってもう一度同じことが言えるなら聴いてやろう。お前らが死んでなければな」
先程のが嘘のように、しんと静まり返ってしまった。
「私ではなく、弟くんの戦い方のほうがお前らには必要かもな。さぁ弟くん、続きといこうじゃないか」
すっと上段に構えた。
俺は納刀し居合の構えを作る。
結局、時間ギリギリのところで一本取られ負けてしまった。
遅くなってしまいました!
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(@sasa_suzuno)