第15話
特に大きな任務もなく、季節も変わり暑い夏がやってきた。
長期の夏季休暇をむかえたわけだが、日に日に増す気温は外出を億劫にさせる。とはいえ室内トレーニングだけでは限界があるので、こうして早朝に学園のグラウンドに来ていたわけだ。
「あっぢ~」
「あえて外に出てアイスを食べるのがオツだよね」
藤坂がカリッと氷菓を齧る。
「夏を満喫してる感じはあるな」
暑いとしか言わなくなった航を連れて、朝練を終えた俺たちはアイスを食べながら帰宅していた。
まさに夏休みまっさかりである。
暑くなる前に修練をやろうと同じ事を考える生徒も多く、夏休みとは思えないほどの学生数ではあったが。
「今日はこの後どうする?」
「昨日であらかた宿題も片付けちまったしなぁ」
「じゃ久しぶりに街の方まで行ってみない?」
「制服で行ったら怒られるだろうが」
「帰ってもっかい集まろうよ!私もシャワー浴びたいしさ」
「えー、めんどくせぇ」
「いいじゃないか、たまには」
「白川わかってるぅ!」
というような感じで、午後からは街へやってきた。
学生だとどうしても中央で済ませる事が多い。そこそこの娯楽があり、学校や寮も近くあまり遠出する必要がない。
「ゲーセン、カラオケ、スイーツ、お洋服…あぁ、久しぶり…」
「藤坂が生き生きしてるな」
「最近は訓練ばっかだったし、そのうえ情報だけはあって生殺し状態だったからな」
「なるほど…」
「ほらほら何してんの二人とも!早く行くよ!スイーツが私を呼んでいるっ」
女子の服選びは本当に時間がかかるものだと実感しながら、結局俺たちは日暮れまで遊び倒した。
「うっし、帰るか」
「大満足」
「あれだけはしゃいでて満足してなかったら引くわ」
「悪い、俺はもう少し残るよ」
「陽太はまだ満足してなかったのか…!」
航が大げさに上半身をそらせて引く。
「違うって。父さんと猫村さんに何か買っていこうかなって思ってさ」
「ああ、なるほど。あんま遅くなんなよ。明日遅刻しても知らないからな?」
「じゃねー白川。また明日!」
「また明日。そっちこそ、遅刻するなよー」
去って行く二人に手を振る。
「さてと、何がいいかな」
ぶらぶらと、今日回った店も含めて覗いていく。ゲーセンで景品が取れればよかったのだが、あいにく苦手だ。と、思いながらそのゲーセンの前を通った時見覚えのある顔、いや髪を見つけた。長すぎる髪を持ったいつぞやの禊場の少女だ。その少女がじっとクレーンゲームの筐体を見つめているのだ。
「あの、すみません」
「はい?…これは、白川様。このような場所でお会いするとは、奇遇ですね」
相変わらず、声だけは女性だ。ギャップに少し困惑する。女の子に対する態度でいいのか、女性に対する態度なのか。
「ほんとに。俺はプレゼント…お土産を物色していたところだよ。君は?あと様付けはよしてくれ、ガラじゃない」前者で対応することにした。
「名乗っておりませんでしたね。私は墨染と申します。以後お見知りおきを。かしこまりました、白川さん」
丁寧に腰を折り挨拶する少女とこのゲーセンの音楽は何ともミスマッチだ。顔を上げ、チラリと視線を筐体に移す。
「興味を惹かれて来たのですが…何もわからず呆けておりました」
「任せて」
筐体を覗き込む。何ともアンバランスな顔と胴体のデフォルメされた猫がいた。
とりあえず5回分プレイできるように小銭を落とす。「少しお得なのですね」
興味津々で見つめられながらだと変に緊張するな…。
だれが言ったか、『これは貯金箱なのだ』と。言いえて妙であると思う。
経営側から見ればどんどん貯まっていくのだから。
「取れた!!!」
それなりに貯金したところで、やっと猫のぬいぐるみを手に入れた。
「おめでとうございます」
「ありがとう!」
とはいえ手に入れたところで、これを渡しても父さんや猫村さんが喜ぶとも思えない。
「あげるよ」
言って、墨染ちゃんに差し出す。
「私に、ですか?嬉しいのですが、白川さんはお土産をさがしていたのでは?」
「あ、ああ。アレね実はもう決めちゃったんだ」嘘だ。後で適当にケーキでも買っていこう。
「そうですか。では有難く頂戴いたします」
微笑んだ彼女は年相応に見えて可愛かった。
「私はこれで。時間も迫っておりますので」
「送って行こうか?」
「いえ、大丈夫です。迎えも来ておりますから」
「わかった、それじゃあ」
「ええ、それでは」
深々とお辞儀をし、去って行く後ろ姿を見送った。
「…よし。ケーキ、買いに行くか」