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第12話

ジリジリと後退(あとずさ)る。

「撤退だ」

「でもどうすんだよ。退路は塞がれてる」

「ここで相手していこうぜ。どうせ追いつかれる」

「今の俺たちにそんな装備あるわけないだろ」


餓鬼のように駆け下りても、降りた先には確実にその餓鬼が潜んでいるし、道を外れ遭難となれば最悪だ。鬼に怯え、霊力を摩耗し、瘴気にじわじわと蝕まれながら反転化を待つだけになる。

最善は目の前の鵺を排除して下山。だが装備が整っておらず、ここまでの疲労も少なくない。


ヒソヒソと相手を刺激しないようにしながら、あーでもないこーでもないと会話が飛び交う。

その間も鵺は後退するこちらに合わせて、いや、それよりもやや速く間合いを詰めてくる。


「石動、俺を鵺まで運べるか?」

刃を抜き放つ。ギラリと反射する刀身。

「できるが、何をする気だ?」

「合図したら全員で走り抜けろ」

「おい待て、陽太はどうする気だ!」

「航、暇がない!石動!!」


石動が地面に手をやると同時、土の槍が何本も伸びる。

そのうちの1本に飛び乗り構えをとるが、動く足場では安定が悪い。それでも足腰に気合を入れて立つ。

見据えるは三眼の犬型鵺。俺を喰わんとばかりに口を開ける。


と、その獣は一瞬怯んだ。俺の横を通り過ぎたのは亜音速の弾丸。

「藤阪か…!」

その隙を逃さず、土槍を蹴る。あわよくば土槍が刺さってくれればと思っていたが、そう上手くはいかないか。

大上段の構えから体重と重力を乗せて、力任せに頭へ振り下ろす。


「行け!!」

痛撃に鳴く獣に負けじと声を張る。

石動を先頭に全員が走り抜けていくが、それをこの鵺が見逃すはずがなかった。

脚に力を溜め、逃げる獲物を追おうとする。行かせまいと追撃しようとしたところで上から声が降ってきた。


「仲間の(かたき)いぃぃーーー!!!!」


叫びをあげて上から駆け下りてきたのは坊主の男。別の隊の退魔師だった。

また3人の男女が森から出てきては攻撃を繰り出す。俺も混じり、それぞれの武器を切りつけ突き刺していくも、足止め以上の効果は無いように思えた。


「あんた1人か!」

「他は逃がした」

「仲間逃がして英雄気取りとはねぇ」

遅れてきた女性は速水奈緒(はやみなお)と名乗り、この隊の隊長であると言う。両手にはナイフ。透き通るような髪に鼻筋の通った凛とした顔立ち、切れ長の瞳の奥には怒りを宿しているように見えた。


「おや、英雄になり損なったようだね」


振り返るとそこに居たのは航と藤阪、前川たちも含め全員いたのだ。

「陽太が帰ってこないと寝覚めが悪いからな!」

俺の肩を叩くとそのまま鵺に向かって駆けていく。

「白川は前衛でしょ?援護は私に任せて、あのバカのフォローよろしく」

「お前ら…」


「フン、1年に助けられる覚えはない」

前川に続いて取り巻きたちも駆けていく。その後を無言で石動もついていく。

「あいつは無愛想だねぇ。まぁいい。私も部下殺られてむしゃくしゃしてんだ」


勝てる。倒せる。10人を超える人手での総攻撃。


圧倒的かと思われた。

「え」

盾と剣を構えた少女が潰された。刺されたと言う方が正しいのだろうか。


振り下ろされた尻尾。この尻尾と思っていた部分は蛇で、毛だと思っていたのは針状の鱗だったのだ。頭からではなく、頭へ向かう流れでさっきまでは蛇の頭も毛、いや、鱗で覆われていたのだ。

犬の体毛とは比べ物にならないほど硬く、逆立った鱗は盾ごと少女を貫いた。


「くそっっ!」


誰ともなく悪態を吐く。

『油断大敵』

この言葉の意味をこれほど深く理解したことはない。

優勢だったし、これだけの人数であれば勝てると確信した。俺を含め誰もが思っただろう。そして同時に、慢心してしまっていた。


ふと眼前に迫る爪に気づく。

「ぐっ」

受け止めきれず吹き飛ばされ、木にぶち当たる。

「ぅぐ…か、はっ」

肺の空気を強制的に出され、呼吸をしようと反射で咳き込む。

爪との間に刀身を挟み、切り裂かれる事はなかったものの、刀の腹に受けたため刀身が真っ二つに折れてしまった。そして、あのタフすぎる鵺を前にして思う。倒せるのか?と。


「大丈夫か陽太!」

「ああ、頑丈なのは知ってるだろ?」

「ハッ、なら問題は無…おい、それ」

折れた刀を指さして言う。

「問題ないさ。まだ武器はある」

折れた刀は鞘にしまっておく。使えないが、いつもつけているからか、無いと落ち着かない。


戦線に戻るとそこは火水風土様々な霊力が舞い、善戦はしているものの、決め手に欠けるといった状態のようだ。

鵺の体には槍やら剣が刺さり、墨のようなどす黒い血も流れている。にもかかわらず、何事も無いように襲い来る。頭を、喉をと切ってもお構いなしで、時間をおいて傷は塞がっていく。


少し離れたところで応急手当を施していると藤阪が来てくれた。

「白川大丈夫だった?」

「ごめん、心配かけた。こっちはどう?」

「うーん、難しいね。最初は勢いもあったけど、今はダメ。やられるのも時間の問題かも。私も弾が少ないしね。あ、私がやるよ」


消耗戦。それもこちらが一方的に。善戦していられるのは今だけだろう。

藤阪の言う通り勢いは目に見えて落ちてきている。このままでは、と思うが作戦が浮かばない。


「よしオッケー。いけそう?」

「ありがとう。俺たちも戻ろう。ヤツが怯んだ時にどれだけ叩き込めるか…そうか」

「どしたの?」

「作戦を思いついた」

俺の思いつきを聞いた藤阪は驚いた顔をしたあと、やれやれと肩をすくめた。


「無茶するぜ、まったく」

「引きつけ、頼むぞ」

「釘付けにしてやるさ」

航と肩を叩きあって戦いに戻る。


「この推測外すと痛いな」

恐怖と不安で震える手足、うるさいくらいの鼓動を深呼吸して落ち着ける。



「いっっけえええぇぇぇっ!!!!」



藤阪の声を合図に全員が行動を始める。


この鵺は顔を庇う。

坊主の男、航が火を、それに合わせて藤阪が銃を俺がナイフを顔めがけて投擲する。

予想通り距離を取った。その着地点が沈む。

「よし!かかった!」「油断するな!こっからだ!」

石動を筆頭に土の霊能を有する者たちが地面を固め始める。


足の自由を取り返そうともがき、蛇は上下左右に振られこちらを牽制する。

頭までとはいかないが、背中まで届く蛇が厄介で、乗っても刺されれば終わりだ。

速水を隊長とした急造の風と水の隊は、蛇の活動が鈍ると信じ冷やしながら戦ってゆく。この成果はあった。


「よし、行くか」

蛇を警戒し、鵺の頭近くに飛び乗りしがみつく。目の前にで付かず離れず挑発を続ける2人、航と坊主の男のおかげでこちらに注意が向いていない。


今しかない!


「食らいやがれ!!」


おそらく弱点は目。


額にある目に忍刀を突き立てる。


鵺は暴風のような咆哮をあげ頭を振る。

振り落とされまいと必死にしがみつき、隙をみてナイフを右目にも突き刺した。同時に地面から足が抜け、自由に暴れまわる鵺を掴んでいられずそのまま振り飛ばされてしまった。


衝撃に備え目を瞑っていたが、そこまで衝撃はなかった。

「よくやった」

石動と航が飛んでくる俺を受け止めていた。


視線を移すと横たわり、額の目から瘴気を立ち上らせる鵺がいた。

「勝った、のか」

「そうだよ!やったぜ陽太!すげぇよ!!」


「速水、被害は」

近づいてきた速水さんに石動が声をかける。

「こっちは3人。合流前に2人と、さきの女生徒だ。そっちは」

「1人だ。…今、2人に増えたな」

「なに?」


石動の見る方へ視線を移すとそこには。

「反転したか」

無骨な槍を構え、反転体を見据える。


血走った目で言葉を失くし、この少しの時間で骨と皮になり、頭からは(いびつ)な角を生やし、少女の死体を貪る前川の、反転体の姿。

「すまんな」

心臓を貫かれ動きを止めると餓鬼や鵺と同様、灰のようにザラザラと崩れ落ちる。命を燃やし尽くした灰。

「お前もよく戦ってくれた」

手を合わせる石動につられるように、全員で手を合わせ黙祷する。


しばらくの沈黙が続き、「さあ、日が沈み切る前に帰るよ!」と速水の声で全員が顔を上げ、帰路につく。


戦いを共にした仲間も敵になる反転化。

誰も死なせない、反転させないというのは無理だろう。それでも、せめてこの手の届く範囲は守りたいと決意を新たにして、歩き出す。

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