0章・ケース8『雑誌記者・吾妻』
―放課後。
吾妻は、校舎がよく見える場所に止めた車の中に居た。
マドカとの対談を終えた後、教師達に睨まれてしまったからだ。
「…あのまま学校の中にいたら、通報されかねんからな」
正直に言えば、それだけではない。
…明確な、警告も受けた。
あれは確か、被害者の一人、式守有理と言ったっけ…
彼からうけた、脅しとも受け取れる警告。
『この件にこれ以上深入りしようとするなら…どんな手を使ってでも、アンタを排除するつもりだ』
その場で言い返す事もできたが、教師達に釘をさされて間もなく騒動を起こせばそれこそ自分が記事のタネになってしまう。
仕方なく、吾妻は黙って神童高校を出てきたのだった。
「…だからと言って、諦めたわけじゃねぇぞ」
すでに、車の中の灰皿は一杯になっている。
その上にフィルターギリギリまで短くなったタバコを押し付けて、吾妻は待つ。
待つ事には慣れている。
堪えることも記者の仕事の一つだ。
放課後になり、校門からちらほらと生徒達が帰宅を始めた頃。
吾妻は動き出した。
…もちろん、校内には入らない。
下校途中の彼らを捕まえて、聞き出す。
…下手をすれば、こっちの方が即通報モノであるが。
吾妻には他に手段は思い浮かばなかった。
しかし、しばらく待っていても彼らのうちの一人として出てこない。
「…おかしいな、一人くらい来てもいいものだが」
今日に限って、全員が何か用事があって校舎に残っている。
その可能性もある、が。
ポケットからメモ帳を取り出し、ページをめくる。
「宴名咲夜…は部活だろうな、早川マドカ・式守有理は警戒してる可能性大…」
さらに、ページをめくってゆく。
「星野小百合は…これは豪勢な車の迎えが来るから無理、と」
(…教師の楠もまぁ遅くなるだろうが、惣雅・秋宮の二人は…)
この二人は部活も何もやっていない、特に下校が遅くなる理由は無いはずだ。
「…っち、いざとなったら」
通報覚悟で、乗り込むしかないかな。
そう思って、再び校舎に目を移した時…
「・・・・・・あ?」
最初は、見間違えだと思った。
「・・・うそだろ?」
気づいたら、それは校舎のそばの地面に横たわっていた。
いや、
『落ちていた』
落ちてきたのだ。
屋上のフェンスを乗り越えて。
一人の女生徒が。
吾妻の目の前で、屋上から、落下したのだ。
「きゃあああああああああああああああ!!!」
吾妻の意識を呼び戻したのは、女生徒の叫び声だった。
そして、駆け出していた。
後々、不審者として警察にあれこれきかれるんだろうな、などと考えながら、走り出していた。
それは、予感がしたからかもしれない。
―この事件の結末が、吾妻の求める答えを引き出してくれると。
―そして、
―『平穏』を壊す、引き金になるものだと。