0章・ケース7『楠舞斗』(くすのき まいと)
―時は変わり…放課後。
校舎裏の花壇で、女生徒たちと共に花の世話をする男が一人。
この学校の教師である、楠舞斗であった。
「まいちゃん、この花だけなかなか咲かないねぇ」
「そ、そのまいちゃんってのやめてくれないかなぁ…恥ずかしいよ」
「えー、でもなんか『楠先生!』って感じじゃないんだもん」
「あのねぇ…」
楠舞斗は、その童顔・小柄な外見と穏やか…と言うには少々気弱な性格から、生徒達には『まいちゃん』と呼ばれる事が多かった。
接しやすく、親しみやすい…という事なのだろうが、舞斗にとっては複雑な気分でもあった。
「せんせー、水やりおわったよー!」
「あ、じゃあ今日はこれで終わりにしようか」
「はーい!」
生徒達が元気に返事をかえす。
道具の後片付けを手伝い、皆帰り支度をしに教室へもどっていく。
しかし、舞斗は一人、花壇のそばに残っていた。
一輪だけ、咲き遅れている花に手を沿え、つぶやく。
「…がんばれ、君もはやく咲けるようにおまじないをしておくからね」
「あー!またまいちゃん花にはなしかけてるぅ!!」
忘れ物を取りにきた生徒に、その光景を目撃されてあわてる舞斗。
「あああああああのそのこれはね!ちょっとね!」
「だいじょーぶだって!皆しってるから」
そういえば、この子には前にも目撃されていたなーなどと思いつつ、すでにそれが広まっている事に戦慄も覚えた。
「いやあのね、これはね、あれでね」
「それにね、私しってるもんね」
「え?」
「まいちゃんがそうやって『おまじない』した花って、大抵次の日には元気になってるって事」
「あ、あはは…」
しどろもどろになり、顔を真っ赤にしてうつむき加減になる舞斗。
そんな仕草も、たぶん人気の秘訣なのだろう。
「その花、明日には咲いてるといいね!」
「…うん、そうだね」
「じゃあね、まいちゃん!私帰るから~さよなら~!」
慌しく、どたばたと駆けていく生徒。
「気をつけて帰るんだよー!」
(…いつまで、この生活が続けられるんだろうな)
花壇を見下ろしながら、舞斗は想う。
あの日から、確実に何かが変わった。
事件にあったほかの生徒達も同じ思いのはずだが。
彼らは、その事を『黙ったまま生きていく事』を選択した。
それを自分ひとりが壊してしまうわけにはいかない。
「何かあったら…僕が…」
(僕が、皆を守るんだ)
―覚悟は、もう出来ている。
―いつだって、生徒を守るために自分を犠牲にする覚悟は。
―何があっても、この日常を壊させない。