0章・ケース5『秋宮雅紀』(あきみや まさき)
―同日、昼休みの屋上にて…
雅紀は、日に焼けて変色した文庫本を開きながらパンをかじっていた。
彼の家は中古ショップを営んでおり、雅紀は時折そこから面白そうな本を見つけては持ち出している。
彼の親はそれに気づいてはいたが、大抵その日のうちに返却しているので何も言わなかった。
だから、雅紀もありがたく退屈な学園生活の暇つぶしをさせてもらっている。
「今日のは、ハズレかな…」
ぱたん、と本を閉じ、残りのパンをジュースで流し込むと、雅紀はフェンスに寄りかかる。
校庭では、沢山の学生が昼休みをスポーツで謳歌していた。
「…わざわざ休み時間にまで疲れるこたねーだろーになぁ…」
雅紀も、運動は苦手な方ではないが、なるべくなら居心地のいい場所で本を読んでいる方が好きだった。
…この屋上には、雅紀のほかにも2・3組の生徒が居た。
昼食をとりながらおしゃべりに興じていたり、雅紀のように本を読みふけっている者もいたり。
多少のざわめきも、すぐ風にながされてしまうような―
そんな雰囲気を雅紀は気に入っていた。
『…早川マドカさん、至急職員室まで…』
聞き覚えのある名前が、放送で呼び出される。
そして、一人の女生徒がだるそうに屋上から校内へと入っていった。
(早川先輩、か)
早川マドカは、校内でも有名な『変人』だ。
その近寄りがたいオーラは、校内女子ランキング(…なんてものを新聞部がやっていた気がする)にてトップ3に入っているとは思えないほど。
浮いた話どころか、『他校の不良数人を一人でシメた』なんて噂がたつくらいだ。
…だが、それとは違う顔を雅紀は知っている。
いや、あの事件に関わった人間は全員だろう。
だからといって、雅紀はマドカを親しくしようとは思って居なかった。
それは同じクラスの咲夜もそう思っているだろう。
むしろ、逆に『関わりたくない』とさえ思っているかもしれない。
(俺は…どうすればいいんだろうな)
あの日から、毎日そんな考えが雅紀の頭の中に呪詛のようにこびりつく。
今は普段どおりの生活を送ってはいるが。
いつまた『あの』世界が顔を出してしまうのか。
いっそ、転校でもしてしまえばいいんじゃないか?
それとも、外国にでも行ってしまおうか。
…もちろん、すぐにそんな事をするなんて無理に決まっている。
―そう、何をしようが逃げられないんだ。
―運命、なんて言葉でくくりたくなんかないけれど。
―その日は、確実にやってくるのだから。