0章・ケース4『星野小百合』(ほしの さゆり)
―同日・昼休み
職員室から出てきたマドカを引き止める声があった。
「マドカちゃん、大丈夫?」
三年の星野小百合。
マドカと小百合は幼馴染。
小さい頃から小百合はマドカを妹のように思っていた。
「わたしは大丈夫だよ小百合姉、心配してくれてありがとう」
同じくマドカも、小百合を本当の姉のようにいつも接してきた。
「見覚えのあるお姿がみえたもので…またあの記者さんだったのでしょう?」
「…うん、そうだった」
二人で廊下を歩きながら、言葉を交わす。
「今日の夜はお家に?」
「ん、なんか疲れたからね、今日は大人しく家に居るよ」
―マドカには、両親が居ない。
今は、姉二人が働きに出ていて、その仕送りでマドカは生活していた。
だから、傍らに居てくれる人間の存在がとてもありがたかった。
「昨日は、また街の方へ…?」
「…ん、まぁね」
小百合も、マドカが夜に街を歩き回っている事が心配でたまらなかった。
「いつでも、私の家のほうへ来てくれていいのよ?」
星野家は、大会社を構える社長を親にもつ大富豪。
先代から受け継いだ会社を小百合の親が受け継いでもなお、その勢いは衰える事を知らなかった。
そのため、小百合の親はあまり家にいない事が多かった。
「千香子にも釘さされたしね、心配ないよ」
「そう、でも…」
「評判は確かに悪いけど…あいつ等も心底悪い奴らじゃないし」
たしかに、マドカがいつもつるんでいるグループは、警察沙汰を起こしたりなにかをした事は一度も無い。
夜中に若者だけで治安が良いとはいえない場所にたむろしている、というので悪く見られているのだ。
ただ、小百合の心配している事はそれだけではなかった。
自分も巻き込まれたあの事件。
小百合にとっても思い出すことが苦しいあの事件が、まだマドカの心を縛り付けているのではないか…?
―あの日から…
―今自分達が生きている世界が壊されかけたあの日から。
いや、正確には。
もっと前から…小百合は気づいていた。
自分達の知っている世界が、『本当は何も知らない世界』だという事を。
もしかしたら、あの時巻き込まれた全員が。
「今日のお夕飯は何にしましょうか、久しぶりに私が腕をふるってあげるわね」
「…ありがとう、小百合姉…」
―あの時の被害者は全員。
―違う『世界』を覗いた事のある人間達だったら?