0章・ケース2『惣雅美貴』(そうが みき)
―時は少し戻り、早朝・登校時。
「くぉらぁー!惣雅ぁぁぁぁ!!」
「いやーん、先生ったらしつこーい!」
1人の教師が、セーラー服を着た生徒を追い掛け回す光景。
…見慣れた光景なのか、誰も気にしようとはしていない。
「せんせー、廊下を走るのはイケナイんですよぉ~?」
「馬鹿モン!お前の格好の方がイケナイんじゃぁ!」
「え~?どこも校則違反はしてないですよ?」
美貴は髪を染めてもいないし、アクセサリーもしていない。
セーラー服も学校で指定されたれっきとした制服だ。
「ソックスもワンポイントまでの白だしぃ~何が問題なんですかぁ~?」
「問題なのはなぁー!お前の性別だぁぁぁぁ!」
…惣雅美貴は、男の子である。
「男子がセーラー服を着ちゃイケナイって校則はこの学校には無いはずですよぉ?」
「だからといって許可もしてないわぁぁ!」
「え~ケチぃー別にいいじゃないですかぁ」
美貴は、男の子にしては女性的な顔立ちと体格をしていた。
…つまり、セーラー服を着ていると女子と間違われる事など日常茶飯事であった。
「べつに女子トイレつかったり女子の着替え中に紛れ込んだりしてないんだからいいじゃないですかー?」
「だから問題なんだよぉぉ!」
「ええ~?僕は男の子なんだから男子といっしょに着替えするのは当然でしょう~?あ、大丈夫!僕にそっちの気はないんで!」
「お前になくても他が意識してしまうって苦情っつーか苦難の声が届くんだよ!」
「だが、それがいい(キリッ」
「よくない!」
そんないつもの追いかけっこは、大抵教師が折れて終わるのであった。
美貴は、半年前の失踪事件の『被害者』でもある。
普段はそんな事があったなどわからないほど明るく気さくな美貴。
周りがふと事件の事を口にだしても、軽く受け流す美貴の様子は、もうあの事件からすっかり立ち直ったのだとみられている。
―そして、昼休み。
「美貴ちゃん、あれ」
クラスメイトの女子が、窓の外を指差す。
「あのセンスのない服装、『アイツ』かぁ」
美貴も見覚えのある人間、吾妻。
アイツの顔をみると、美貴の顔が少し曇る。
「しつこいなーアイツも、美貴、なんも喋ってやることなんかねーぜ」
友人の1人が美貴の様子に気づき、声をかけてくれる。
「うん、だって僕もなんも覚えてないしねー言えることなんて何もないしー」
ちくり、と何かが美貴の心を刺す。
『何も覚えてない』
事件について何を言われてももう何も思わなくなった。
だが。
その言葉を発するたびに…美貴は小さな痛みを感じていた。
なぜ?
どうして?
わかってる。
『隠しているから』
『隠していることに、後ろめたさを感じているから』
言えない。
言ってしまっては、たぶん、全てが壊れるから。
―『早川マドカさん、至急職員室まで…』
校内放送が流れる。
マドカは、吾妻と会うのだろう。
そしていつも通り、何も言わないのだろう。
全てが壊れる事を、一番恐れているのは、たぶん彼女だから。
自分のうかつな一言で全てを台無しにはできない。
―あの時『仲間』達で決めた約束。
だが、美貴は思うのだった。
―本当に…一番全てを恐れているのは自分なんじゃないかと。