0章・ケース1『早川マドカ』(はやかわまどか)
『…早川マドカ。女性・神童高校2年D組』
『…高身長、腰あたりまで伸びる長い銀髪が目立つ。ハーフ』
『…身体能力高し、スポーツ全般において優秀な成績』
『…だが、通常の授業などの素行はあまり良いとは言えないものであり』
『…一部の教師達からは煙たがられている生徒』
『…それは生徒間・私生活でも例外ではなく』
『…クラスの中では浮いた存在、親しい友人が居るがそれ以外と接する事はほぼない』
『…夜間、町外れを不良グループと共に徘徊する姿も多々見られる』
『…何者をも近づけさせないような、冷たい…いや』
『…悲しげな目つきが印象』
昼休みを告げるチャイムが鳴り、生徒達がぱらぱらと教室を出て行く中。
窓際の席で頬杖をついたまま外を眺めている女生徒…早川マドカがいた。
「マドカちゃん、お昼たべにいこ?」
隣の席の友人…松山千香子が声をかけてくる。
「…ん、そうだな」
登校途中、コンビニで買っておいたパンや飲み物が入った袋を取り出してゆっくりと立ち上がる。
「どこで食べようか、食堂にする?」
「んー、今日はあんま人がいないとこがいいな、屋上でいいんじゃない?」
「そだね、じゃあ行こうか」
「マドカちゃん、どう?最近は」
「あー、いいね、ウザイ記者やら警察やらも来なくなったし」
当時…
失踪事件が起こってから数ヶ月は…
警察はもちろん、マスコミやらが高校や自宅にまで詰め掛けて質問攻めにされていた。
事件が事件なだけに、仕方ない事だと諦めてはいたが…
当人達にとっては、そっとしておいて欲しかったと思うのも当然の事だった。
「そっちもだけどね…あの、夜に白虎街を歩き回ってたり…」
「あー、そっちか」
千香子は、なぜマドカと友人なのかと周りの人だれもが思うほど成績優秀な…
一言で言えば『良い子ちゃん』だった。
ゆえに、友達であるマドカが素行の悪い奴等と治安の悪い場所でたむろしているのが心配なのであろう。
「大丈夫だって、あいつ等は言うほど悪い奴らじゃ…いやまぁ、世間的には良い奴とは言えないけど」
「…心配だよ、本当に」
「…」
その時、スピーカーからノイズを交えた声が響いてくる。
『…二年D組の早川マドカさん…至急、職員室まで…』
「…」
「呼び出し、だねぇ」
「…はぁ」
思い当たる事が無い…とは言い切れないだけに。
仕方なく、マドカは呼び出しに応じるのであった。
「んじゃ、またあとでな千香子」
「うん」
―職員室前。
今度は何のことで説教を聞かなければならないのかなー
などと思いながら、扉に手をかけるマドカ。
「あ、早川さん…お客様ですよ」
女教師が、奥の応接室…とは名ばかりの。
ただ、ホワイトボードなどで仕切りられた向こうの空間を示す。
…本来の来客ならば、きちんとした椅子やテーブルのある部屋へ通されるはずだが、その客はそうではなかった。
つまり、ここに通されたという事は『招かれざる客』である事を意味していた。
「…あー、『また』ですか」
「…ええ、『事件』について聞きたいそうです」
あの事件は、この学校にとっても一種のタブーとなっている。
それは巻き込まれた生徒達のプライバシーや生活のため…と表向きにはなっているが。
学校としても厄介ごとに巻き込まれたくない、というのが本音だろう。
だが、マドカ達はそれでも良いと思っていた。
それならば、少なくとも今は学校は『味方』であってくれるから。
「…またアンタか」
「やあ、一月ぶり…かな?」
目の前にいるのは見覚えのある男…吾妻だった。
「…もう関わるなって言ったはずなんだけどな」
「君から言われた覚えは無いな、学校の先生方からは言われたような気もするけど」
「それなのに、わざわざ学校まで来たのか、度胸あるね」
「心臓に毛がはえてでもいないと、この商売やってられないんでね」
吾妻はそういって胸ポケットのタバコに手を伸ばそうとして…
「…おっと、タバコは嫌いだったね、すまんすまん」
「…別に職員室は禁煙じゃないし、好きにすればいいんじゃないか?」
「では、お言葉に甘えて…どうもコイツをやってないと調子がでなくてね」
改めてタバコを一本とりだし、火をつける。
「灰皿とかは無いけどな、その吸殻どうするつもり?」
「ご心配なく、携帯灰皿は常備してるんでね」
…この雑誌記者がヘビースモーカーだと言う事は教師達も知っている。
なのに、灰皿すら出されないという事は…吾妻が自身が煙たがられているという証明でもある。
当然、吾妻もそれに気づいているが…そんな事はまったく気にもせず、話を切り出す。
「ま、俺の聞きたいことは一つだが…今も君の答えは変わらないかい?」
「ああ、変わらないね…『何も話せる事は無い』」
事件の後から何度も、それこそ数十回以上にわたってされてきたやり取り。
しかし今日は、吾妻はここで引く気はなかった。
「何でも…本当に何でもいいんだ、俺は真実を知りたいんだ」
「いつまで粘られても私の答えは変わらないよ」
「…」
「他の奴だってそうさ『覚えてない』それが真実なんだよ」
「覚えて…ない」
吾妻が気にかかる所はそこだった。
被害者全員が図ったように『覚えてない』と口を閉ざす。
それも、事件のあった二週間の事だけすっぽりと抜けていると。
明らかに、不自然だ。
それ以前のことは覚えているのに、そこだけが記憶から抜け落ちているという。
「…この後、他の人にも話を聞いてみるつもりなんだ」
「無駄足だと思うけど?」
絶対に…彼女達は何かを隠している。
それは何か、この町だけでは収まらないような何か。
確証なんてない。
だが、予感はする。
―この事件は、俺の記者生命を賭けてでも、解明する価値がある、と。