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あたしは来世を保障されています

作者: ひめきち

 気が付いたら、なんだか白い空間に居た。

 壁も天井も無く、床は固いのか柔らかいのか分からない白いもやもや。

 周囲の様子は霞がかかったようでよく見えない。

 そしてあたしの目の前には、長い白髪に、胸まで伸びた白髭をたくわえ、古代ローマのトーガを連想させる衣装を纏った温和そうな老人が、樫の杖を片手に立っていた。



 「ぅあ、もしかしてここって死後の世界!? あたし死んだの? ひょっとしてアンタ神様!?」

 現状認識の後、あたしはこのシチュエーションに狼狽えて思わず叫ぶ。

 白いお髭のお爺さんは、フォッフォッフォ、と心底楽しそうに笑い声をあげた。

 「いかにも」


 なんだその笑い方と口調は。

 アンタは水戸●門か。


 「ああ、ちなみに今の返答は最後の問いに対してじゃ。つまり、儂が神かという問いに対してのみ『是』と答えたのじゃ」

 筋張って老人斑の浮いた手をひらひらと振りながら、自称『神様』は言葉を続けた。

 「であるからして当然、他の質問に対しては『非』と答える事になるのぅ」


 ……ハイ?


 あたしの理解度は神様の発言に全然ついていけてなかった。

 余程あたしが訝しげな顔をしていたのだろう、神様は目尻の皺を綻ばせながら説明を繰り返した。


 「こう言ったのじゃよ。ここは死後の世界ではないし、お前さんもまだ死んではおらん。言うなればここは狭間の世界じゃ」

 「……はざまのせかい、ですか」


 あたしは神様に対する口調を、ですます調に変えた。

 覚醒初っ端は動揺して素で話してしまったけれど、自分よりも年長の人に対してタメ語を使うなんて習慣、元来あたしには無い。まして相手はただお年寄りなだけじゃない、神様だ(自称だけど)。目上も目上、最上級だ。


 「ああ、もしかしてアレじゃないですか!? あたしが死んだのは予定調和では無くて神様側のミスだから、お詫びに転生先を自由に選ばせてくれるとかチート能力付与してくれるとか、今はそういうオプション設定場面だって事なんでしょう!?」


 大好きなご都合主義ファンタジー小説を思い出して、あたしは胸が弾んだ。

 やった!! と叫んで小躍りしたい気分だ。

 憧れてたんだよね、異世界転生モノ。

 面白くもない今世なんかとは綺麗さっぱりお別れして、希望に満ちた新しい人生を始めるんだ!

 転生先はどんな世界がいいかな。

 チート能力貰って剣と魔法の世界で『俺TUEEEE!!!』するのも良いし、流行りの乙女ゲーム世界に転生して『キャッキャウフフ♡』するのも良いし…。あ、TSするのも有りかなぁ。どちらにしても絶世の美形に生まれ変わるってとこだけは譲れないよね。平凡顔の人生は一回で充分だっての。


 「あ~これこれ、戻ってきなさい。そして涎を拭きなさい」


 ハッ。いかん、つい妄想が先走ってしまって。


 「だいたい先刻も言うたじゃろ。お前さんは死んではおらんと」

 「え、じゃあ一体この状況って何なんですか」


 確かにトラックが眼前に迫ってきた記憶があるのに。

 まあ実際轢かれたかどうかは思い出せないけど。って言うか確実に痛そうだから欠片も思い出したくないけど。痛いの苦手。大っ嫌い。

 これってご褒美転生じゃないの!?


 「お前さんは確かに交通事故に遭うたが、幸いにも一命を取り留めた。今は病院で意識混濁して眠っている所じゃ。とは言えこのまま植物状態になる訳ではない、じきに目を覚ます事じゃろうて」

 「そうなんですか……」

 「不服そうじゃな」


 フォッフォッ、神様はまたあの笑い方をした。

 まさか現実に目の前で見られるとは思ってなかったよ、こんな笑い方する人。

 まあ厳密にはここ、『現実』じゃなさそうだけど。


 「この事故自体は別段儂の過失という訳でもない。お前さんの運が悪かっただけじゃ。むしろ赤信号なのに道路を横断したお前さんの不注意じゃ。トラックの運転手の方こそいい迷惑じゃよ」

 「ご、ごめんなさい…」


 赤信号。そうだっただろうか。覚えていない。

 思い出そうとしても、濡れて黒ずんだアスファルトの路面しか出てこない。


 だからきっと、あたしは俯いて歩いていたんだろう。

 雨の夕方。信号機の色も確認せずに。

 いつも通りの学校の帰り道、もうそのまま消えてしまいたいほどの自己嫌悪を抱えて。


 「…いっそ死んじゃえばよかった」

 「お前さん、努々(ゆめゆめ)その様な事を言うものではないぞ」

 「だってあたし心機一転、新天地に転生したかったです」

 「いや、だから言うてるじゃろが。特異能力だの転生先の希望だの、儂がお前さんの望みを叶えねばならぬ道理が無いと」

 「ああ、あたしの交通事故は神様の過失じゃなかったんでしたっけ…」


 がっくり項垂れるあたしに、神様は悪戯っぽい微笑を浮かべた。


 「いや、しかし、ここで逢うたのも何かの縁。儂はお前さんに興味が湧いた。じゃから一つだけ約束してやろう。お前さんが今世を精一杯精力的に過ごした場合のみ、来世の望み、叶えてやっても良いぞ」

 「ええ!?」

 「ほれ何ぞ、チートじゃったか、ハーレムじゃったか、乙女ゲームじゃったか。お前さんの願いを言うてみい」

 「ほ、本当に!?」

 「言うとくが、今世で限界値まで頑張ったら、じゃぞ。儂がお前さんの半生を眺めて納得出来なかったらこの話は無しじゃ」

 「そんな殺生な。好々爺みたいな顔をして」

 「ん?儂の容姿か?」


 かっかっかっか。

 神様は豪快に笑い飛ばした。


 「儂の姿態はお前さんの無意識によって具現化されておる。お前さんがイケメンの『神』を望むなら美青年に、女神を望むなら美女に、なんだったら幼女にだってなれるのじゃぞ」

 「ええ~…」

 あたしはちょっと引いた。

 「『のじゃ~』とか言うてやろうか?」

 「依頼するまでもなく、神様最初から標準装備じゃないですか」


 その語尾に拘る意味がよく分からんわ!

 あたしには幼女属性は無いみたいなんで、別の人が来た時にでも試してくれ、神様よ。

 性別も年齢も現状維持で良いです、と、カスタマイズの申し出を謹んでお断りしておく。

 あたし的には、白髭老人の姿が一番神様らしくて神々しい気が(変な表現だけど)するし。


 「では、そろそろ現実にお帰り。あまり長く肉体と精神が離れていると不都合もあるでな」


 優しい言葉と共に、とん、と背中を押された。

 白の世界がぐらりと揺れる。

 その渦に巻き込まれるように、あたしの意識は急激に薄れていった。


 「狭間での事は覚えてはいられないじゃろうが……頑張るんじゃよ」

 ミサキ、と最後に名前を呼ばれた気がした。


 あたしの名前、教えてなんかいないはずなのに。

 ああ、神様だからそんな事知ってて当然なのかもしれない。

 でも。

 でもね、最後のその一声だけが、今まで話していた神様の声じゃなくて、なんだか聞き覚えのある、涙が出そうなくらいとっても懐かしい声だったように―――狭間の世界から押し出されていくあたしには、何故だかそう感じられた。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 そして、見知らぬ天井。


 ―――あれ、『そして』って何だろう。あたし、どうしたんだっけ。

 一瞬、素朴な疑問が浮かぶ。けど、次の瞬間全身を貫いた痛みにそんなものは氷解してしまった。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!!

 なに、何なの、この激痛!?


 「美咲!」


 あまりの痛みにもがき苦しむあたしの手を、誰かが強く握り締めた。

 枕元に、涙目のお祖母ちゃんの姿が見える。

 あたしが横たわっているのは独特の形をした寝台。嗅ぎ慣れた消毒液の匂いもした。

 ああ、ここは病院らしい。

 あたし……そうだ、交通事故に遭ったんだ。

 痛い。痛い。脂汗が出てくる。呻く事しかできない。


 「美咲、目が覚めた!? 美咲!」

 『はい、どうされましたか?』

 あたしに呼び掛けながらも、お祖母ちゃんがナースコールを押してくれたんだろう。機械越しに看護師さんの声がした。

 「助けて下さい! 美咲が気が付いて、でも酷く痛がっている様子で」

 『麻酔が切れたんですね。心配要りませんよ。すぐに伺います』


 駆けつけた看護師さんに鎮痛剤を打ってもらい、あたしはようやく人心地がついた。


 「美咲…良かった美咲……お祖母ちゃん、あんたまで失ったらどうしようかと……」


 むせび泣くお祖母ちゃんの背中を、点滴の管が刺さった手でそっと撫ぜる。

 お祖母ちゃんの身体はここ数か月で一回り小さくなったようだった。


 「心配かけてごめんね、お祖母ちゃん。あたし、駄目な孫だね」

 「お祖母ちゃんの事はいいんだよ…あんたが無事ならもうそれだけで…。ああ、いけない。美咲の意識が戻ったって、お母さんに連絡してこなくちゃね」

 「お母さん、また仕事なんだ。一人娘が入院してるって言うのに、変わんないね、あの人」

 「美咲…」


 お祖母ちゃんの顔がくしゃりと歪んだ。

 いけない。

 お祖母ちゃんを傷付けるつもりじゃなかったのに。


 「ごめん、いいよ、行ってきて。あたしは平気。いつもの事だし」

 笑顔で言うと、お祖母ちゃんは躊躇いながらもお財布を握って立ち上がった。

 「じゃあちょっと電話してくるね。…お母さんも心配はしていたんだよ、美咲」


 どうだか。

 これ幸いと厄介払いが出来なくて残念がっているかもしれないよ。


 あたしは寝転んだまま天井を見上げた。

 一人になった病室は静かで、点滴のぽたりぽたりと垂れる音がする。


 あたしのお母さんは、所謂エリートだ。弁護士をやっている。独立して個人事務所を経営しているから、かなりのやり手なんだろう。

 離婚してシングルマザーになったものの、娘のあたしは、自分の両親である祖父母に預けっぱなし。お金は稼ぐから実質的な世話はよろしく、という訳だ。当然ながらあたしはお祖父ちゃんお祖母ちゃんっ子に育った。

 実の母に会うのは年に数えるくらい。父には離婚後一回も会っていない。それでも祖父母がいれば寂しくなかった。


 なのに、去年、お祖父ちゃんが他界した。長患いの末だったのでうすうす覚悟はしていたが、最悪な事にその時期はあたしの高校受験の直前だったのだ。あたしのメンタルはボロボロだった。当確だと太鼓判まで押されていた志望校に、ものの見事に落ちた。進学校から法科大学に行って司法試験を突破しお母さんを越えてやろうと思っていたのに、あたしは初手で失敗してしまったのだ。

 慌てて探した私立になんとか滑り込んだものの、偏差値のランクも質も学力も、希望していた高校とは段違いだった。生徒は皆、女子はビッチ、男子はチャラ男。入学初日から会話が通じる気がしなかった。あたしはクラスでも学校でも浮いた存在で、友達なんかただの一人も出来なかった。


 今更真面目に勉強する気にもなれず、休み時間はただ読書。それまで時代小説一辺倒だったあたしだが、おかげでネット小説にまで開眼してしまった。

 転生モノ、いいよね~。こんなつまらない人生リセットして、新しい世界に旅立ちたいよね。神様にチート能力でも貰ってさぁ、思う存分無双するんだ!


 ……あれ。

 なんだろう、今、既視感が。

 つい最近もこんなこと考えたんじゃなかったっけ?


 ―――うん、思い当たらない。やっぱり気のせいかな。まあいいや。


 それにしても、あたしって本当にツイていない。

 ケチな人生のトドメに、今度は交通事故と来たもんだ。

 命は助かったみたいだけど、この痛み具合からして、結構重症なんじゃないかな。

 やだな。骨折してたりするのかな。リハビリとか面倒くさいなぁ。

 小説みたいに違う世界に転生出来てたら楽だったろうに。


 「美咲」

 鬱々と考えていたら、お祖母ちゃんが戻って来ていた。なんだか嬉しそうな顔をしている。

 「お友達が来てくれていたよ」


 え。


 お祖母ちゃんの後ろからおずおずと顔を出したのは、化粧はケバいけど確かに見覚えのある制服を着た女子高生だった。


 「や、ごめん、イキナリ。部屋まで押し掛けるつもりじゃなかったんだけど、ロビーで偶然お祖母さんと会っちゃって、意識が戻ったって言うから。そんじゃ顔でも拝んどこうかなって。てか小倉さん、ウチのことなんて知らないよね? 同クラなんだけど。つ~か、それでしげピー、あ、担任ね、に頼まれて様子見に来た訳なんだけども。や、ホントに。目が覚めて良かったね!」


 全く要領を得ない、頭の悪そうな話し方だった。

 でも何故だろう、普段ならイライラするはずのその口調に、混じり気無しの安堵が含まれている事に気が付いて。


 「…有難う」


 あたしは、素直に嬉しいと思った。


 「え、いやいや、ウチは何もしてないし。てかもう退散するね、病後? で小倉さんも疲れちゃうだろうし。しげピーもクラスの皆も心配してるから、報告したら喜ぶよ! また来るから、お大事にね!」


 名前も覚えていないクラスメイトは、お祖母ちゃんに何度もお礼を言われながら帰って行った。

 その後、お祖母ちゃんは「本当に良かった」と繰り返してまたひとしきり泣いた。


 こうやって生きている事を喜んでくれる人がいる。

 話したことも無いのに、無事を願ってくれてた人もいる。


 あたしの人生なんてさ、つまらない、面白味のないものだけど。

 ……まあ、それでも、あたし。生きてて良かった、かな。

 お祖母ちゃんをあれ以上泣かせるのは本意じゃないし。


 死ぬ気になってやってみたら、意外と何かが変わりそうな気もする。


 バカ高校からでも法科大学、受かってみせようじゃないの。司法試験だって夢の一発合格、狙ってみちゃおうじゃないの。


 お母さんのキャリアなんか軽く見返してやる。


 友達だってさ、……もしかしたら出来るかもしれない。

 一見ビッチでチャラい集団でも、人間それだけじゃないのかも……しれないよね。



 気の所為かもしれないけど、安心感があるんだ。

 大丈夫、お前さんはきっと幸せになれるよミサキ、って誰かに保障されているような。

 あたしの来世は物凄く恵まれるって確約されている予感すらしてくる。

 なら。それなら。

 臆病者のあたしだって、なんとか頑張れる。踏ん張っていける。

 転生して来世をエンジョイするのは、今世に全力賭けてからでも遅くは無い、はずだよね。

 うん!!


 泣き疲れて眠ってしまったお祖母ちゃんに毛布を掛けながら、あたしはそう決意した。

 そうしたら、空耳だと思うけど、昔お祖父ちゃんと一緒に見た再々放送か再々々放送かの時代劇で天下の副将軍を演じていた俳優さんの、「フォッフォッフォ」という高笑いが聞こえてきた。



 

 

 


 

※転生モノを否定している訳ではありません。むしろ大好きです。



読んでくださって有難うございました。

王道から外れた作品だという自覚はあるので、評価とか、感想とか、もし良かったら頂けると嬉しいです。

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