第1話 青年と少女
以下、この作品を読むにあたっての注意書きです。
※ハッピーエンドが好きな方はリターン推奨。
※主人公最強物が好きな方もリターン推奨。
※グロい描写、あります。
※エグい描写、あります。
※エロい描写、ほとんどありません。
※不定期更新。
※作者はおっぱい好きで変態でドM。
以上のことが許容できる寛大な方のみ、スクロールバーを下に動かして下さい。
男は大剣を振り被った。しかし、男のよりも遥かに巨大で無骨な巨剣はその質量もあって、男の一撃をいとも簡単に弾いてしまう。
限界まで溜めて繰り出した全力の一撃だった。軽装の鎧の下で盛り上がる筋肉のいくつかが断裂するほど、力を込めたはずだった。けれども、それは目の前の相手からすれば軽い一撃でしかないのだろう。元より肉体の性能では遥かに劣っているのだから。相手は人間ではなく化物なのだから。
男は勇気を振り絞るようにして、もう一度大剣を振り被った。自身の正義を示すつもりで大上段からの一撃をかまそうとする。相手は巨剣を振り切ったまま、切り上げを狙うようだ。
躊躇はいらない。相手は人間ではないのだから。
躊躇いはしない。したら死ぬのは自分である。
相手を殺す。その意識だけを表層に浮かばせ、その為に最も効率の良い動きをしようとする。
覇気と共に振り下ろし、相手のぽっかりと空いた首元を叩き切らんとする。そこにあるはずの物がない化物を討伐する、その大義名分が男に無尽の力を与えていた。ふつふつと湧き出る力の赴くまま足を踏み出し、重心を傾かせ、重力を味方に付けた一撃を叩きつけようとする。
対し、相手もまた巨剣を掬い上げ、男の剣閃に自らの剣閃を重ね合わせようとする。刃と刃が合わさり、金属特有の甲高い音が男と相手の間で煩わしく鳴り響く。振り下ろしと振り上げの一撃がぶつかる。
勝敗は明らかだった。重力を味方につけれたかどうか。それよりもさらに大きな違いによって、この勝負の命運は決まったのであった。
今度は男の大剣が二つに割れ、空に投げ出された。万歳をするように両手までもが空に投げ出され、男は無様にも上半身を仰け反らせる格好にさせられる。それを恥だと認識する間もなく、巨剣が二つ目の剣筋を残すのを最後に見て、男の意識は途絶えたのだった。
男の首を刎ねた巨剣を背中に担ぐそれは、見上げるほどに巨大な西洋鎧を纏っていた。黒一色の重厚な鎧は見るだけで威圧感を感じさせ、相手を圧倒することだろう。鉄環で背負われた刃渡り1m90cmの巨剣は狂気を漲らせているかのような黒金で出来ており、肉を切った直後だというのに血脂が一つも浮かんでいないのは奇妙を通り越して異常に見えた。
実際、それは異常な存在であった。手も足も胴体も鎧で覆われているそれは、しかしたった一箇所だけ露出していた。つまりは首より上の、頭のある部位。
けれども、それには何もなかった。ヘルムどころか頭そのものさえも存在していなかった。あるのはただ、口を開ける暗闇のみ。
――デュラハン。「首なしの騎士」と呼ばれるそれは、人間ではなく妖の類いであった。
「――――」
「……終わったの?」
「――――」
「そう。……相変わらずディーは強いね」
ひょこっ。そんな擬音が聞こえてきそうなほど静かに草むらから出て来た少女が、デュラハンをディーと呼びながらその大きな肩にまでよじ登る。ディーは抵抗せずに、足元から順に上ってくる少女のしたいようにやらせていた。
肩にまで上りつめた少女は、一息をつきながら腰を落ち着かせる。少女はこの高い高い視界が好きだった。そしてディーの見ているであろう視界を一緒に見るのが、何よりの楽しみであった。
「……行きましょ。人間を殺したところを見られたら面倒になるわ」
「――――」
ディーが金属的な黒であるなら、少女は織物的な黒か。光を全く反射しない真っ暗闇のコートを羽織る少女は、死人のように白い肌と相まって死神のようだった。
事実、彼女もまたディーと同じく人間ではなかった。人間からはバンシーと呼ばれ、妖精族から忌み嫌われる少女もまたディーと同様に妖である。
少女の瞳は虹彩が黒いため、瞳孔がないように見える。ディーの半分もない小さな身長と、絶妙な配置で顔の部位が整っている顔は、笑えば可憐に見えるはずだった。
ただ、それを台無しにするほどの土気色の肌は、見る者に死者を連想させるため、少女は常に死の気配を漂わせているように思われていた。それがバンシーの忌み嫌われる原因であり、当人もまた一女性としてあまり気に入っていなかった。
「……」
「――――」
「……いい沈黙ね」
「――――」
バンシーの少女、ニーアの声に応えるように体を揺らすディー。
ディーは頭がないため喋れないのだが、それだけの動作だけでも少女には十分だった。元より何十年も共にいる仲なのだ。今さら言葉が喋れない程度で意思疎通ができないほど、二人の仲は浅い物ではなかった。
漆黒のマントを翻しながら威風堂々と歩くディー。その肩の上にちょこんっと座り、心地良い振動に頭をふらふらと揺らすニーア。そこにはもう人を殺した余韻はなかった。あるのはただ、二人の日常だけだった。
首元を覆うネックガードに掴まるニーアと、彼女を乗せながら森林の中を歩くディー。彼らの目指す先はさらに鬱蒼と生い茂った森林が連なっていたが、彼らは気にせずに突き進んでいった。
「行きましょ、ディー」
「――――」
ここですべきことは成した。だから離れる。そして彼らは新天地を目指し歩み続けるのであった。
――次なる死を伝えるために。
そこは小さな村落だった。インフラも整備されていないのどかな田舎村。
田んぼと畑のあぜ道が蜘蛛の巣みたいに広がっていて、まるで迷路のようになっていた。空から降り注ぐ強い陽光は稲葉の緑に輝きを与え、人の肌にも刺激を与えていた。あぜ道の途中に点在する家屋は木で組まれており、村の中央には同じ作りの家屋が所狭しとひしめきあっていた。
彼、石田銀太が住んでいる家屋は、点在する家屋の一つにあった。築何十年も経ち、尚朽ちる気配を見せない頑丈な家。屋根はステンレスを用いた金属瓦で出来ており、石瓦と違って雨漏りをすることがないため、銀太はこの赤い瓦をいたく気になっていた。
朝早くに目を覚ました銀太は、まず最初に顔を洗って、次に朝食を食べて、それから仕事場に行こうとした。首にタオルを巻き、上を肌蹴たツナギの中にランニングシャツを着込んで、家の倉庫にあるトラクターに乗り込もうとする。
夏真っ盛りのこの季節。少し動くだけで汗がダクダクと流れてしまう。土に塗れたトラクターに乗ってキーを差し込んだ銀太は、流れ落ちる汗を首元のタオルで拭いながら、田んぼに向かってトラクターを走らせた。
「あー……あちぃ。何だよこの暑さ。まじありえねぇ。このままじゃあ秋の収穫を迎える前に、オレの方が干からびちまうよ」
そう言いながら頭上を見上げると、飽きもせず秋も来ずに、太陽がギラギラと刺激的に輝いていた。直視することさえ憚られる光のシャワーを浴びて目がチカチカする。
「あー……あちぃあちぃ。何だよこの暑さ。まじありえん。どれくらいありえないかと言うと、オレが……お?」
そのチカチカする目が、倒れ伏す人影を映した。軽装の鎧で身を包んだ女性が地面にうつ伏せで倒れている。太陽はなお眩しく、錯覚ではないかと目を擦る銀太。
しかし、幻は消えることなく、それが現実に起きていることだと伝えてくる。
「……」
数瞬ばかり、呼吸が止まる。自分が目にしている光景が信じられず、生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえてきた。
「……お、おいおい。今どきそういうのは流行ってないぜ? ……多分」
動揺する自分を落ち着かせようとするも、動機は激しくなるばかりだった。身体中の血が頭に上り、耳鳴りまでしてくる。
「……って、呆けている場合かよ!? おい、あんた大丈夫か!?」
はっと気付いたように女性に駆け寄る。銀太は汗だくの腕で女性に触ることに躊躇したが、背に腹は代えられないと思いなおし、思いっきり抱き起こした。
その瞬間、女性は目を覚まし、寝惚けたように辺りを見回す。
「……」
「目が覚めた!? ってぇことは生きてる!? 生きてんのあんた!?」
銀太の自分でもむさ苦しいと思っている顔を瞳に映しながら、女性は口を開いた。
「お……」
「何!? 何だ、何を言いたいんだ!?」
その時だった。きゅー……と、嫌に乾いた音が耳に届いたのは。
銀太は女性が次に何を言うのか、感覚的に理解した。
「おなか、すいた」
「……は?」
しかし、理解できることと許容できることは違う。銀太は再び呆けながら、女性の端整な顔を見続けるのであった。
「おいしい、です。美味い、です。生きた心地、します。本当にありがとう、ございます」
「あぁ、いいってことよ。こちとら生き倒れを救えたことに誇りすら感じてんだからよ」
女性を自宅に招き、あり合わせの食材で料理を作り、それを女性が片っ端から片付けていくのを見ながら、銀太は深いため息をついた。
女性は大層な大食漢であり、すでに彼の三日分の食糧が彼女の胃の中に消えていた。あの細身のどこにこれだけの量が入るのか、きっと銀太には一生理解できないだろう。したくもないと思う。
「ん……はぁ。今日はもう、これで十分です」
「おい、まさかこれだけ食ってまだ足りねぇって言うんじゃ……」
「まだ八分目、より下です。しかし、これ以上食べたらさすがにご迷惑がかかると思ったのです」
「大丈夫だ、もう相当な迷惑がかかっているからな。だから遠慮せずに食いな」
「そう……です、か。分かりました、では……」
両手を合わせて祈りを捧げた女性は、先ほどの2倍のスピードで料理を平らげていった。銀太は次々となくなる料理を作っては運び、女性の前に置いていった。
そして一週間ほどの食糧を蓄えていたはずの氷室が空っぽになって、ようやく女性の箸が止まった。女性は盛大にゲップをして、
「ふう……満足、です」
と、幸せそうに言った。
銀太は女性の食欲に呆れて何も言えなかったが、とりあえずキッチンから出て女性の前に座った。そこで始めて女性の容姿を見てみる。
女性はこの辺りでは非常に珍しいプラチナ色の髪をショートカットで切り揃えていた。雪のように白い肌には染み一つなく、どこまでも紅い瞳は澄み過ぎていて逆に人間性を失っているように見えた。
身に付けている防具は彼女の肌と同じくらい白い甲冑で、籠手と脚部の装甲が異様に分厚く出来ていた。両腰にはそれぞれロングソードとリボルバーを下げ、フード付きの白いマントには簡易的なマジックパターンが施されていた。
顔ははっきり言って、綺麗というよりは可愛い部類に入る程度だ。釣り目ではなく垂れ目なことからも、女性は都会派というよりは田舎派の顔をしていた。
しかし、銀太がこれまで見て来た女性の中でも一等肌が綺麗なせいか、どこか垢抜けた印象も受ける。また、どう見ても16、7にしか見えないことからも、とても不思議な印象を纏っているように思えた。
「でだ。あんたはなしてあそこで倒れていたんだ?」
「ですから、お腹が空いていたのです」
「あっそ。じゃあ質問を変えるわ。あんたはここに何をしに来たんだ?」
「……それは」
言い辛そうに口を噤む女性。けれど、銀太もここは譲れなかった。
「あんたも見たと思うが、ここは極東帝国の端っこも端っこ、田舎も田舎だ。ここにあるのは農業だけだ。なのに、どうして西方連国のガンソード装備をしたあんたがここに来たんだ? どう考えてもこんな辺鄙なとこに用があるとは思えないんだが……」
ここ極東帝国とは正反対に位置する西方連国。そこのガンソード装備と言えば、西方連国の誇る騎士にしか許されない武装である。
西方連国の顔とも言える騎士の装備は、東西南北四国の中でも有名だった。極東帝国の武士、南国諸島の道士、北部王国の僧士と並び称される「四士」の一角である騎士のことは、銀太のような一般人でさえ知っていた。
だからこそ、腑に落ちなかった。なぜそんな騎士様がこんな田舎村に来たのかを。それを聞くためにわざわざ飯を食わせたのだ。もしここで理由を話せなかったら、先ほどの食事代を倍にしてもらおうと銀太は考えていた。
「……んー、と。んー、とですね。実はこれ、機密なんですが……ご飯をくれたので特別です」
姿勢を正した女性に倣って、銀太も姿勢を正す。女性は他に誰かいないのかを確認してから額を寄せ、小声で話した。
「……黒騎士のことを、しっていますか?」
「黒騎士? いや、そりゃ知っているが……」
「その黒騎士が、もしかしたらここにいるかも、しれないのです。私はその、調査に来ました」
「……」
銀太の思考は真っ白になっていたが、女性の言葉を理解するにつれ、驚きの感情が静かに湧いてきた。
「はぁ!? なんで黒騎士がこんなとこに!?」
「それを私は、調査しにきた」
――黒騎士。それは古の御伽噺に語られ、今なお人々に畏怖されし大妖怪である。
本来、デュラハンという妖怪はそれほど強くない。騎士である女性ならば、例え10体を同時に相手にしても掠り傷すら負わずに全滅させることができる。乗馬の機動力と鎧の防御力は確かに厄介だが、それでも下位妖怪でしかないため、ベテランの戦士なら苦戦することはない妖怪だ。
しかし、そのデュラハンの中でも特異的存在である黒騎士だけは、その常識に当て嵌まらない。東西南北四国と敵対する怪国、その頂点に座す妖怪王やその身内の護衛を直々に任せられる実力は、妖怪軍の中でも限りなくトップに近いとされていた。
実際、幾人もの勇者や猛者が黒騎士に挑み、その全員が敗れていることからも、黒騎士の実力は計り知れなかった。「首なしの騎士王」「首刎」「妖怪王の懐刀」などの様々な二つ名は、黒騎士の力がどれほどの物かを表している。
「……ちなみに、すでに仲間を一人、殺された。首を、刎ねられて」
「ッ!? ……マジ?」
「まじ、私嘘付かない」
あるかないか分からない胸を反らす女性を無視して、銀太は考え込んだ。なぜこんなところにそんな大物が現れたのかを。
だが、いくら考えようとも答えが出る事はなかった。
「……」
「……どうし、たの?」
「いや……そういえば、他にお仲間はいないのかと思って」
銀太が女性を発見した時、周りには誰もいなかった。しかし、黒騎士を調査するのにコンビで来るとはどうしても思えなかった。
女性は銀太の顔を見ながら気楽に答える。
「今回、黒騎士の調査に当てられたの、は、騎士二人と僧士一人のスリーマンセル。本当はフォーマンセルだった、けど……はぐれちったの」
はぐれた。その言葉を聞いた瞬間、身体が酷く脱力する。銀太は萎えた気力を何とか奮い立たせて、問いを続けた。
「で、すでに騎士一人がやられたと。残った僧士はどこにいるんだ?」
「分からない。私、もはぐれた」
そう言う女性の目に嘘の色は混じっていなかった。
銀太は目を手で覆いながら、もはや何度目になるか分からぬ呆れた声を出す。
「おいおい、とんだ迷子パーティーじゃねぇか。……なんでこんな奴らを組ませたんだよ、お上は?」
「さぁ?」
目を瞬かせ、首を傾げた女性を思わず締めたくなるも、一寸先で思いとどまる。さすがに四人パーティーで二人も迷子になるとは主神でさえ思うまいと、必死に自分に言い聞かせる。
そこでふと、銀太は気付いた。女性の名前を聞いていないことを。もしかしたら有名人で、自分でも知っているような人かも。その一抹の希望を握り締め、銀太は女性に名前を聞いた。
「そういえば、あんたの名前は?」
「私の? んー、と……私の、名前は」
なぜ自分の名前に首を傾げるのか。銀太は大声で怒鳴りそうになるのを何とか堪える。苛々とした気持ちが自然に湧き上がってくるも、それも必死に抑制する。
女性が天然であること、そして銀太をイラつかせることに関しては天才的であることを、銀太は認めざるをえなかった。
女性の薄い唇が開く。
「シー・カレドニア。皆からは、シーって呼ばれてる」
「分かった。オレの名前は石田銀太。銀太って呼んでくれよな」
「ン……ギンタ。オーケイ」
ぐっ。親指を立てて覚えたとアピールする女性に、銀太はなぜ自己紹介でこんなに疲れなければならないのかと問い詰めたくなった。
そして女性の次の言葉に、銀太は思わずテーブルに頭をぶつけてしまいそうになった。
「それで、お願いがあるんだけど」
「お願い?」
「んー、と……この地域を、調査するから、ここを宿として、使用していい?」
「……」
女性が涙目と上目づかいで銀太を見上げて来た。両手を胸の前で組みながら、「だめ?」と首を傾げる。
無論、銀太の答えは決まっていた。
「駄目」