共存
「これは大変な発見をしてしまったかもしれないぞ」
モニターをのぞき込んでいた白衣の男はそううめいた。
「どのような発見なのですか、教授」
コーヒーを飲んで一休みしていた白衣の青年が、興味深げに教授と呼んだ男の机に向かう。教授はまぁすわりたまえと近くのイスを指さす。
「宇宙人革命を知っているかい」
「ええ知っています。5年前から世界中で連続して起こった革命ですね。きっかけは宇宙人の襲来……を口実とした各国政府の増税と軍事、宇宙関連への予算の重点的配賦だったはずです。大勢の研究者が宇宙人の襲来を唱え、各国首脳がそれに基いて決定した施策でした。人類存亡の危機と言われて経済や社会保障、教育は後回し。世界中が貧しくなるも、待てど暮らせど宇宙人の襲来はなかった。そして耐え切れなかった小国の政権交代をきっかけに、全世界へそれが波及、結局ほとんどの国で指導者が変わって世界が一変したという出来事ですね」
「ふむ。それが一般的な説明だな。」
「そしてこの革命は研究者にも波及しました。宇宙人の襲来を主張していた研究者たちはほとんど学会を追われ、多くの分野で主要な研究者が入れ替わったと言われています」
白衣の男は得意げに言う。
「いやはや、自分の分野ではない部分はきちんと勉強しているな」
「やめてください。ちゃんと自分の研究は進めています。で、その宇宙人革命がどうしたんですか」
「宇宙人革命の原因とも言える全世界での宇宙人襲来への対応。結果として宇宙人は襲来しなかった……と、言われている」
「言われている?」
「ああ。実は宇宙人の襲来を主張していた研究者に、私の尊敬する先生もいてね。その先生はこの研究室を去るときですら、宇宙人の襲来を信じて疑わなかった。他の研究者は学会を追放された先生に哀れみや軽蔑の視線を向けるだけだったが、私は違った。私はどうしても先生が間違っているとは思えなかったのだ。宇宙人革命以降、宇宙人研究は暗黙のタブーとなっていたが、私は関連する分野の研究を進めてきた」
「教授がそんな思いで研究をしているとは。意外です。学会で主流だろうとそうでなかろうと、自分のやりたい研究をされる方だと思っていました」
「ははは。同じ事だよ。強い動機があるだけで、私は私がやりたい研究をやっただけだよ。そしてそれが良かったのかもしれない。ついに先生の正しさを証明できるのかもしれないのだから」
「えっ!? 教授の先生の正しさというと、まさか宇宙人の証拠を?」
「そうだよ。これを見てごらん」
教授は男にモニターを向ける。
「これはなんだと思うかね?」
「これは……見たことがない合金ですね……」
「ああ。まだ地球上では作られたことがない合金だ。固く、軽く、そして現在の技術では作ることができない合金。理論上可能とされている生成方法も困難を極めることから、高コストにならざるを得ないと考えられている。もし実用化できるならば、予想される使い道は……宇宙船の素材」
「まだ地球上で作られたことのない、宇宙船の素材……」
白衣の男は教授が何を言いたいのかわかった表情だった。
「どこでそれを発見したのですか?」
「富士山山中、中国の奥地、アルプス山脈にアンデス山脈……そして他にも世界中で」
「まさか」
白衣の男はかわいた笑いを浮かべる。だが教授は真剣だ。
「君が信じないのも無理は無い。だがこれは本物だ。宇宙人はすでに地球に襲来しており、世界中に潜伏しているのかもしれない」
教授の口調は普段通りだったが、顔は朱を帯びている。
「で、どうするんですか」
「もちろん学会で発表するさ。これで先生の無念をはらせる。そしてすぐに政府に掛け合い、宇宙人への対策をしなければ!」
教授が口元をニィっと歪める。目は輝きを増す。
「その必要はありません、教授」
白衣の男が興奮する教授に水を差すような冷たい口調で言う。
「どういうことだい?」
「こういうことです」
白衣の男は胸元から何かを取り出す。それは先ほどモニターに映っていた合金をつかった拳銃のようなものだった。
「そのようなことをされては面倒なのです」
「一体どういうことだ。君は何者だ」
教授は動揺する。
「私はその素材を使った宇宙船に乗ってきたものです。宇宙人といった方がわかりやすいでしょう。いやはや、この研究室に私が配属されたのは幸運でした」
教授は驚きの表情を浮かべる。
「しかし地球の皆さんも賢いですね。私達がこの星にやってくることを、ほぼ正確に予見していたのですから。ただ私達の目にも見えず、音も異臭もしない宇宙船には気づかなかったようだ」
「その技術で地球を侵略する気か」
白衣の男は男はクビをふる。
「いいえ、そのようなことはいたしません。私達は紳士的です。手荒な真似は好みません」
白衣の男はふっ、と笑う。
「あなた達地球人と共存できるように行動するのです」
「共存だと……」
「私達は地球各国首脳と科学者たちが宇宙人の侵略を相当警戒していることを知りました。と同時に地球では選挙という手段で血を流さずに各国首脳を変えられることも突き止めたのです」
「宇宙人が政治運動だと。そんなにうまくいくものか」
「いえいえ、現に上手く行ったのですよ」
教授はハッとする
「宇宙人革命……」
「そう、5年前、民衆は自分の富を奪い、軍事と研究に投資する各国首脳に愛想をつかしていました。なので私達はその民衆をまとめあげ、政権交代を成し遂げです。私達が政権をとった後は軍事費を切り詰め、代わりに経済振興、福祉、教育に力を注ぎました」
「なんということだ。すでに各国首脳が宇宙人に入れ替わられていたとは」
教授は全身の力が抜けていくのを実感した。それを見ていた白衣の男は教授に向けていた拳銃を下ろす。
「いやぁ良かった。実は私銃を打つのは初めてでして。では申し訳ないのですが、世の中を混乱させないためにこの資料と研究データは総て破棄させていただきますね」
男は機器を操作する。教授は抵抗しない。モニターは真っ暗になり、記憶媒体はガガガ、と音をたててデータを消去する。
「じきに学部長から辞令が来るかと思います。なぁに、私達は紳士的です。快適に過ごせて長生きできそうな場所をあてがわせて頂きます。そこで楽しい余生を過ごしてください」
教授はなにも言い返さない。このやりとりの間に、一気に老けこんでしまったようにすら見える。
「しかし助かりましたよ。これで地球人との共存関係は保たれる」
「なにが共存だ。世界の首脳陣と入れ替わっておいて。これは侵略ではないか」
教授が負け惜しみ気味に毒づく。
「いえいえ、なにをおっしゃるのですか。私達が各国の首脳に収まるまで、民衆の多くが不満を持っていたのですよ。その状況と私達が政権をとった今の状況とを比べてみてください。政権を追われた人と面目を潰した科学者以外は、きっと今のほうが幸せだと言うに違いありません。これが共存と言わずになんというんですか」