笑って笑って!
「裕輔ー。帰るよー」
授業が終わり、後片付けをしている裕輔のところに、真梨子が走ってくる。のんびりと鞄に教科書を詰め込んでいた裕輔はその速さに眉をしかめた。
「何? やけに急いで」
すると真梨子は急に不機嫌そうな表情になる。
「だからぁ、今日は美優のところに行く日でしょ? 覚えてなよ」
「あ、そっか」
美優とは、一ヶ月前から事故が原因で入院しているクラスの友達だった。裕輔と真梨子との3人は中学校のころから仲がよく、よく3人で遊んでいた。一ヶ月まえの事故により入院してしまったが、一週間に2回は必ず病院に通っている。
「じゃあ、急がないと」
「もー、美優のこととなるとこうなんだから。今まで忘れてたくせに」
「うるせえ」
急いで鞄に詰め込み始めた裕輔を笑いながら見つめる。
「今日も元気かなぁ?」
「元気だろ、そりゃあ」
事故が原因で、美優は昏睡状態だった。これから先も、目を覚ます可能性は低いといわれた。それでも美優は生きているし、ちゃんと心臓は動いているのだから彼女はまだ“元気”だ。
「早く目を覚ますといいね」
「……そうだな。すぐにさめるよ」
裕輔はそういって笑う。恋人が昏睡状態だというのに、彼はいつでも笑っていた。
美優と裕輔が付き合い始めたのは高校に入ってすぐだった。真梨子は裕輔が美優のことを好きなのを知っていたし、美優も裕輔を好きだと知っていたから、それは自然な流れだと思う。ただ、真梨子自身も裕輔を好きだった。
それでも美優は大切な友達だし、裕輔が幸せならそれでいいと真梨子は自分の気持ちに蓋をしたのだが。
「もうちょっとさ、心配とかしたらどうなの?」
思わず裕輔に聞いてしまう。
いつでも笑っている裕輔は、傍目から見るとただの能天気にしか見えない。けれど、裕輔は不思議そうに聞き返してきたのだ。
「なんで?」
質問に質問で返すのはどうかと思う。真梨子は一瞬躊躇した。
「なんでって、だって美優と付き合ってるんでしょ? だったらもう少し恋人らしくさあ、心配するとかなんとかしたら……」
「だって、俺が心配したところで美優が目を覚ますわけでもないし、だったら美優が目ぇ覚ますまで男を磨いたほうがよくねえ?」
「男を磨くって、あんた」
思わず笑いが漏れる。
「目が覚めたときに、美優が『こんなに裕輔君ってかっこよかったっけ』って思うくらいに俺はなる!」
気合入れてガッツポーズをしている裕輔を見て、真梨子は少しだけ切なくなった。
おそらく、それは心配で仕方ない自分の心を隠しているから。
「……そだね」
それでも真梨子はうなずくしかない。自分は恋人でもなく、ただの友達だから、口を出すことは出来ないのだ。
病院に着くと、顔見知りになってしまった看護婦さんが近づいてきた。少し機嫌がよさそうだ。
「こんにちわー」
「こんにちは、今日は木曜日なのね。美優さんも元気そうよ」
早く会ってあげてね、と言い残してすぐに立ち去った。
「じゃ、行こうか」
「うん」
迷うことなくエレベーターに乗って、5階のボタンを押す。このあたりまで来ると、裕輔は一人で笑っていることが多くなる。きっと、美優に会えるのが楽しみなのだろうと真梨子は解釈している。
「こんちゃー。美優、今日も来たよー」
個室のドアを開くと、美優が迎えてくれた。といっても、彼女の目は開かないが。
「今日はねー、転入生が来たんだよー? 高校に転入生って珍しいから、すっごい話題になっちゃって。それも、めっちゃかっこいいんだから」
眠ったままの美優に語りかけながら、真梨子は花瓶の水を替える。裕輔はいつもベッドの横にあるいすに座って、美優の手を握っているだけ。身の回りの世話は真梨子の仕事だった。
「私もびっくりするくらいかっこよくてさ、絶対美優も惚れるよー? 裕輔なんかよりかっこいいんだから!」
「俺のほうが絶対かっこいいぞ! あんな無愛想なやつ、俺の敵にもなんねーよ」
「本人はこう言ってるけどねー、あはは」
反応してくれない美優に話しかけるのは、最初は抵抗があったが今は普通になっている。その日何があったか話してみたり、意見を求めてみたりすることで何か変わるかもしれないから。
「でもね、瑠衣[ルイ]っちが仲良くなってたから、とられちゃうかも。行動が遅かったみたい」
「真梨子に望みはないだろ、アイツは」
「うるさいなー」
ふん、と鼻を鳴らしながら花瓶を置く。そして、ころあいを見計らって真梨子は病室から出た。
「ちょっと、ジュース買いにいってくるね」
「おー」
これは、気を利かしてのこと。真梨子がいたら話せることも話せないから、途中で必ずその場を抜けるのだ。裕輔も気づいているのだろうが、あえて何も言わない。
「はー……」
安いカップジュースを買って、ちびちび飲みながら自販機の横にあるいすに座る。
つくづく思うが、量は少ないくせに100円は高い。
「なぁに、ため息ついてるの?」
「うわ!?」
突然知らない人に話しかけられて、真梨子は慌てて横を向いた。そこには同じ歳くらいの松葉杖をついた少年が座っていた。
「……誰?」
「あ、俺は木之下恭祐[キョウスケ]。よろしくー」
「よろしくって……」
何をよろしくすればいいのか?
首をかしげると、恭祐はニコニコしながら手を握ってきた。
「いっつもため息ついてココ座ってるの見てたから、気になって」
「え! 見られてた!?」
私そんなに暗そうだったのか! と真梨子は自分にショックを受ける。
「んー、たぶん気づいてたのは俺だけだと思うけど。名前は?」
「三並真梨子……」
て、何で教えてんのよ! と一人でツッコむ。
「じゃあ真梨子ちゃんね」
「何で名前……」
「俺は恭祐でいいから」
なんて強引なやつ。と呆れるが、恭祐はそんなことお構いなしだった。
「月曜日と木曜日に来てるよね? で、いつもここに座って寂しそうな顔してる」
「なんで見てるのよ」
「暗いオーラ出てたから」
うそでしょ! と再びショックを受けるが、あははと恭祐は笑った。
「冗談冗談。なんとなく、かな」
「もー、最低!」
「ごめんって。あ、そうだ……いいもの見せてあげるよ、おいで!」
突然立ち上がり、手を引っ張られる。
「何?」
「いいからついてきて」
そう言って松葉杖をつきながら歩き出すので、やむを得ずついていく。エレベーターに乗って一番上のボタンを押した。
「俺のお気に入りの場所なの」
「ふうん?」
どこに行くのかまだわからないままに、恭祐の後ろに立って。
エレベーターはゆっくりと上昇し始めた。
ポーン、という小気味よい音と共に、エレベーターの扉が開いた。そして恭祐はエレベーターのすぐ隣にあった階段へと足を進めた。
「……ちょっと、あなた大丈夫なの?」
真梨子自身は健全だが、恭祐は松葉杖をついているのだ。階段を上がるのは危険だと思って、そっと恭祐を後ろから支える。
「わ、びっくりした。なんだ、優しいじゃん」
「何よ、その言い方」
ふと笑いが漏れる。恭祐は照れたように笑い返してきた。
その笑みは、真梨子が少し緊張してしまうほど人懐っこくて。
「え……俺なんかした?」
「別に……」
なんとなく目をそらしてしまうのだった。
その後無言になってしまい、沈黙の空気が漂う中で二人は階段を上っていく。病院の中であるうえに、人のいない階段を延々と上っていくのだから二人の足音はやけに響いて。
(つか、なんか喋ってよ!)
と、切実に思うのに。さっきまで喋りっぱなしだったはずの恭祐は、うってかわって口を開こうとしない。
そんな微妙な雰囲気がしばらく続いて、ようやく鉄で出来た大きなドアが見えた。
「あ、ドア……」
「あそこを通り抜ければ到着」
しかし、近づくにつれて真梨子は眉根にしわを寄せ始めた。明らかにおかしいのだが。
「あの……すっごい鎖が巻いてある気がするんだけど?」
「ん? んー、いつものことだから。大丈夫、番号覚えてるし」
「番号覚えてるって、あなた……」
反論しているうちに目の前にドアが。鎖がぐるぐる巻かれていて、番号式の鍵がかかっている。そして、真梨子が文句を言う前に番号をあわせ、いとも簡単に開けてしまった。
「はい、できあがり」
「出来上がりじゃないでしょ!」
思わず突っ込むが、恭祐は気にしない。かなりアバウトな人だと真梨子は思う。
「ほらほら、さっさと出て」
「何であたしから?」
「いいから」
背中を松葉杖の先でつつかれ、半ば無理やりに外へ出された。そこには。
「……っわぁー! すごい綺麗!」
真梨子はポカンと口をあけて唖然とした。後ろからゆっくり出てきた恭祐は、嬉しそうに笑顔になる。
「でしょ? 俺のお気に入りの場所なの」
そこには綺麗に人工芝が敷かれ、木の椅子や綺麗に花の咲く花壇が点々と作ってあった。屋上だけに、当たり前だが頭上には空が広がっている。
そして更に、屋上の柵越しに見える街の景色は、通っている高校はもちろん、更に遠くの海や山が見えた。輝く太陽に反射している水面が、ここからでも見えるのだ。
「すっごい! なんで鎖なんかかけてるんだろー? もったいない」
柵から身を乗り出しながら、真梨子は景色を眺めながら呟いていた。しかしその小さな声を聞き逃すことなく、恭祐は得意げに言う。
「だろ? だからめっちゃオススメなわけ」
「ありがとー、すごい感激!」
真梨子は振り向いて嬉しそうに笑う。
それを見て恭祐はほっとしたように苦笑いした。
「やっと笑った」
「へ?」
何事なのかよくわからず、きょとんとする真梨子に恭祐は更に近づいた。
「だってお前、俺が見るたびに暗い顔して自販機のジュース飲んでるから。よくわかんねーけど気になるし。ほら、絶対笑顔のほうが似合うって」
やっぱり暗い顔だったんだと気づく。その反面、知らない人なのに気遣ってくれた恭祐に驚いた。
「なんで、こんなに知らない人なのに?」
「……暗い顔しか見たことなかったからさあ、笑った顔見たくなって」
照れたように俯いて。
「そっか……ありがと」
真梨子なんとなく恥ずかしくなって、俯いてしまった。再び嫌な沈黙があたりを支配する。
「あのさ……」
最初に口を開いたのは恭祐のほうだった。
「なんか悩みがあるんだったら、俺が話聞くし。一人で悩んでるなよ」
「ありがと……」
「ていうか、なんとなくわかるけど」
恭祐は気まずそうに言った。
「――あの、一緒に来てる男が好きなんだろ? でも、あの男には彼女がいる……ってとこ?」
真梨子は恭祐がそこまで見ていたことに正直驚いた。しかし、図星なので何も言えず頷く。
「……そうだよ。我慢してたら、辛いんだもん。気持ちなんか、言えないし」
「なんで?」
純粋に聞き返してきて、真梨子は不服そうに顔を上げた。
「なんでって、相手には彼女がいるんだよ? 言えるわけないじゃん」
「でも、いくら彼女がいても自分の気持ちを伝えちゃ駄目ってわけじゃないじゃん? じゃあ遠慮する必要なんかないよ」
反論することなく、黙り込んでしまった真梨子。するとポケットに入っていた携帯電話が鳴った。
「もしもし? あ、ごめん。今すぐいくから」
簡単に話をしてすぐに切る。
「さっき言ってた人?」
「うん。じゃあそろそろ帰るね」
そう言って、恭祐を置いたまま屋上から出ようとしてすぐに戻った。
「あさって、また来ていい?」
「いいよ。じゃぁまた」
「うん。ばいばい」
急いでエレベーターに乗りこむ。裕輔が待ってる。
「ごっめん、待たせて」
一階のロビーにある椅子に座って、携帯電話を見ていた裕輔は顔を上げた。
「遅いなー。どこ行ってたんだよ」
「ちょっとお散歩」
にっこり笑って返すと、裕輔は不思議そうに首をかしげるのだった。
病院を出てしばらく歩くと、分かれ道に出る。二人の家はそこから逆方向になるので、いつもここで別れる。
「じゃあまた明日」
手を振って、真梨子はとぼとぼと歩き出す。家まではまだ少し距離があるので、しばらく歩かなければならない。
公園の横を通り過ぎたあたりで、真梨子は前から走ってくる一人の少女に気づいた。なんだか見たことがある気がするのだが。その彼女が泣いていることに気づくと同時に、誰だかわかった。
「綾那……?」
通り過ぎると同時に、思わず声をかけていた。綾那というクラスメイトだったから。
「綾那、どうしたの?」
「真梨子ぉぉ……」
真梨子に気づくと、綾那は声を上げて泣き始めた。
「なにかあったの? 話してみる?」
「真梨子ぉぉ……」
「はいはい、わかったから。とりあえず、公園に行こうか。ここじゃちょっと……」
何が起こったのかわからないが、自分の名前を呼びながら泣き続ける綾那をなだめて。二人ですぐそこの公園に向かった。
ベンチに座らせて、泣き止むのを待ちながら正直真梨子は困惑していた。こういうときはどうやって慰めるべき? 綾那が泣き止んだころに、とりあえず声をかける。
「落ち着いた?」
「ん……ごめん、心配かけて」
綾那は申し訳なさそうにすすり上げた。
「いいけどさ。何があったのか話せる? あ、辛いんだったらいいけど……」
綾那は、雪弥というイトコに突然キスされてしまったと話した。真梨子には、何で泣いているのかイマイチよくわからないのだけれど。
「で、綾那は雪弥さんを好きなの?」
正直に聞いてみると。
「え?」
悩んだように首を傾げられた。真梨子は今の自分の考えを正直に述べることにする。
「だってそうでしょ? 私あんまり恋愛に詳しいわけじゃないけど、綾那の気持ちの問題じゃん? あ、でも泣いたってことは嫌い?」
「嫌いじゃないけど……雪ちゃんは私にとってお兄ちゃんみたいな存在だし。一緒にいたら一番落ち着いて、ゆっくり出来る……」
真梨子はにっこりとする。そう来ると、綾那の気持ちなんてわかりきってしまう。
「ってことはさ、要するに自分を無理に作らなくてもいいってことだよね?」
「そうだと思う」
「それってさあ、綾那は雪弥さんと一緒にいるのが一番好きなんじゃない? 綾那が一番安心できる存在なんだからさ」
頭を撫でながら言ってあげると、綾那には笑顔が戻ったようだった。
「雪弥さん、傷ついてるはずだよ。今すぐ行ってあげて」
「うん、ありがと!」
そして、立ち上がって公園から走り去ってしまう。きっと雪弥さんの所に行ったのだろうと、真梨子は少し安心した。
「やっぱ、一番好きな人にちゃんと気持ちを伝えれないとね」
一人で呟いて、ふと気がついた。
今の言葉、明らかに恭祐に言われたことと意味が似ている。自分は今思ったように、好きな人にちゃんと気持ちを伝えられる?
そう考えて、真梨子も思い切り立ち上がった。
綾那に言ったのだから、私もしなきゃ。好きな人に、ちゃんと気持ちを伝えないと。
「よし!」
気合を入れなおして、真梨子は一人でガッツポーズをした。
明日はきっと会えないから、木曜日に病院の帰りに言おう。自分の気持ちをまっすぐに言ってみよう。
「サンキュー、綾那っ!」
そうして、彼女もまた公園から走り去った。
*
木曜日になった。
真梨子だけやけに緊張しながら、一緒に裕輔と歩いて病院へ向かう。
「私、ジュース買いに行ってくるから。またあとでねー」
いつものように雑談をしてから病室を出る。そうして自販機に寄ることもなく、まっすぐ屋上に向かった。
番号をあわせてドアを勢いよく開ける。
「お、早かったね」
予想通り、そこには恭祐が屋上の柵に寄りかかってまっていた。
「やっぱりもう来てた。早いねー」
「そお? 今日は最初っから笑ってて、よかったよ」
そういわれて、ふと自分が笑っていることに気づいた。さっきまであんなに緊張していたのに。
なぜだか解らないけれど、なんとなく安心するのだ。恭祐といるだけで。
「私、やっぱり告ることにしたよ」
恭祐の横で、外の景色を眺めながら真梨子はポツリと呟いた。今日も海は輝いている。
「……そっか」
「うん。これも、あなたのおかげだよ! ありがとう」
そう言うと、恭祐はゆっくりと微笑んだ。なんとなく幸せそうな、それでいて切なそうな顔。
ふと、真梨子は気になった。
「そういえば、あなたって好きな人いないの? 私に知ったように話すけど……?」
すると恭祐は悪戯っぽく笑った。う、と真梨子はたじろぐ。
「知りたい?」
「……知りたい」
なんと言う答えが返ってくるのか気になって、好奇心に負けて聞いてしまった。恭祐は笑いを浮かべたままで。
「いるよ」
「え、いるの!」
意外だったので思わず聞き返してしまった。
そういえば、恭祐に好きな人がいるなんて思いもしなかった。自分のことばかりで頭がいっぱいだったから。それだけに、真梨子はなんとなくショックを受ける。
「……告白、しないの?」
「うーん、俺はその子の笑った顔見れるだけで幸せだし。片思いだしさー」
「なにそれ、私に言ったのと全然違うじゃない。口先ばっかりー?」
それでも恭祐は笑うばかりだった。
また他愛もない話をして、やがて携帯電話が鳴った。
「あ……裕輔だ」
「……頑張って来なよ」
もう声も出せないくらい緊張していて、静かに頷いただけで真梨子は屋上から駆け下りた。
その後姿を、恭祐はじっと見つめる。その場から真梨子が見えなくなって、エレベーターが一階についても、そこから動こうとはしなかった。
やがて静かに空を見上げて。
「あー、笑顔ねぇ……」
そう一人で零したのだった。
*
帰り道を歩きながら、真梨子は黙りこくっていた。
「……」
いつもでは考えられないほど静かな真梨子を、裕輔は不安そうにちらちら見ながらそれでも黙っている。雰囲気的に声をかけづらい。
結局、一言も口をきかないままにいつもの分かれ道にたどり着いてしまった。
「じゃあ……」
それでも黙っている真梨子にただならぬ雰囲気を感じながら、裕輔は手を振ろうとした。すると突然、真梨子が手をつかむ。
「ちょっと待って!」
「うぉ!」
驚いて声を上げる。突然声をかけられるなんて思わなかった。
「なに!?」
内心ビクビクしながら真梨子を見るが、真梨子は真剣な目を向けてくるだけ。
「な……なに?」
もう一度聞き返す。
「私ね……私……」
真梨子は艶っぽい瞳を裕輔に向けてくる。不覚ながら、裕輔はドキリとしてしまった。しかし真梨子はそれ以上続けようとしないのだ。
「私……は」
頭の中でぐるぐると色んなことが駆け巡る。真梨子は悩んでいた。どう伝えればいいのかが最初は頭の大半を占めていたのだが、後半はなぜか恭祐の顔ばかりが浮かんでくる。
どうしたんだろう? あの人のことが頭に出てくるなんて……。
「ごめん、先に帰ってて!」
そういって、走り出していた。
そこには、取り残されて意味が解らない裕輔だけが残された。
真梨子はもと来た道を戻っていた。病院に駆け込み、大きな声で注意するお医者さんを無視してエレベーターに乗り込む。
早くつけばいいのに。というより、もういないだろうか? 病室の位置もわからないというのに。
「恭祐っ!」
屋上のドアを勢いよく開けると、そこにはやはり恭祐が柵にもたれかかってたっていた。
「お、おかえ……」
恭祐が言い終わる前に抱きつく。片足でしかバランスの取れない恭祐は慌てて柵をつかんだ。
「びっくりしたー。なに? 俺、一応病人なんだけど?」
「私っ、あなたのことしか考えてないみたいなの! なんだかよくわかんないけど、一昨日会ったばかりなのに!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶように言う。恭祐はへ? というような驚いた表情になった。
「もー、どうしてもあなたの顔ばっかり出てきちゃうの。これって好きってことじゃないの?」
「て、俺に聞かれてもさあ……」
柵からずり落ちそうになりながらも、必死に耐えて。恭祐は困ったように顔をかしげた。
「そりゃあ、あなたには好きな人いるけど、好きになったんだからしょうがないでしょ?ちゃんと私の気持ち伝えたから!」
眉間にしわを寄せながらそう言い切ると、恭祐は思わず笑い出していた。
「はっきりしてんなあ。まあ、いいけど。とりあえず、そんな怒ったような顔せずに笑ってよ。怖いし……それに」
「?」
恭祐の言葉を待つ。ぴん、とデコピンを食らわした後で、恭祐は言った。
「俺は好きな子が笑ってくれるだけで幸せなの」
いろいろ考えた後で、すべての答えにたどり着いた真梨子は思わず叫んでいた。
「なぁッ!?」
はじめましての投稿になります。
恋愛小説としては初めて書いたものです。
ご意見・ご感想ございましたらよろしくお願いします!