始恋〜SHI-REN〜
竜星と葉月は運命で結ばれる二人である。だが今は互いの存在を知らない。出逢うのはまだまだずっと先の事…。
ある日、竜星は濃い霧の中をさ迷い歩いていた。
まるで雲の中を散歩しているようだと思った。
手を伸ばしても触れる物は何もなく、地を踏む足はフワリフワリとおぼつかない。進んでいるのか戻っているのか、落ちているのか飛んでいるのか…ただただ流れに身を任せていた。すると突然、一陣の風が吹き頭上から何かが墜ちてきた。竜星はとっさにそれを抱きとめたのだが、支える地のない足下は水面に引きずり込むかのように、竜星と墜ちてきた何かを飲み込んでいった。
目を覚ましたそこは、森の中だった。鳥の声と風に揺れる葉の音、それ以外は何も聞こえない。
竜星は空を見上げた。
青い空にうっすらとした白い雲が流れている…もしかしたらあそこから墜ちて来たのかもしれない…。
竜星はハッと、一緒に墜ちた何かの存在を思い出した。
あれは何だったのか…辺りに目をやると少し離れた所に黒い何かが横たわっている。
近寄ると、それは真っ黒な猫だった。艶やかで美しい毛並みを赤い血で汚している。胸に矢が深々と刺さっていて、そこから出血しているのだ。抱き寄せると黒猫は苦しそうに目を開いた…涙で潤んでいる。胸の矢を引き抜くと、黒猫は人間の女に姿を変えた…いや、もしかしたら女が猫に姿を変えていたのかもしれない。
竜星は女の黒髪を撫で、血で汚れた羽根のような白い手を握り締めた。
「もうすぐ私は消えます…」
女は言った、鈴のような澄んだ声で。
「…どうして」
「そういう運命なんです…」
淡々とした言葉とは裏腹に透き通った瞳から涙が流れた。竜星は優しく涙を拭い、女を強く抱き締め、このまま離したくはないと思っていた…この想いは何だろう。
「私と貴方は再び出逢うでしょう…貴方を見つけます…貴方も私を見つけて下さい…きっと出逢えます…いいえ…必ず…」
「必ず見つけだすよ…必ず」
そうして女は光となって消えた…。
目覚めると、竜星は腕に妙な温もりを感じた。腕だけではない、胸の中にも…。その切ない余韻は、その後何年間と事ある毎に思い出される事となる。果たさなければならない約束は記憶ではなく心となって竜星を導くだろう。そして二人は出逢う…。だが今は互いの存在を知らない。
出逢うのは、まだまだずっと先の事…。