第63話 子供はやっぱり親に似てしまうものなのかもしれないと僕は思う(part6)
僕と暦が薄暗い倉庫の中に這入る。
中は誇りが充満していてくしゃみが出そうな程汚い。
広さは大体学校の体育館の2倍といったところか……?
「誰も……居ないのかな」
僕は暦に囁くような声で訊く。
「見る限りはね。ただ、油断は禁物よ」
「それは分かっているさ」
「本当に?」
「本当に」
僕達は中へ中へと足を進めて行く。
(コツ……コツ……)
堅いコンクリートの地面に足が付くたびに音が倉庫内に響く。
暗闇に目が慣れてくると中の様子が分かってきた。
分かってきた――と言っても、倉庫の中にはほとんどと言っていいほど物が無い。
何も置いていなかった。
それが逆に不気味でもあるのだけれど……。
と、
「――っ……ぐすっ……」
倉庫のどこからか、泣き声……のような声、音が聞こえてきた。
僕はそんな音を出していない。
となると――。
僕は暦を見る。
「……私が泣くような女に見える?」
「ですよねー」
今の暦が泣くとは到底思えなかった。
最近泣くのは――泣かされているのは、基本、僕だった。
僕はそう返しながらも、大学時代、僕のことで泣いてくれた暦を思い出す。
若かったな……あの頃の僕達は。
君の心へ続く長い一本道は――BGMは『青春の影』だな。
っと、こんなことを考えている場合ではない。
僕は辺りを見渡す。
暗闇に目が慣れたからと言って全てを見通せるわけではない。
僕は声のする方へと慎重に近づく。
そしてその、近づいた先には――
「……え、誰?」
僕の知らない子供達がそこにはいた。
子供『達』――そう示す様に十数人の子供達が僕の眼には映った。
「どうしたの、あなた」
後から暦もやってくる。
僕は子供達を手で示す。
「優と同じで攫われた子供たちと言うところかしら」
その光景を見た暦がそう分析する。
「かもね」
優以外にも攫われたとみられる子供達がいた。
となると、ここに集められた子供はどこかに売られると考えていいのかもしれない。
それにしても、この平成の世にそんな時代遅れな事をやってのける奴がいるなんて。
なかなか大胆な奴だ。
と、
「……ママ?」
僕は聞きなれた声を耳にした。
そう、それは天使の声。
マイエンジェル、優の声――
「ママー!」
優は子供達の中にいた。
暗がりで見えなかったようだ。
優は走って暦の腕の中へと飛び込んだ。
無事でよかった――と思う反面、『パパ』と呼んでくれなかったことに対してちょっとジェラシーを感じてしまう僕って……と思ってしまう自分!
僕は頭を振って自分を戒めた。
「あ、パパもいたんだ!」
「……うん、いたよ」
純粋な目で……そう……言われた。
素で……僕が居るのに……気付いて……いなかった……らしい。
……悲しい。
……とても。
「優、怪我はしていない?」
暦が優と目線を合わせ、身体を触り確認しながら訊いた。
「うん、どこもいたくないよ」
「ならよかったわ。……ところで後ろの子達は?」
「よくわかんない。優がここにきたときからいた」
「そう……。みんなも怪我はしていない?」
暦が他の子供達に言った。
するとみんな一様に首を縦に振った。
どうやら誰も怪我はしていないようだった。
ここで僕は改めて子供達を見てみる。
皆、年齢は4歳から6歳といったところだろうか。
まだ『子供』の年齢の中でも幼い部類だ。
そんな子達が多数誘拐された。
そして場所は港の倉庫。
本来ならここで警察に連絡してしまいたいところだが……。
と、
「だ、誰だ!」
僕達の後ろからそんな怒鳴り声が響いてくる。
子供達が固まる。
僕は子供達を守るよう前に出て相手を確認する。
暗がりで鮮明には相手の姿を視認できないが、ぼんやりとなら分かる。
「そちらこそどちら様だ、そこの小太りの眼鏡!」
「え、丁寧?失礼?」
僕の高らかな物言いに相手は混乱していた。
相手の容姿は僕の言った通りの小太りの眼鏡。
年齢は――大まかにしか分からないけれど大体30代後半から40代前半と言ったところ。
「――ってそんなことはどうでもいい!後で覚えていろよ!」
「……前後の文脈ちぐはぐだよ」
「う、うるせえよ!」
僕がぼそっと言った独り言が聞こえてしまったようだ。
隣で暦が『ベネズエラ?』とか言っているけれど……酷い聞き間違いだ。
……いいや、触れないでおこう。
「とにかくお前らは誰なんだ!」
相手が殺気立ってきた。
まあ、見た目がそれ程強そうではないから殺気を出しても全然怖くない。
僕でもそうなのだから、暦が怖がるはずもなく。
僕は隣の暦を一瞥する。
「私達の正体?知りたかったら死になさい。そうしたら教えてあげても――良いかどうか考えてあげる」
「教える気が一切ない!?」
無慈悲にも程があった。
死んでようやく考えはじめるのか……。
そしてこの小太り眼鏡。
ツッコミの才能が少しあるかもしれない。
タイムラグなしでのツッコミはなかなかやる。
「考えてあげるだけ感謝して私を奉りなさい、崇めなさい」
「どれほどの待遇を求めているんだよ!キリストか!」
「あら、あんな居たかも分からない人を崇めるより、現実にいる私を崇めた方がどれだけ現実的かも分からないのかしら」
あーなるほど。
そういう考え方もできるか。
確かに、実際に実在したかも分からない人を奉って崇めて祈るよりは、現実にいる人にゴマ摺って接待してお願いした方が現実的だし確実に願いを聞いてもらえるだろう。
なんか納得しちゃったよ。
「まあ、何を信じようと勝手だけれど」
暦は『やれやれ』と言った表情で締めくくる。
「……なんなんだ、こいつらは」
一緒にしないで欲しかった。
「仕方がない。――お前ら!出てこいや!」
小太り眼鏡がしびれを切らしたように大声を出した。
「え、高田?」
僕のそんな独り言を無視するかのように、小太り眼鏡の声に呼び寄せられ、倉庫の出入り口から、わらわらと男達が這入ってきた。
どこに隠れていたのだろう。
僕達が入って来たときにはそんな人影は見当たらなかったのに。
さて。
その、敵の人数は20人といったところだろうか。
各々の手には皆、鉄パイプやバット、ヌンチャクなどを持っている。
行き過ぎた感がある人だとチェーンソーや高枝切りバサミを持った人もいる。
……高枝切りバサミ?
『さあ~今日の商品はこちらぁ!』と、甲高い声の社長の声が頭をよぎったがこの際は置いておこう。
「その豚達は?」
さらりと毒舌を吐く暦。
「豚じゃない!こいつらは俺が集めた精鋭部隊だ。……ここを見られたんだ、生きて帰れると思うなよ?」
ニヤリと汚い笑みを浮かべる小太り眼鏡。
しかし暦は動じなかった。
「別にあなた達のアソコに興味はないし見てもいないのだけれど……。急に下の話をされても困るわ」
「『アソコ』じゃねえよ『ここ』って言ったんだ!この現場って意味!誰がこの局面で下ネタ言うか!」
「だってあなたの顔が既に下ネタじゃない」
「どういう意味だ!」
僕と暦と子供達を囲むように集まる男達。
「だって、あなた。どうする?」
こんな状況にも拘わらず毒舌を吐ききった――いや、まだ吐きたりないと言う顔をした暦が、淡々と無表情で僕に尋ねる。
「もちろん生きて帰るに決まっているじゃないか」
僕は小さく笑って言った。
「そう。じゃあ、あなたはここで待っていて」
「え、ちょ!なんでさ」
暦はさっと僕と子供達の前に出た。
どうやら1人で戦うつもりらしい。
僕が止めると、暦は言う。
「あなたは未来を視るという能力があってこその無敵でしょう。でも、私はその能力を使ってほしくないもの。だからあなたはここで待っていて」
なんとも理路整然とした理屈ではあるけれど、僕はこれを飲むわけにはいかなかった。
「いやいや、ここは娘と子供達の前なんだ。少しは格好つけさせてくれても良いんじゃないかな?」
「嫌よ」
暦はきっぱりと且つすっぱりと僕の言い分を切り捨てた。
そして優を一瞥して暦は言葉を続けた。
「私は、あなたと優とで出来るだけ長く暮らしていたいの。幸せな時間を長く感じていたいの。あなたが能力を使えば、例え僅かでも代償を支払わなければならないじゃない」
代償。
暦が、僕に能力を使わせたがらない理由がこれだ。
僕の眼の能力を使うと、僕の命を削ることになる。
つまり暦達と一緒にいられる時間が削られるのだ。
それを、暦は、嫌う。
――いや、怖がる。
「その意見には概ね同意するけれど、男親というもの、やっぱり娘の前では頑張っている姿を見せたいと思ってしまうんだよね。うーん……意地なのかな?理屈とか抜きで」
僕だって命を削りたくはない。
出来る限り長く、暦と優の傍に居たい。
そんなものは当然だ。
けれど、子供が出来て――優が生まれて、今まで無かった感覚が芽生えた。
好きな子の前で格好つけたいという気持ちに似ているけれど違う――そんな感覚なのか……。
形容しがたいそんな感覚、気持ち。
暦は僕の言いたいことを理解してくれたのか、
「……仕方がないわね。分かったわ。ただし、無茶は禁物よ」
と、言った。
「それはもちろん」
「相談事はもう良いのか?」
小太り眼鏡が言った。
「ええ。――じゃあ、行くわね」
暦は一気に走りだした。
「さて、僕も――」
僕は右眼に指をかける。
そして、そっとコンタクトレンズを外した。
外した瞬間、未来の情報が脳へと流れ込む。
激しい頭痛が襲ってきたが、ぐっと痛みをこらえる。
「(――よし、そろそろ……)」
僕は1秒程で眼を閉じる。
1秒でも10分先の未来まで視ることが出来る。
「優、パパの活躍をしっかりと見ているんだぞ」
僕はそう言って暦の後を追った。
*****
暦は既に、蝶のように舞い、蜂のように刺していた。
相手の攻撃をさらりとかわし、その隙をついて的確に急所を抉るように痛めつける。
既に暦の足元には2、3人の男が転がってもがき苦しんでいた。
まだ数秒しか経っていないのに……。
さて、そろそろ暦には歯が立たないことを理解して、僕の方に敵が来るころかな。
「くたばれ、オッサン!」
僕に向かって、高枝切りバサミを持った男が走りこんでくる。
まあ、分かっていたことだけれど。
男は高枝切りバサミで僕を突いてくる。
「――っと」
僕はそれを左に回りながらかわして、その回転の勢いを利用して裏拳を相手の顔に叩きこむ。
「がっ!」
相手は白目をむいて倒れた。
脳震盪かな?
そして同時に僕は思った。
……裏拳はやめよう。
意外と手が痛かった。
「慣れないことはするものじゃないな」
さて。
今の僕の攻撃は、僕の視た未来にはない出来事だ。
つまり僕が攻撃したことで未来が変わった。
そのため最初に視た未来とは既に違う時間軸に僕達は居ることになる。
だから僕はもう1度未来を視るために今まで閉じていた右眼を開ける。
……また1秒で良いかな?
眼を開けると痛みが頭を駆け抜ける。
「――――」
そして1秒して眼を閉じる。
「――じゃあ、第2R開始っ!」
僕は敵へ向かって走った。
*****
10分後。
僕と暦は、死屍累々の男達の中、立っていた。
まあ、ほとんどは暦が倒したんだけれどね。
「お疲れ、暦」
「『お疲れ』――と言われる程疲れてはいないのよね」
「…………」
ちなみに僕は割と疲れている。
割と、というより結構。
言わないけれどさ。
「さてあなた、この後どうしましょう」
「うーん、そうなんだよね」
警察はまだ、ごたごたを解決できていないのか分からないが、未だに警察に連絡が出来ない状態が続いていた。
本当にどうしたらいいのだろうか。
ずっとこうしている訳にもいかない。
優以外にも親元に帰さなければならない子供達が居るのだから。
「ん~ん~!」
「うるさいわね」
(ドシッ)
暦は地面に転がる呻く物体――最初に僕達に声をかけた小太り眼鏡――を蹴りつけた。
この小太り眼鏡は暦の提案により倒してしまわないで身体を縛り、口に猿ぐつわをさせている。
警察の方が解決して引き渡す際に喋れる人間が1人は居た方が良いと判断したからだ。
「ん~……」
男は恍惚の表情を浮かべた。
気持ち悪かった。
縛られた時から妙に鼻息が荒いとは思っていたけれど、どうやらそっち系の人らしい。
……いっそのこと気絶させた方が良いのだろうか。
意識が無ければ快感もなにも感じないだろうし。
と、
「う、動くな!」
子供達の居る方向から、野太い男の声がした。
明らかに子供の発する声ではない。
僕と暦が振り向く。
そこには子供――優の首筋にナイフを突き付け人質に取った、傷だらけの男がいた。
まだ動けるやつがいたのか。
「優っ!」
僕が慌てて駆け寄ろうとする。
しかし、
「動くなと言っただろう!」
男の荒い声に僕は足を止める。
……不覚だ。
10分以上経ってしまっているから、現在はさっき視た未来よりも未来に位置することになる。
この状況は視ていない。
予想外だった。
「そんな事をして、これからどうしようと言うのかしら。もう状況は詰んでいるのよ?」
相手を諭すような口調で言う暦。
確かに状況はこれ以上動くことはないだろう。
仲間は全員倒れ伏している。
たった1人でどうにか出来る状況ではない。
「どうしようもないのはお前らの方だろう?警察にも通報できずにいて手をこまねいている。違うか?」
「……あなた達が?」
暦の動詞も何もないこの言葉でも僕と相手には通じた。
つまり――
「ああ、そうだ。今日のこの誘拐の為に警察のシステムをクラックした。誘拐事件は個人ではどうする事も出来ないから必ず警察の手が必要になる。しかしその警察が機能しなかったら?そうなれば誘拐は簡単だ」
と言うことだ。
警察のシステムをクラックして通報できないようにしたのはこいつらだったわけだ。
確かに有効な手だ。
現に面倒臭い状況になっているし。
と、僕は相手の手元が震えているのに気が付いた。
あいつ……あんなに震えていたら、優の首筋にぴったりと当てているナイフの刃が!
優の肌が傷ついてしまうじゃあないか!
僕は相手を指さして叫ぶ。
「優の肌に傷を付けたら北朝鮮の金さん一家に言ってテポドンをお前に打ち込んでもらうからな!」
「お前は金さん一家とどういう知り合いだよ!」
「友達だ!」
「嘘だ!」
「……うんまあ……嘘だけれど。嘘だけれど!だからどうしたあああ!」
僕達が叫びあっていると、
「あなた、相手を興奮させないで。それこそうっかり優に傷を付けてしまうかもしれないわ」
暦が小声で僕を嗜める。
確かに暦のいう通りだ。
「ん、ごめん」
「それにしてもどうしようかしら。あなたの能力――は役に立たないし」
「まあ、確かに……。でも一応視てみようか」
僕はそう言って右眼を開いた。
大量の映像情報が脳に流れて、溢れる。
「――っ!」
僕はすぐに右眼を閉じた。
1秒も経っていない。
「どうかしたのかしら?」
不審に思ったのか暦が尋ねる。
僕は相手の男に悟られないよう無表情で――それでも心の中で小さく笑って答えた。
「優は助かるよ。――あと10秒で」
どーも、よねたにです。
あと1部ですね。
この先の展開が読めてしまう方もいるかもしれませんが読んでいただければ幸いです。
あ、最後の1部の他にエピローグ的なものも書けたら書いてみようかなと思っています。
まあ、書けたらですけれど。
では、また。