第61話 子供はやっぱり親に似てしまうものなのかもしれないと僕は思う(part4)
「困ったわね……」
暦は珍しく焦った声音で、誰に聞かせるでもなく呟くように言葉を漏らす。
時刻は夕方。
陽が既に傾いて沈みかけている。
優が居なくなったことに気がついた僕達はすぐさま辺りを捜索。
そして、優が一人で行くことが出来るであろう場所に片っ端から電話をかけた。
それでも――それだけのことをしても優を見つけることは出来なかった。
子供の足ということも考えると、僕達が捜索した範囲以上まで歩いて行ってしまうことは考えにくい。
となると――
「僕の優が可愛い過ぎるあまり……誰かが誘拐……?」
「動機は分からないけれど、その可能性が高くなったわね。あと優はあなたのものではないわよ」
急に落ち着いた暦が同意とツッコミを入れる。
「随分と落ち着いたね。さっきまでは割と取り乱していたのに」
「自分より取りみだしている人を見ると逆に落ち着いてくるのよ」
……僕のことか。
まあ、確かに一回落ち着いた方が良いのかもしれない。
焦っていてもどうしようもないし。
「誘拐の可能性が出てきたし、警察に連絡した方が良いのかな」
「そうね」
僕はスマートフォンを取り出して110番に連絡する。
と、ふと思う。
僕、初めて110番に電話するんだなあ……。
なんとなく感慨深いものがある。
そう言えば『110』になった理由は、『国民に覚えやすい番号』『誤報が少ないように番号を3桁にする』『(当時はダイヤル式の電話だったため)ストッパーまでの距離が短い番号にする』という理由らしい。
色々と考えられている。
そんな事を脳裏で考えつつ電話の呼び出し音を待つ。
しかし――
「あれ、繋がらない」
どれほど待っても繋がる気配を見せなかった。
「繋がらないってどういう事よ」
傍で暦が言う中、僕は画面を確認する。
『110』
間違いない。
「分からないけれど……」
僕がそう言うと、暦も自分の携帯電話を取り出して110番をプッシュする。
しばらく耳に携帯を付けていたが、
「……確かに繋がらないわね」
僕と同じ結果に終わったようだ。
「――仕方がない」
僕は、電話帳を開いてある人物の電話にかける。
出来れば避けたかったけれど、この緊急時にそんな事は言っていられない。
数回のコール音の後、その人物は出た。
いつもの定型文句と共に――。
『……合言葉は?』
「……疾風の桜吹雪が闇夜を駆ける」
娘が攫われた父親が何を言っているんだと思い、体中を脱力感が駆け巡った。
『その合言葉は久寿米木か。どうした――と言いたいところだが、今取りこんでいてな。なるべく早く用件を済ませてくれると有難い』
「珍しいね。五十嵐が忙しいなんて」
『……さりげなく失礼なもの言いはスルーしてやる。で、用件はなんだ?』
どうやら本当に忙しいらしい。
いつもならばもっと厨二臭い言いまわしでねちねちと絡んでくるところなのに。
まあ、今の僕からしたら逆にありがたい。
僕は早速本題に入る。
「今、娘が誘拐された――多分」
『何!?それは本当か!?』
五十嵐はまるで自分の娘が誘拐されたかのように驚いた。
五十嵐のこういうところは……嫌いじゃないな。
五十嵐のその反応の後、僕は端的に状況を説明する。
「ああ。公園にいたんだけれど、いつの間にか居なくなっていて……辺りを隈なく探したり知人に電話をしたりしたんだけれどそれでも見つからなかった」
『……そうだな。子供の足でお前達が捜索出来る範囲の外に出られるとは考えにくいしな。十中八九間違いないだろう』
僕達が考えた事とほとんど同じだった。
ほぼ誘拐で決まりだろう。
「現職の刑事がそう言うなら間違いないんだろうな……。それでさっき警察に連絡しようと思って110番に電話したんだ。でも、何故か繋がらなかったんだ」
『…………』
五十嵐が無言になる。
珍しい反応だった。
「それで五十嵐に直接電話したと言う事と次第なんだけれど……」
『久寿米木、その事については朝軽く触れたと思うのだが、あまり多くの人に触れて回らないで欲しい』
「……は?」
『朝言っただろう。警察のデータベースから通信網まで全てクラッキングされたと』
「アレ本当だったのかよ!」
てっきりいつものご病気の発作かと思ったよ……。
っていうかこんなところで伏線を回収しないで欲しい。
本当に。
『今は警察の上層部が各メディアにも報道規制を敷いている最中だ。これが世間に知られると混乱が広がってしまうし、このチャンスに犯罪が多発してしまうからな』
「まあ、そうだな……」
五十嵐の言う通りだ。
警察が出動できないと言うことが世の中に知れ渡れば、犯罪者予備軍たちが一斉に動き出すことになるだろう。
『そう言う訳で今、警察は手を貸せそうにもない。無論、俺もだ。早急にこの事態を収拾しなければならない』
「……そうか」
五十嵐の語気からは本気さがうかがえる。
『……親友の危機に何もできないなんて、刑事として歯がゆい思いではあるが、公務員としては『小』の為に『大』を捨てるわけにはいかない』
「分かっているよ。だから気にするな」
『ただ、警察も犯人の目星をつけて対抗策に打って出る。なるべく早く決着を付けるつもりだから終わり次第すぐに俺も向かう』
「了解」
『では、通信終了――』
五十嵐との電話はそこで切れた。
僕がポケットにスマホを収納すると、隣に立っている暦が僕に言う。
「誰に電話――って聞くまでもないわね。『疾風の桜吹雪が闇夜を駆ける』なんて言う相手は決まっているし」
「まあ、ね」
暦は大学時代は五十嵐のことを知らなかったのだけれど、僕と暦が結婚する際の結婚式に五十嵐を呼んだことから知り合いと呼べる程度の関係になった。
まあ、暦も五十嵐に対して『面倒な人種だな』という認識は僕と共通ではあるけれど。
「それで、何故110番に連絡できなかったのかしら。電話の受け答えを見ている限りでは答えが分かったようだったけれど」
暦が腕組みをして僕に訊く。
「ああ。あまり大きな声では言えないんだけれど――」
僕はそう前置きをしたうえで、
「警察内部がクラッキングされたんだって」
「クラッキング?コンピュータネットワークに繋がれたシステムへ不正に侵入したり、コンピュータシステムを破壊・改竄するなど、コンピュータを不正に利用する、あの?」
説明口調、ありがとうございます。
ちなみに『ハッキング』は、コンピュータやソフトウェアの仕組みを、研究・調査する行為だ。
という訳で実は『ハッキング』に悪い意味はそれほどなかったりする。
『クラッキング』と『ハッキング』の違いは、悪意があるかないか――その違いなのだ。
「そのせいで通信網も途絶えているらしい」
「なるほどね。――それはすぐに復旧するのかしら?」
「五十嵐は解決次第向かうとは言っていたけれど、具体的なことは分からない」
「そう。……では仕方がないわね。私達でどうにかしましょう」
「そうだね」
警察が復旧するのを待っていても埒が明かない。
だったらその間、自分達で出来ることをする方が賢明だろう。
僕は暦の考えに即、賛同する。
しかし、僕には懸念事項があった。
それは――
「でも、残念だけれどこの場合、僕の能力はどう頑張っても活用できないと思う」
僕の『眼』の能力――『予知』は今回のようなケースではほとんど役に立つ場面が無い。
そのため、期待されても答えることが出来ない。
僕はそう思って暦に言った。
しかし、それは無駄なことだった。
「あなたのことは最初から考えていないわ。明らかに今回は無能だものね」
「……そう」
結構きついことを言ってくれるじゃないか。
とはいえ――これも一種のツンデレ……なのかもしれない。
僕の能力には代償がある。
それを暦は嫌悪している。
だから僕の能力を使おうとは考えない。
けれど、それをそのまま言うと多分暦は照れてしまうからきつい言葉のオブラートで包んで僕にぶつけるのだろう。
全く……可愛いな、暦は。
「何よ、その眼は」
僕の考えが『眼』に出ていたようだ。
多分『慈愛の眼差し』とかそんな感じだったのだろう。
それを感じ取った暦が白い眼を向けて来る。
僕は暦の言質を取って、
「ん?今回はただの無能な『眼』だよ」
と、答えた。
「――そう」
釈然としない、何か言いたい――そんな面持ちの暦だが、今はそんなことで言い争っている場合ではないため、それだけ言って、バッグから電話を取りだした。
どこかに連絡するようだ。
「誰に電話?」
「私の部下よ」
携帯電話を操作しながら答える。
「部下?――って言うと探偵事務所の?」
「そうよ。と言ってもその人には本職があるからあくまで探偵事務所の方は暇なときに手伝ってもらっているだけなのだけれど」
探偵事務所繋がりで暦の部下――それでこの状況で役に立つ――
「……ああ、なるほどね」
僕は理解した。
「分かってもらえて何よりだわ」
暦はそう言って、電話の相手を呼びつけた。
そして、同時に夕日が沈んだ。
辺りを闇が多い包む――。
……あれ、なんか厨二臭くなっている?
五十嵐の影響か!?
どーも、よねたにです。
キリが良いのでここで今回は切ってみました。
短くてすみません……。
そして、予定より話数が多くなりそうです。
まあ、短く切りすぎているからなんですけどね。
では、また。