第60話 子供はやっぱり親に似てしまうものなのかもしれないと僕は思う(part3)
20分程で、僕と暦は飲み物を買って公園に戻ってくることが出来た。
母親達は未だに旦那の愚痴をこぼしていて、その子供達と優は砂場で仲良さそうに――味方によっては優が男の子達を侍らしているようにも見えるが――遊んでいる。
うーん、優の将来が不安になる。
いや、優は良い子、良い大人に育つと思っているけれど、あの姿を観てしまうと……その自信が揺らいでくると言うか。
近いうちに暦と教育方針を相談しよう。
「では、私はお母さん達に差し入れをするから、あなたは子供達にジュースを持って行って頂戴」
「まあ、妥当な分担だよね」
僕はあの奥様オーラの漂う中に単身突入していく勇気とガッツは持ち合わせていない。
そして早速僕達は行動に移した。
「みんな、ジュース買ってきたから1人1本ずつ取ってね」
僕が子供達に向かって呼びかける。
「わー!ありがとう、パパ!」
一番最初にやってきたのは優だった。
満面の、公園内のまだ咲いていない花が一気に咲き誇ったかのような、そんな笑みで――。
……可愛すぎるっ!
それに釣られてか、愛娘に群がる野郎共――もとい男の子達もやってくる。
「ありがとうございます、おじさん」
「わざわざすみません、おじさん」
「え、えーと、ありがたく頂きます、お兄さんっ」
幼稚園児とは思えない大人びた対応をする男の子達。
しかし、1つ言いたいことがある。
――僕はまだ20代だ。
ぎりぎりとはいえ20代だ。
『おじさん』なんて不名誉な呼び方で呼称される筋合いはまだないと思う。
というか断じてない。
まあ、最後の子は気を使ってくれたのが見え見えだけれど……うん、良い子だ。
優用で買ってきたちょっと高価な、果汁100%のジュースの中から選ばせてあげよう。
他の奴は果汁3%のものから選んでもらおう。
「残さず飲むんだよ」
僕が子供達にジュースを渡し終える。
ふと気になって、暦はどうしているのか視線を向ける。
「どうぞ、差し入れです」
暦が奥様方に差し入れをしていた。
どうやらあちらは今からのようだ。
「あらー、わざわざごめんなさいねっ!」
「気を使わせちゃって悪いわねっ!」
「幾らだった!?私、払うわよ!?」
数十mか離れているこちらまで聞こえるような甲高い大きな声で口々にお礼を言っている。
口調は上品な感じなのだけれど、声の大きさがあまりにも下品なレベルの為打ち消してしまっているような気がする。
『奥様』というより『関西のおばちゃん』の方が適切で近いかもしれないなあ……。
「お母さん達がうるさくてすみません……」
さっき気を使ってくれた男の子がまたもや気を使ってくれた。
表情は、本当に申し訳なさそうだ。
「いいよ、気にしなくて。今からそんなに気を遣いすぎると禿げちゃうよ?」
僕は冗談めかして言うと、
「はははっ……こういう質なんで仕方がないんです。多分遺伝ですね。お父さんも、なので。それに禿げるだけなら良いですよ。僕のお父さんなんか胃に穴が開いたことがあるんですから」
「そ、それはご愁傷さま……」
なんで僕は幼稚園児――優と同じ4歳児と昼休み休憩中のサラリーマンみたいな会話をしているんだろうか。
「ん?みんなまた遊び始めたね。――僕はまたベンチで座っているから、いいよ、行ってきたら?」
僕は会話を切り上げて、男の子に『遊んだら?』と暗に言ってみる。
と、
「いえ、ちょっと疲れていたところなので、もう少しのんびりしています」
4歳児がする様なことではない、苦笑交じりの笑みを浮かべる男の子。
「そ、そう……」
僕はたじたじになりながらも、かろうじてそう返すことが出来た。
そして僕達はベンチに隣り合って座った。
僕はとなりに座る男の子を改めてみる。
子供ながら、将来イケメン様になるだろうと予感させる利発そうな顔。
手入れの行き届いたさらさらヘアー。
服なんかの色づかいも行き届いている。
……うーん、最近の男の子ってみんなこんななのか?
本当にお洒落で、落ち着いていて、大人だ。
これで幼稚園せいなのだろうか。
黒ずくめの男達に妙な薬でも飲まされて身体だけ縮んでいたりしても、僕は驚かないんだけれど。
「どうかしましたか?」
男の子が、座高差があるため僕を見上げるようにして言った。
澄んだ瞳が僕を移す。
こんな目で『あなたのことが嫌いです』とか言われたら1週間何もする気が起きなくなるだろう。
「い、いや。なんでもないよ」
僕はとっさにそう言った。
「そうですか」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
「……………………」
「……………………」
話題が無い!
相手が4歳児ならそりゃそうだって話ではあるんだけれど、本当に話題が無い!
普通なら幼稚園児と沈黙が続いたってどうってことない。
でも、この男の子相手だと沈黙が辛い!
「優ちゃんって――」
「え?」
ふいに男の子が、視線を優達に向けたまま話し始めた。
僕も優を見つめて、男の子と視線を合わせないまま言った。
「優ちゃんって可愛い女の子であると同時に不思議な女の子ですよね」
「可愛いのは当然だけれど……不思議?」
「たまに、これから起こることをズバリ言い当てたりするんですよ」
「…………」
僕は言葉を出せなかった。
男の子が立て続けに言う。
「予知能力とでも言えば良いんですかね。まるで未来を知っているような」
「予知……」
僕は口の中でその言葉を噛みしめるように反芻する。
「例えば、幼稚園でサッカーを僕達がしている時、他の男の子に『顔、気をつけてね』って言うんです。するとそのサッカー中、優ちゃんが気を付けてって言った男の子の顔にボールがぶつかったんですよ」
「へ、へー」
「それに似たことが何度かあったんですが……まあ、偶然と言ってしまえばそれまでなんですけどね」
そう言って苦笑する男の子。
確かに偶然と言ってしまえばそれまでだ。
『何回』かの偶然なんてありえないわけではない。
ただ――。
ただ、僕が父親であるという事実が関係しているのかどうか……。
「優ちゃんのお父さんはどう思いますか?」
男の子はそう言って僕の顔を覗き込んだ。
何気に『優ちゃんの』とつける辺り、本当に気を使う質なんだなと思う。
ってそんな事を考えている場合ではない。
この男の子は、まるで僕が未来を見ることが出来るのを知っているような――そんな様子だ。
それを知っていて、あえて知らないふりをして僕を揺さぶっている――ようにも見える。
なんなんだ、この男の子は。
僕が良いあぐねていると、
「そちらが言わないのであれば僕の方から言いますね。多分優ちゃんのお父さんは僕のことを不審に思っているはずです。幼稚園児とは到底思えない、とか」
「…………」
その通りだ。
この子は心でも読めるのだろうか。
「とりあえずその沈黙は肯定として受け取りますね。――答えから言ってしまえば僕は普通の幼稚園児、4歳児ではありません。僕にはある特殊な能力が備わっています」
「特殊な――能力?」
僕は『能力』という単語に反応してしまう。
その反応に対して男の子は一瞬笑みを見せた――様な気がした。
男の子はそんな僕の思考に関係なく話を続ける。
「眼に、です。――いえ、正確に言えば眼と脳、ですかね」
「……眼」
『能力』という単語に、今度は『眼』という単語まで出てきた。
僕は否が応でも手に汗を握ってしまう。
男の子は一瞬溜めを作ってから一気に語る。
その、自分の能力を。
「僕の眼は大量の情報を瞬時に読み取ることが出来ます。例えば本。本を読む時は1行ずつ読みますよね。僕の場合は違います。一瞬――瞬きをする時間だけでも眼にすれば内容を理解できます。そして先ほど『脳』と付け加えたのは、この能力のせいか分かりませんが、僕の脳は通常よりも記憶に特化した脳なようで、一回記憶してしまえば忘れることはありません。瞬間記憶とでも言いましょうか。そのおかげで、僕はこの年にして大量の情報を得ています。それで普通の4歳児とはかけ離れた言葉遣いや言動になってしまいました」
再び苦笑する男の子。
最初は違和感しかなかった幼稚園児の苦笑が、今はすんなりと受け入れられてしまう。
僕は、直感的に『嘘ではない』と感じた。
「――ああ、あの2人は普通の子供ですよ。ただ僕と居る機会が多かったせいか、僕の影響を多少受けてしまって、普通よりは少し大人びた言動をする子供になってしまいました」
「なるほど」
僕は納得した。
さっき飲み物を渡した時、この子以外気を使ってくれなかった。
その理由はこういうところから起因するのだろう。
「ちなみに、もう1つ付け加えるならば、このことは僕以外に知っている人はいません」
「両親も?」
「両親も、です。なので両親の前では子供らしく振舞っています」
僕は賑やかに話を繰り広げている奥様方の方へ視線をやる。
まあ、どれがこの子の親なのか分からないけれど。
「そんな事を、どうして僕に?」
「優ちゃんのお父さん――あなたも僕と似たような人間だと思ったからです」
打てば響くタイミングで返す男の子。
そしてさりげなく僕の呼び方を『優ちゃんのお父さん』から『あなた』に変えた。
「…………」
僕は言葉を失った。
「……その右眼、どうしたんですか?」
「――――」
「見えていないわけではありませんよね。視力を失っている人だと眼の動き方で分かります。あなたはきちんと左眼と連動して動いていますよね。でも右眼は視えていない。となるとあえて視えないようにしている。……コンタクトレンズですか?」
この男の子相手に逃げられる気がしない。
僕は諦めることにした。
「……はあ。すごいね、君は」
「恐れ入ります」
「4歳児の姿で『恐れ入ります』って……たまらなくシュールな光景だよ」
「話を逸らさないでください」
「別に逸らそうと思ったわけじゃないんだけれど……そうだね。君だって僕に重大なことを話してくれたんだし僕も話さないと対等じゃないよね。――ここまで来たから言うけれど、君もうすうす感づいているかもしれないけれど、僕は――僕の右眼は未来を見ることが出来る」
「――未来、ですか」
男の子は驚愕したような表情になった。
正直この反応は僕としても予想外だ。
「あれ、予想と違った?」
「……別に何かを予想していたわけではないですけど、そんなファンタジーな能力だと思う訳ないじゃないですか」
「そういうもの?」
「そういうものです。――あなたの能力が未来を視るものだとすると、優ちゃんも……?」
僕の表情をうかがうように男の子は僕に尋ねる。
「まだ分からない。さっき言っていたことだって偶然だとも考えられる。結論を出すのは早いと思うよ」
もしも、優が僕と同じような能力を持っていたとしたら――。
僕は優に、とても重いものを背負わせてしまったことになるのかもしれない。
出来ればそんなことになっていて欲しくない。
僕と同じような経験をしてほしくない。
「……そうですね」
男の子は、僕がなにか思うところがあるのを感じたのか、それだけ言った。
と、
「とおるくーん!」
優がこちらに向かって手を振っている。
「とおるくん?」
僕は隣の男の子に視線を移す。
「申し遅れました。僕は市川透と言います」
男の子はベンチから立ち上がり、僕の正面に回ってそう言った。
「透くんね」
まあ、『ぽい』って言ったら変だけれど、『透くん』ぽい。
「では、優ちゃん達に混ざってきます」
透くんは笑顔で――初めて見たかもしれない、子供らしい笑顔で言った。
それを見て僕は、
「……一緒にいて楽しい?」
「え?」
「だって4歳児くらいだったら普通、『うんこー』とか『はなくそつけるぞー』とか『おまえのかーちゃん、ふぉあぐらああぁ』とかっていうものでしょ?」
「……最後のは別に悪愚痴じゃないですよね。言い方の問題であって」
「まあ、意味を知らない幼稚園児が悪愚痴だと思って言いそうかな、と思って」
僕は透くんのその顔を視て、聞いていいか迷ったものの思い切って聞いてみた。
透くんの中身はもう、大人と言っても過言ではない程成熟しているはずだ。
それなのにこんな幼稚園児と一緒になって遊んでいてつまらないのではないかと僕は思ったわけだ。
しかし、それは僕の杞憂に終わったようだ。
透くんは僕をまっすぐ見て、
「楽しいですよ。いくら知識があって言動が大人びていると言っても、所詮は僕も4歳児です。感覚は同じです。4歳児が楽しいと感じるものは僕も楽しいですよ」
「そっか」
透くんは、優が不思議な子と言っていたけれど、透くんも十分不思議な子だ。
大人のようなことを言ったと思ったら、こうやって子供っぽい表情もする。
僕はそう思った。
「では、優ちゃんのお父さん。遊んできます」
透くんはさっきまでの『あなた』という呼び方から『優ちゃんのお父さん』という呼び方に戻していた。
「ああ、行ってらっしゃい」
*****
時刻は夕方になり。
「楽しかったわっ!またね、久寿米木さん!」
相も変わらずでかい声で話すお母さん達。
「ええ。また今度」
暦がそう挨拶すると、奥様方は皆、子供を連れて一緒に家路に着いた。
最後に、透くんと眼が合うと律義にお辞儀をしてくれた。
最後の最後まで幼稚園児とは思えない行動を見せてくれる。
「疲れたわ」
暦が首を回しながら言った。
「お疲れ様」
「あの人達、普通に喋っても聞こえる距離にいるのに恐ろしく大きな声で話すから耳がおかしくなりそうだったわ」
確かに声は大きかった。
離れたこっちにも聞こえていたし。
「まあ、害があるわけじゃないし、そうカリカリしなくても……」
「え?なんて言ったのかしら?聞こえないわ」
「害・が・あ・る・わ・け・じゃ・な・い・し、そ・う・カ・リ・カ・リ・し・な・く・て・も!」
「害、出ているじゃない」
「あ」
弊害、ありまくりだった。
「全く……。折角話は面白いのだから、声のボリュームさえ押さえてくれれば」
「話は面白かったんだ」
めったに褒めない暦が面白いというのだから、かなり面白い話だったのだろう。
「愚痴だから盛り上がるのよ」
「…………」
「では、私達も帰りましょうか」
「そ、そうだね」
早く話を流したい僕は食い気味に言った。
僕達は公園を見渡して優を探す。
砂場、遊具の影、木々の周辺、公園外の道路。
が――
「あれ、優が……いない?」
いつの間にか優は公園から姿を消していた。
僕達が気がつかぬ間に――。
どーも、よねたにです。
完結まであと僅か。
色々と思うところもありますが、頑張って書いて行きますので残りも読んでいただけたらと思います。
感想、評価お待ちしております。
では、また。