第58話 子供はやっぱり親に似てしまうものなのかもしれないと僕は思う(part1)
僕がリビングでソファに座りテレビを観ていると、僕の隣で暦が絵本を愛娘に読み聞かせ終えた。
「――めでたしめでたし」
終わりの定型句を口にする暦。
それを合図に愛娘は大きな大きなあくびをする。
「……ママ、もうねむい……」
愛娘はもうお眠のようだった。
僕はちらりと壁にかかっている時計を一瞥する。
時刻は23:15。
子供――4歳児が起きているには少し遅い時間かもしれない。
正直僕だって少し眠い。
「そう。じゃあ、寝ましょうか」
暦は優しい口調で語りかけるように言った。
「うん。今のえほんのおうじさま、カッコよかった……」
愛娘は目を頻りに擦りながら、感想を呟くような声で漏らした。
それを聞いた暦が、
「そうね。私もそう思うわ。――あの王子様はみんなが困っている時でも――逃げられる時でも、逃げずに立ち向かっていたものね――」
一体なんの絵本を読んでいたのだろうか。
テレビを観ていたから全く内容を知らない。
僕が絵本を脳内で検索していると、暦がこう続けた。
「――まるでそこでだらけているパパみたいに」
「……パパ?」
暦、僕を持ち上げたいのか貶したいのか?
まあ、いつもの言いまわしと言えば言いまわしだけれど。
暦は僕を良いように言う時でも必ず、どうでもいい形容詞をつけたがる。
ツンデレだから仕方がないか……?
そして我が愛娘は首をかしげて僕を純真無垢な目で見つめる。
……どういう反応をしたらいいんだろうか。
目を合わせる?
そのままテレビを見続ける?
……後者にしておこう。
僕はなにも聞こえなかった――聞いていなかった風を装い聞き耳を立てる。
それを知ってか知らずか――恐らくこれも後者だろう――暦は一瞬ニヤッと笑う。
そして再び一瞬で元の顔に戻して、愛娘に言い聞かせる。
もう僕、どういう反応をしていいのか分からない。
「そうね。馬鹿なパパも昔は馬鹿なりに色々と悩んでいたのよ。でも馬鹿みたいに頑張って負けずに立ち向かって、最後はアホみたく勝ったのよ。だから――あなたもそういう人になりなさい」
『あ、もちろん馬鹿やアホまで真似する必要はないわ』と付け足す暦。
……まあ、いいや。
もう慣れた。
暦は愛娘頭に手をやり、髪をくしゃっとした。
愛娘は眼を細めて、
「……うん」
小さな声で呟いた。
『パパは馬鹿じゃないよ!』とか言ってくれるかとちょっと期待していたけれど、4歳児にそれを求めるのは酷だったか。
そして、それと同時に睡魔に勝てなくなったのか、ゆっくりと眠っていく。
相変わらず天使のような寝顔だ。
頬ずりをしたくなる。
しかし、それをする前に、暦は愛娘を抱きかかえて寝室へと消えて行った。
――ふむ。
……さっきの話。
僕は考える。
さっきの話は、漠然としていたが僕の『眼』の事なのだろう。
僕の『眼』が、未来を映し出すことで昔の僕は悩んだ。
いや、悩んだなんて一言でかたずけられない程、悩み嫌った。
人と違う――異質なこの眼を少なからず憎んだし恨んだ。
なんで僕が――幾度となくそう思った。
僕じゃなくても良いじゃないか。
僕が一体なにをしたんだ。
そう思った。
くじけそうにもなった。
眼を潰そうとも思った。
死のうかとも思った。
でも。
それでも、僕は立ち直った。
1人の力でではない。
1人ででは立ち直れなかった。
周りに助けてくれる人がいたから、僕は立ち直れた。
そして、人並みに幸せを掴むこともできた。
今、この瞬間のような、幸せを――。
僕のようにとは言わないけれど、愛娘にも、負けない人間になってほしい。
そう、心から思う。
「何を考えていたのかしら」
愛娘を寝室に寝かせてきた暦が、リビングに戻ってきて言った。
さすがに長い付き合いだけあって、僕の表情を見ただけで僕が何かを考えていると言うことが分かったようだ。
僕も『眼』のことで色々と悩み苦しみ――変わったと思うけれど、暦だって変わったよね……。
昔は子供なんて『どう接していいのか分からない』とか言って嫌っていたのに、今は一児の母だ。
それに伴って表情も優しくなった気がする。
まあ、僕には未だにツンデレが抜けないけれど、別にそれは良い。
全てが変わってしまったら、それは別人だ。
僕はちょっと不器用で、僕にちょっと冷たくしてしまう――でも優しい――そんな暦が好きだから。
「いや、少しばかり昔のことをね」
僕は自然と出た笑みと共に、そう言った。
*****
『――だから俺は警察内部に潜入したわけだ』
「就職だろ」
僕は今、大学時代の友人?である五十嵐と久しぶりに会話している。
会話と言っても電話だけれど。
今日は3月27日。
休日である。
時刻は9:40。
まだ午前中だ。
僕だってさっき暦が作ったちょっと遅めの朝食を自宅で食べたばかりだ。
今着ている服だって寝間着のままだ。
……休日だからこの時間で寝間着でも勘弁してほしい。
さて、遡ること今から10分程前。
暦が朝食の食器を洗い始めたころ、何故か五十嵐から電話がかかってきた。
今でも本当にたまに――ごくたまに電話をする仲の僕達。
僕は面倒臭いことになりそうだな、と思いつつ僕は電話に出てしまった。
……出てしまった。
そうしたら、挨拶もそこそこにいきなり警察批判が始まった。
いや、批判というか妄想じみていると言うかなんというか。
五十嵐が言うには、『刑事局長は北朝鮮と繋がりを持っている』だの『警察内部でバイオ兵器が開発されている』や『最近の凶悪事件は全て、地下に監禁されている凶悪的知能犯が解き明かした』らしい。
もう作家にでもなればいいのに。
そして冒頭の文に繋がる。
「そう言えば今どこにいるんだ?今日は休みだろう?」
僕は話を脱線させて少しでも普通の会話にしようとしてみた。
『今は警視庁内の自分のデスクにいる。休日出勤だな。そしてそのデスクに設置されている電話からかけている。電話代が勿体ないからな』
「税金を無駄遣いするな」
国民の皆様に申し訳ない思いだった。
代わりに謝罪。
そして五十嵐が僕に謝罪してほしい。
「というか、今更だけれど、よく警察に就職?できたな」
『そんなもの、やる気と元気と勇気と井脇があれば何でもできる』
「井脇は余計だろう」
一体今は何をしているのだろうか、井脇さん。
まあ、いいか。
というかそれ以前にやる気はともかく元気と勇気でどうにかなるものなのか……?
『まあ、気にするな』
「……そう言うなら気にしないけれど」
僕としても何が何でも聞きたい訳ではなかったから、ここで引いた。
まあ、その内、隙をみて教えてもらえそうだったら教えて貰おう。
『――ところでお前は結婚していたのだったな。最近はどうだ?』
と、五十嵐にしては珍しい話題が出てきた。
「結婚式呼んだだろう。忘れていたのか?」
一応五十嵐を結婚式に招待した僕だった。
優しいでしょう?
誰にも言ったりはしないけれど。
『そうだったな』
『はははっ』と笑う五十嵐。
こういう笑い方が様になる。
「にしても、珍しい。五十嵐からそんな色恋の話題が出るなんて」
と、僕は心の中で引っかかっていたことを吐露した。
僕としては五十嵐とは結構長い付き合いになるけれど、今の今まで一切そういう話を五十嵐から言いだしたのを聞いたことが無かった。
とうとう五十嵐にも春が来たのだろうか?
僕は五十嵐の答えを待つ。
すると、
『実は結婚することになった』
「…………」
春を通り過ぎて夏だった。
僕は声を出すことが出来なかった。
所謂絶句というヤツだ。
「え?」
僕は幻聴かと思い、聞き直す。
しかし、五十嵐の答えは、
『だから結婚するんだ』
変わらなかった。
あ、親戚とか?
親戚が結婚するってことか?
僕はそう思い尋ねてみる。
「誰が?」
と。
すると、
『俺が』
「折さん?」
『俺だ。五十嵐だ』
どうやら五十嵐本人が結婚するようだ。
五十嵐が、結婚。
まあ、普通に考えれば得に変なところはない。
僕――僕達はもう、20代も後半。
そろそろ身を固めてもいい時期だろう。
しかし、あの五十嵐だ。
顔は良くても、中身が厨二で煮詰められたような奴だ。
そんな奴が――。
「本当に?」
僕は最後に確認する。
『ああ』
なんという……ことでしょう。
未だに脳が追い付いていない。
え、五十嵐――厨二病患者が結婚?
さっき『刑事局長が北朝鮮と繋がりを持っている』とか『警察内部でバイオ兵器が開発されている』や『最近の凶悪事件は全て、地下に監禁されている凶悪的知能犯が解き明かした』って言っていた奴が、結婚?
相手は何患者だよ。
……いや、今はそんな事を考える前に、だ。
言わなければならないことがある。
「とりあえず、おめでとう」
僕は言った。
『ありがとう』
五十嵐も言った。
さて。
では、本題に入ろう。
「え、相手はどこの国の人?」
可能性①。
価値観の違う外人さんが結婚相手。
『……国際化の時代だからそういうこともあるだろうが、なんかこの場合は凄く馬鹿にされている気がするんだが?』
どうやら違ったようだ。
可能性②――
「今すぐ逮捕したら?ドラッグやっていると思うから」
ドラッグ使用者。
『そんなものはやっていない!』
では。
可能性③――
「結婚詐欺だから早く別れたら?」
『金は貢いでいない!』
これも違ったようだ。
では次に可能性④――
「その人生きている?」
『……お前は俺を祝福しているのか?さっきからけなされている気がするんだが』
「気のせい気のせい。英語で言うと『sylph』」
『それは『空気の精』だろう』
意外と英語が達者な五十嵐だった。
『相手は同僚だ』
「同僚って言うことは警察官?」
『ああ』
なんという……!
「え、刑事さん?」
五十嵐は列記とした刑事だ。
職場内の結婚ということならば、一番近いのは相手が刑事だ。
『いや。交通課の警官だ』
それは――。
ひょっとして『ミニスカポリス』という奴ではないのだろうか……!
うらやましい。
「今度、食事にでも行こう。4人で」
『ん?――ああ、いいぞ』
「僕と僕の奥さんと五十嵐と五十嵐の奥さんとで」
『ああ』
僕の楽しみが、出来た瞬間だった。
と、
『……ん?』
「どうした?」
(ザザッ……ザッ……)
五十嵐の声の後、突然ノイズが混じり始めた。
なんだろうか。
まあ、電話会社のトラブルというところだろう。
そんな事を考えていると、五十嵐が、
『くっ!クラッキングだ!』
「……は?」
僕は予想の斜め右上を軽く通り過ぎるような言葉に言葉を失った。
ここは映画の中のペンタゴンか。
『警察のデータベースから通信回線まで全てが何者かにクラックされた!』
「……あ、そう」
奥さんも大変だろう。
こんな厨二病患者と結婚してしまって。
一体何が良かったのだろうか。
今度会ったら絶対に聞きだしてやろう。
僕は堅く心の中で誓った。
『やばい!俺は仕事に戻る!では通信終了!』
「はい、お疲れ様」
僕はそう言って電話を切った。
朝から疲れた。
僕に『お疲れ様』と労って欲しかった。
窓の外を見る。
快晴だ。
雲1つない。
新しい朝――希望の朝――結構時間経っているけれど。
さて、着替えて公園にでも行きますか――愛娘と遊びに。
どーも、よねたにです。
最近時間が無くって……短いですが勘弁していただければと思います。
さて、最後のお話突入です。
気を抜かないよう頑張って書きますので読んでいただければ幸いです。
では、また。