第54話 期待していなくても貰えるなら貰えた方が嬉しいに決まっていると言っても過言ではないのだ(part2)
「はあ……はあ……はあ……」
僕は人目もはばからず、大学を急いで出て近所にある大型百貨店へと走っていた。
大型百貨店は駅と隣接していて、僕もよく利用しているため贔屓にしている。
最近はめっきりと行く機会が少なくなっていたが、まさかこんな展開で利用することになるとは思ってもいなかったが。
走ること約5分。
息を荒げながら腕時計に目を落とす。
現在の時刻は11:00。
午後から顔を出すと言っているためまだセーフの時間帯だ。
僕は百貨店に到着した。
「ふう……。クッキーでも買っておけば問題ないかな……」
そんなことを考えながら店の入り口まで来ると、そこには1枚の張り紙が。
「え……なにこれ」
そこにはこう書かれていた。
『本日は館内清掃の為休業とさせていただきます。誠に申し訳ございません。またのご来店をお待ちしております』
僕は何度も読み直す。
小学校だって立派に卒業したんだ。
読めていないわけではなさそうだ。
となると……。
「ば……ばんなそかな!」
うっかりバカみたいな言葉遣いになってしまう程、僕は焦っていた。
っていうかなんで今日!?
いくらバレンタインデーよりも浸透率が低いからって言っても、ホワイトデーだよ!?
稼ぎ時でしょうが!
ちなみに、後で知ったことなのだがこの館内清掃というのが行われた背景には、社長さんが視察で来た際に『この店は他の店よりも汚い』と言ったことにより行われたものだそうだ。
そう言った努力が常日頃から行われているのは大変いいことではあるが、全くこんな時期にやめて欲しかった。
「ここで……ここで立ち止まるわけにはいかない……!」
僕は折れかけた心を奮い立たせて再び走り出した。
今度向かうのは、これまた近所にあるケーキ屋だ。
そしてこれまた僕の行きつけでもある。
この店のケーキの特徴は甘すぎないところだ。
男の僕からしたら丁度いい甘さの為、ケーキと言ったら最近はこの店でしか買っていない。
そんな店にはケーキ以外にも様々は焼き菓子やチョコレート菓子なども取りそろえられていたはず。
この店ならば何を買っても失敗はない!
「ぐふっ……はあ……はあ……っ」
10分ほど走りとおした。
こういう持久力は僕にはないから正直きつい。
ちょっと鍛えようか……。
そんな事はともかくとして、ようやく目的のケーキ屋に到着した。
が――
「ばんなそかな!」
僕は再び10分前に口にしたセリフの再放送をしてしまった。
僕の目映るものは、
『定休日』
この3文字だった。
たった3文字……。
それによって僕の全力疾走の努力は水泡に帰した。
だがしかし、僕に立ち止まっている余裕はない。
僕は時計に目を落として確認する。
時刻は11:20。
午後に行くと言ってしまった手前、なるべく早く行きたい。
そして暦が僕を許してくれるであろう遅刻の範囲は、せいぜい1時間。
……仕方がない。
味は落ちるが、すぐ近くにスーパーがある。
そこでクッキーでもチョコレートでも手に入れよう。
獲物を持たずに的に立ち向かうよりは数倍マジだろう。
そんなことを思いながら、隣接するスーパーに入る。
するとホワイトデーのコーナーが出来ていた。
お、ラッキー。
ここで買えば――。
僕はすぐにそのコーナーに駆け寄る。
しかし――。
『売り切れ』
今度はその4文字が僕の脳内に刻まれる。
……なんだ?
一体何なのだ!
僕が一体何をしたって言うんだ!
「……本当に――本当に使いたくはなかったけれど……」
僕は最終手段を使うことにした。
本気でこの手段だけは使いたくなかった。
僕はおもむろにポケットからスマホを取り出して、ある相手に電話をかけた。
ちょっとだけ『出なければいいな』なんて思いながら――。
*****
(プルルルル……)
数回のコール音。
その後、
『……合言葉は?』
男の声が電話口から聞こえる。
うわー……。
出ちゃったよ……。
僕はそう思いながら、
「……疾風の桜吹雪が闇夜を駆ける」
恐ろしく恥ずかしい言葉を僕が吐く。
『疾風の桜吹雪』ってなんとなく被ってないか?とかそういう次元の話ではない。
もう意味が分からなかった。
もちろんこのシステムと合言葉を考えたのは僕ではない。
この電話の相手である。
『その合言葉は久寿米木か。何事だ?俺は今、世界経済について考えていて忙しい。全く……アメリカはいつもそうだ。自国の利益しか考えていない』
電話の相手は五十嵐潤一。
一応僕の友人である。
簡潔にこの人物について説明すると……。
見た目はイケメン、頭脳は厨二。
黙っていればショートヘアのさわやかイケメンなのだけれど、頭の中は訳の分からない組織から追われているとか、言い回しがくどい、面倒な人間だ。
「……こっちは緊急事態なんだ」
そして厨二チックな内容でないと話を理解してもらえない。
『なんだ。言ってみろ』
「えーと……」
『大学付近でおいしいお菓子を売っている店はどこ』と言うのをどう厨二言語に訳したらいいのだろうか……。
と、ここでどうして僕は五十嵐にそんな事を聞くのかと言うと。
……とにかくこいつはもてる。
見た目が良いからもてる。
そのため、良く女の子からお菓子をプレゼントしてもらっているので、おいしいお菓子の店を知らず知らずの内に熟知するようになったのだ。
とまあ、本題に話を戻そう。
さて、どう厨二言語に訳すか……。
僕は精一杯考え、考えた末――
「……僕を狙っている組織のボスがダチを人質にとってな……。身代金の代わりに旨い菓子を要求してきたんだ』
精一杯考えた末、意味が分からない上に厨二ですら無かった。
ただの恥ずかしい人じゃないか、これでは!
しかし、五十嵐の反応はそんな僕の考えの遥か斜め上を行くものだった。
『そうか……。それはすまない。恐らくそれは俺を狙っている者たちの仕業だろう。くそっ!どうしてその考えに至らなかったんだ、俺!俺を誘い出すために友人を狙うって言うのは奴らの常套手段じゃないか……!』
あれ。
思いの他、うまく行ったようだった。
「あ、ああ。そうなんだ。だから助けが欲しい」
『そういうことならば仕方があるまい。責任の一端が俺にもあるからな』
ねえよ、そんなもん。
僕はそのセリフを寸でのところで飲み込んだ。
ここで機嫌を損なうようなことを言うのは得策ではない。
「で、どこかお勧めの店はあるか?時間が無いんだ」
『まあ待て。幾ら命がかかっているからと言っても慌てては元も子もないぞ』
いや、まあ。
僕の命ならかかっていますけれどね。
もしもホワイトデーのお返しも暦に献上しなかったら殺されるだろうし。
だから――。
そんなもったいぶった雰囲気出すな!
まあ、言わないけれどさ。
『そうだな……。大学付近となると……。ちょっと待て。今、俺の独自の情報網を使って周辺地理を調べ上げる』
いや、ただの地図検索サイトだろうが。
なんだ『独自の情報網』って。
全くもって独自性のかけらもなかった。
『ふむ、分かった。今お前がいるのはどこだ?』
「今は――」
僕がスーパーの名前をあげると、
『そこから500m程の距離に――』
店の名前と道順を説明する五十嵐。
僕はそれを反芻しながら記憶した。
「助かった。ありがとう」
『なに。気にするな』
こういうところは良い奴なのに……。
本当に勿体ない人だ。
僕は電話を切ると、すぐさま教えられた場所へと向かった。
……そう言えば、スーパーの中で恐ろしく恥ずかしい会話をしてしまった。
*****
僕が教えられた店に着いたのは11:50だった。
入口を確認する。
……よし。
張り紙なし。
定休日ではない。
そしてどうやら売り切れてもいない。
僕は店内へと入る。
店内は甘い香りが充満していて、いかにもな洋菓子屋だった。
僕は商品を、時間が無いのでぱっとみて、ありふれた、小さな袋に入ったクッキーを購入した。
店員さんが『ホワイトデーですか』と聞いてきたので『はい』と答えると、すっごい微笑まれた。
店員さんがクッキーを紙袋に入れ、僕は会計を済ませる。
店を出た時には既に12:00。
「今から行けば、まあまだ許容範囲内……だよね」
ここからだと事務所までで歩いておよそ15分。
多分問題ないだろう。
詳しい時間指定をしたわけでもないし。
僕がそう思って事務所に向かって歩き出す。
と、
(プツッ……ガサッ……バリッ)
「え?」
僕は何かを踏んだようだ。
足元を見ると、どこかで見たことがある様な洋菓子屋の紙袋が。
――って!
「あああああああああああああああ!」
どうやら紙袋の持ち手の接合部分が切れて落ち、僕がそれを踏んでしまったようだ。
僕は急いで足をどけ、紙袋の中を確認する。
クッキーは木っ端微塵に、まるで爆砕状態だった。
しかし、案ずることはない。
僕の後ろには、まだ店がある。
そこで新しいのを買えば――。
そう思って後ろを振り向く。
と、入口の所にさっきまで無かった張り紙が。
僕は近づいて目を通す。
そこにはこう書かれていた。
『当店の営業時間は商品を作り置きせず出来立てを販売するという方針から10:00から12:00、14:00から16:00、18:00から21:00となっております。ご了承ください』
不幸の連鎖反応だった。
ぷよぷよだったらハイスコア狙えるくらいの。
どーも、よねたにです。
ちょっと新キャラが出すぎですかね……?
今更感はありますが、大目に見ていただければと思います。
感想、評価お待ちしてます。
では、また。