第05話 蝋燭のように身を削って人を照らすような人に僕はなりたい(part1)
夏休みもまだ前半の今日は8月12日。
時刻は11:30。
タイガーマスクと遭遇したりと何かと大変だった怒涛の京都旅行から数日がたった。
僕はなにもすることがないので、とりあえず大学の部室に来ていた。
と言うのも、この部室はかなり快適だからだ。
広さは15畳程あり、エアコン完備でテレビ、パソコン、ソファー、冷蔵庫などくつろぐには申し分のない空間だ。
まるで居心地のいいリビングのようだ。
そんな部室には僕以外にももう1人いる。
月村暦――ではない。
今、暦は沖縄にいる。
なんでも、昔に沖縄に移住した親戚の人が亡くなったそうで、その葬式に出なければならないそうだ。
しかも、親戚と言っても近い親戚ではなく、今まで会った事もないような遠い親戚だそうだ。
母方の祖母が親しかったらしいが、その祖母が病気で入院してしまっていて、代わりに暦の母親が行くことになったが、どうせなら家族で旅行も兼ねて行こうという若干不謹慎な気がしないでもないようなことになったらしい。
沖縄へ行く直前まで部室に顔を出していた暦は、
『全く行きたくもないのに、なんで夏休みという最も暑い時期に沖縄に行かなければならないのかしら。一体前世が何をしたというのかしらね。甚だ疑問ね』
と、自分の普段の行いを棚に上げて、前世のせいにしていた。
前世もたまったものではないだろう。
そして明日東京に戻ってくる。
と言う経緯で暦ではない。
では一体誰かと言うと――雨倉しずかだ。
雨倉しずかは僕達――僕と暦の小学校時代の友達で、暦と同じくこの大学で再会した。
実は回想などでも名前がちょくちょく出ていたりする。
暦を戦隊物でいう○○ブルーだとすると、しずかは○○イエローとか○○レッドみたいなイメージだ。
要するにすごく活発でよく喋り、表情がよく変わる元気な奴という人間だ。
最近まで忘れていたけど、しずかも暦と同じで僕の未来を見る能力について知っている。
そして、このサークル、趣味研究会の幽霊部員。
幽霊部員なのになんでいるんだろう、と思うがそれにはちゃんと理由がある。
それは――
「それにしてもさ、暦のいない部室は快適ねー!」
しずかはソファーに背中を預け、いかにもくつろいでいますという態度で言った。
とまあ、こういう理由だ。
暦はしずかを嫌悪していて、しずかも暦を生理的に受け付けていない。
僕は2人に対して普通だけれど。
そういう間柄だ。
「暦がいないから来たの?」
僕がどうでもよさそうに聞いた。
ちなみに今の構図は部室中央にどんと置かれているテーブルに向かい合って、ソファーに座っている。
僕はいつもの指定席。
しずかはいつも暦が座っている席。
「まあね。一緒に居ると多分武力闘争とかになるかもだから」
そう言って頬をかくしずか。
そういえば、しずかはガスガン収集とサバイバルゲームが趣味だったな……。
しかもガスガン改造しているし。
いつだったか自慢げに、『このガスガン、弾の速さが秒速100mなんだよ!?すごくない!?』ってうっとうしかったのを覚えている。
おっと、別にしずかを嫌っているわけではない。
断じて。
そんなしずかと、京都旅行の際、恐ろしい近接戦闘力を見せた暦が闘う……。
部室が崩壊するよ。
壁に弾痕が残ったり、備品が破壊されたり。
僕が脳内戦闘シミュレーションをしていると、
「あー退屈。部室に来れば何かあると思ったんだけどなー。……ねえ、テレビ付けて良い?」
と、しずかが宣う。
確かに暇だ。
やることが無さ過ぎる。
「いいよ」
僕は軽く答えた。
「それじゃ……っと」
しずかがリモコンを操作してテレビをつけた。
すると、暦がよく見ている昼の情報番組が流れていた。
時間を見る。
12:00。
丁度始まったらしい。
ミシマ(以下ミ)『みなさんこんにちは。司会のミシマです。そして――』
オオクラ(以下オ)『どうも、今日からゲストではなく番組の専属コメンテーターをやらせていただきます、オオクラです』
ミ『という2人でお送りいたします。さて、早速なんですが』
オ『どうしましたか、ミシマさん』
ミ『実はですね、家が燃えちゃったんですよ』
オ『誰の家ですか?』
ミ『私の家に決まっているじゃないですか。なんでテレビの全国放送一発目の話で他人の家の火事について話すんですか。意味分からないですよ』
オ『あはははは!それもそうですね!』
ミ『火事にあったという不幸な話をしようとしているので高笑いしないでくださいね。いらっときますよー』
オ『あ、すみません。ちょっと昔、火遊びを嗜んでいたもので。フラッシュバックが』
ミ『オオクラさんのやっていた火遊びの内容についてはあとで話しましょう。念のため、警察にも連絡を。で、話を続けてもいいですか?』
オ『どうぞ』
ミ『ありがとうございます。それで私の家が火事になってしまったんですよ』
オ『全焼ですか?』
ミ『いえ、私が普段使っている部屋の書斎だけですね。マンション住まいなので、大変でしたよ』
オ『原因は?』
ミ『タバコですね』
オ『あーもう王道、英語で言うとキングストリートですね』
ミ『英語になってませんよ。直訳しすぎです。流れ的にはこうですね。その日、家に帰って真っ先に書斎に行ってタバコを吸っていたんですよ。それで、しばらくして時計を見たらもう23:00だったんですね。で、その時間から見たいテレビ番組があったので、テレビのあるリビングに、タバコを灰皿に入れて向かったんですよ。それでテレビを見始めて、そうですね……だいたい15分くらいたったときでしょうか。いきなり「ッパーン!!」って音が聞こえたんですよ』
オ『……スパンキングですか?ミシマさんの部屋が火事になっているとき、隣の部屋では夫婦が夜の営みを――』
ミ『スプレー缶です。スプレー缶が熱で破裂したんです。火事の話をしているんですから流れで察してください。あとお昼の番組なので自重してください』
オ『あ、すみません。昔、夜遊びを嗜んでいたもので。フラッシュバックが』
ミ『どんな夜遊びかは聞きませんよ。話、続けます。それで音が聞こえて私は「銃声?」って思ったんですよ。でも、そんな音が聞こえるはずがないし……。そう思っていると、こんどはビニールやプラスチックが燃えたときの匂いが鼻をついたんですよ。それがかなり強烈なにおいでして。さすがに自分の家の異変に気がつきまして。書斎に行って、ドアを開けたら目の前には火柱が立っていたんですよ』
オ『ここは焼却処理場か!』
ミ『そんな風に突っ込む余裕なんてありませんでしたよ。もし、その現状でそんな風に突っ込める人がいたら、どれだけ心臓に毛が生えた人なんでしょうね』
オ『ミシマさん、突っ込まなかったんですか?』
ミ『私の本業は司会なので。こんな風に毎回突っ込んでいる訳ではないんですよ、オオクラさん?』
オ『それで?どうなったんですか?』
ミ『……。それで、ドアを閉めて消防に連絡したんですよ。「火事なので急いで来て下さい!」って。そうしたら5分もしないうちに消防車が到着したんですよ。「え、こんなに早いの!?」って思っちゃうくらい早かったですね』
オ『じゃあ、これからはタクシー呼ばずに消防を呼ぼうと?』
ミ『そんな迷惑な国民になるつもりはありませんよ。それで、消防の方が、ホース持って私の部屋に入って、バーっとあっという間に鎮火したんですよ。本当に速かったですね』
オ『そうですね、日本の消防などの救急対策は世界に誇れるものがありますからね。世界トップクラスと言ってもいいでしょう。この辺りはかなり整備されていますからね』
ミ『急にコメンテーターらしくなりましたね。いいんですけど。いいんですけどっ、なんか違う!』
オ『ミシマさん、もうオープニングだけで15分使っていますよ。真面目に司会進行していただかないと』
ミ『こい……つっ!……あ、失礼。では次のコーナー――』
*****
オオクラさん、コメンテーターに昇格したのか。
というかこの番組、前見たときより酷いな。
でも暦はこの番組を割と観ているな……。
と、
「ねえねえ春希、この番組、割と面白いね」
しずかが満面の笑みで僕に行った。
忘れられているかもしれないけれど、春希と言うのは久寿米木春希こと僕の名前だ。
みんな久寿米木という名字で呼ぶから。
名前で呼ぶのはしずかくらいしかいない。
それから……なに。
この番組が面白い……?
おかしいだけじゃないのだろうか。
僕は少しあきれたような声で、
「この番組は暦も好きっぽいんだよね。なんだかんだ言って2人ってどこか似ている――」
ん?
そういえば、しずかは――。
あ、しまった。
地雷踏んだかもしれない。
(ズダン)
僕が、気がついた時には遅かった。
僕の後ろの壁に突然溝が出来た。
「なにか言った?」
目の死んだ笑みを顔に張り付けて僕に言ったしずか。
しずかはガスガンをガンベルトから抜き、僕に向かって発砲した。
今日しずかに会うまで、間が3ヶ月以上開いていたから忘れていたが、しずかは暦と同一視されると、物凄く怒るんだった。
まあ、これは暦においても同じだけれど。
暦としずかは2人一緒に扱われたりすると、容赦なく怒る――常人レベルではない怒り方で。
しずかに至っては発砲する。
忘れないようにしなければ。
命が危険だ。
……というか、なんだ、このサークルの特殊な人率は。
武闘系のサークルに変えたって通用する人材だ。
近接戦闘のプロに射撃戦闘のプロ、それで未来が見える僕が監督か?
とりあえず今は――
「ご、ごめん」
謝った。
「いいよ」
許された。
とまあ、しずかの性格はかなりさっぱりしている。
感情の起伏が激しいが、すぐに元に戻る。
熱しやすく冷めやすい。
これほどこの言葉が当てはまる奴はそうそういないだろう。
暦は真逆と言っても過言ではないかもしれない。
感情の起伏に乏しく、一度感情に変化があるとなかなか戻らない。
熱しにくく冷めにくい。
どちらがマシかと問われても、正直僕は困る。
まあ、趣味は似ているが……。
と、僕が2人の考察をしていると、しずかが話題を振る。
「そういえばさ、京都に旅行行ったんでしょ?暦と2人で」
しずかが先日の旅行について聞いて来た。
そう、あの怒涛の京都旅行だ。
僕はなんとなくその旅行を思い出しつつ、
「うん、行ったね。小学校の時ではしれなかった暦のこととか知れて良い旅行だったよ。まあ、いろいろあったけれど」
と、何の気なしに答えた。
すると、しずかの表情が変わり、顔を赤くする。
「いろいろ……!?暦のこと……知る……!?ねえ!何で誘ってくれなかったの?サークルの活動でしょ?」
そうしずかが僕に抗議――というより叫ぶ。
声が大きい。
そんなに声をはらなくても聞こえているよ。
それ以前に――。
「え、暦もいるのに旅行行く気だったの?」
暦としずかはお互いを嫌悪し合っている。
そんな2人と旅行なんて誰が行きたいと思うだろうか。
というか、そもそも2人が行かないだろう。
僕がそう考えていると、案の定、
「いや、行かないけどさ」
面倒臭くて仕方がなかった。
ならば『なんで誘ってくれなかったの?』とか言わないで欲しかった。
それにしても、この少し面倒臭い性格も、暦と似ているかもしれない。
ひょっとして2人が嫌悪し合っているのは、『同族嫌悪』か何かなのかもしれないな。
と僕が心の中で分析していると、しずかが言う。
「私としてはね、一回聞いてからにして欲しかったってことよ。暦が行くなら行かないけれど、確認もなしに行ってしまうのはどうなのよって言うこと!」
あー……。
なんて面倒臭い性格なのだろうか。
僕は適当に生返事を返す。
「あーはいはい。分かりました。以後気をつけますよ」
「で?」
と、しずかが言った。
今度は急に小声になって聞いて来た。
何のことだ?
僕は首をかしげて聞く。
「で、とは?」
「だから……その……ん……アレよ」
しずかは何か言いにくそうにしている。
「アレって?」
僕は全く分からない。
「あーもう、分かれ!」
しずかの声が急に声が大きくなる。
僕は全く分からないため、適当に言う。
「なにがさ」
「だから、暦と2人だったんでしょ?なにか、こう――過ち的な?やってないでしょうね?」
しずかがかなり食い気味で聞いて来た。
テーブルを挟んで向かい側に居るにもかかわらず、しずかが身を乗り出してきたため顔がかなり近くにある。
というか過ちって……。
そんなに信用ないですか?
「ないよ」
僕は真実を言った。
嘘偽りなく。
ないパーセントだ。
「本当に?」
執拗にしずかが聞いてくる。
「ある訳ないでしょうが」
「……ならいいけどさ」
ようやくしずかは静かになった。
……別に洒落じゃないけどさ。
そういえば、こんな話を聞いたことがある。
人の名前は本人の性格と反対を表すらしい。
なぜなら、親が自分の性格を嫌っていた場合、子供にはそうなって欲しくなくて、自分の性格とは逆の名前を付けるから。
例えば、親が落ち着きがなくて、声が大きい人だった場合、「しずか」という名前を子供に付ける。
でも、遺伝によってある程度子供の性格は親に似てしまう。
だから「しずか」という名前の人に、静かな人はいないのかもしれない。
僕はそんなことを思った。
と、ここで、
「あ、ちょっとお花を摘みに……」
年寄り臭い言い回しをしてしずかは席を立つ。
まあ、トイレだ。
「おっさんか」
「せめておばさんって言って!?」
しずかが部室を出て行った。
そしてどれくらいが経った頃だろうか。
それ程時間は立っていないように思う。
しずかが帰ってきた。
手にはペットボトルが2本、2種類握られていた。
「あ、飲み物買ってきたけど飲む?お茶だけど」
気がきくことにしずかはお茶を買ってきてくれていた。
僕は言う。
「飲む。コップに入れてくれると嬉しい」
「分かった。……はい」
トクトクトク……と音を立ててコップにお茶を注いだしずかが僕に手渡す。
「ん、ありがと」
コップを受け取った僕は、受け取ったコップをテーブルに置き、しずかに、
「ところでさ」
と、暦相手では出来ない、ささやかな仕返しをしてみる。
「過ちって具体的にどんなことをするの?」
と、問うてみた。
僕は知っている。
しずかはその手の話題を最も苦手としていることを!
暦は大好きだけれど。
旅行中も何回か言っていたし。
「え……?」
しずかは頭から湯気が出るんじゃないかと言う古典的表現を使うしかないくらい顔が真っ赤になって来た。
「ちょ、いきなり何言うのよ!」
(スダン。バキン。ジリリリリリリリ……)
何が起こったかと言うと、しずかが照れにより、上へ向けてガスガンを発砲。
どうやら、発砲するのは怒ったときだけではないようだ。
危険度が増した。
そして弾は秒速100mで飛び出し、天井に向けて発砲したため消防法により設置していた火災警報装置に命中。
そして、火災警報器が壊れて鳴っている、という状況だ。
「なにをやっているんだよ!」
僕は騒音に耳をふさぎながら大声でしずかに言った。
「だって、しょうがないじゃない!反射的に撃っちゃうんだから!」
「原生動物じゃないんだから、頭で考えてから行動して!」
さりげなく罵倒する。
最近、暦に罵倒され続けていた反動だ。
と、
(ッパーン!)
「「え?」」
僕としずかがハモってとぼけた声を出した。
ドアの向こうの廊下から破裂音が聞こえて来た。
最近、聞いたことのあるような音だ。
僕としずかは言い争いをやめて黙って顔を見合わせる。
そして、アイコンタクト?をとり、その結果、僕は様子を見に廊下へ出ることに。
恐る恐るドアを開けるためにドアノブを握ると――
「あっち!なにこれ熱いよ!」
触って居られない程、ドアノブの金属部分は熱くなっていた。
僕は近くにあったタオルをドアノブに巻いてドアを開ける。
すると、目の前には――
「「……」」
火柱が轟々と上っていた。
僕と奥にいたしずかはそれを確認すると無言になった。
そして、先に僕は言う。
「火災警報、特に問題にはなりそうにないね……。よかったよかった……」
しずかは、
「本当によかったよね!むしろ良い事をしたぐらいだよ!あっははは……」
「「……」」
「「火事だ―!!!」」
大変な事になった……。
どーも、よねたにです。
第5話、C棟火災編のpart1です。
未だにつたない文章ですが読んでいただければ幸いです。
では、また。