第48話 『ピンチをチャンスに』と言うけれどそれが出来たらピンチじゃないと僕は思う(part7)
「(――っ!)」
僕は目を覚ました。
それと同時に体中の感覚も取り戻す。
手は……縛られているが動く。
足も……大丈夫。
頭痛も……ない。
倦怠感も消えている。
さっきのは――夢?
「夢ではないぞ、久寿米木」
僕の頭の近くで突如、男の声が響く。
その声はしわがれていて、僕に老獪なイメージを植え付ける。
顔は見えないが、嫌な性格老人なんだろうと僕は思った。
「(誰だ?)」
未だに猿ぐつわをされていて、声を出せない僕は心の中で呟いた。
それを悟ったように男は、
「ふん。どうせ『誰だ?』なんて思っているのだろう。……そうだな。猿ぐつわだけは外してやるか」
男はそう言って僕の口から猿ぐつわを外した。
口の周りが唾液でべとべとする……。
僕は舌を上手く使ってふき取った。
口の中がさっぱりすると言うかスースーする。
息もしやすい。
「……ふう」
僕は深呼吸をした。
そして、
「それで、顔は見えませんが、あなたは?」
未だに身体の自由の利かない僕は下手に出て反応をうかがう。
「儂か?儂はだな、お前のことを知りたくて知りたくて仕方がない……そんな男だ」
「……え゛?」
「あ、そういう意味じゃないから安心しろ。研究対象として、と言うことだ」
「あ、ああ……そうですか」
僕は心の底から安心した。
だって、緊縛プレイとか嫌だから。
しかも相手が男とか、背中がぞわぞわする。
「要はだな、儂は元SH研究所の幹部で、お前のその眼を研究したいのだよ」
「……たった1人で、ですか?」
僕は的戦力を知るためにさり気なく人数を聞き出す。
「儂の他にも、元々は何人かいたんだが、皆、高齢でとっくに死んだわ。今は2人だ。もう1人は今日は既に帰宅している。それと――そんな聞き方をしなくても答えてやるさ」
男は投げやりに言った。
研究仲間とはいえ、それ程仲が良いわけではなかったようだ。
「……そうですか。ちなみに理由を聞いても?」
「ん?――ああ、理由は儂が長年見たかった良いものを視せてもらったからだよ」
「長年……見たかった?」
「さっきお前も見ただろう?――未来だよ」
「――――」
僕が視ていたのは夢ではなく、未来だったのか……。
暦が僕の為に全国を飛び回り、この場所を探し当て、逃げようとしたとき――。
と言うことは……。
「僕は――僕と暦は、死ぬ……?」
このまま未来を変えようとしなければ、あの未来が待っているということだ。
恐らく、この男がいない隙に暦が来たのだろう。
そして僕を連れて逃げようとした時、あれは――爆弾だろうか。
爆弾によって僕達は――死ぬ。
「そうだな。……それにしても、つくづくこの力は便利だ。確かにもう少ししたら儂もここを出て家に帰ろうかと思っていた。まさかこんな時間に助けが来るなんて思いもしなかったからな。そのせいで、誰かに研究データを持ち出されないよう仕掛けておいた爆弾でお前達が死ぬとは……」
あの爆弾はそういう意味だったのか。
確かに未来を視るなんて研究のデータがあったら、多くの国が欲しがるだろう。
「良いんですか?折角の研究対象が死んでしまっても」
僕はこの男に、この未来を変えてもらうために言った。
このままでは僕はともかく暦まで死んでしまう。
残りの時間がどれくらいあるかも分からない。
急いでどうにかしなければ。
僕の言葉に男がしばしの沈黙の後、答える。
「まあ、この未来を変えるため、儂がここに残ったり、お前を別の場所に移したりしてもいいんだが……儂の命を削りたくはないな。確かその能力を使うと、お前だけでなく他の人間――利益を感じる人間の寿命を縮めるというデメリットがあったはずだ。儂は先が長くないからな」
そんなことまで知っているのか、この男は。
「それに良く考えれば分かることだが……儂に、お前の命は関係ない。言っただろう?研究対象、と」
「――!」
「気がついたか?要は、未来を視る為にはお前の命は要らない。お前の眼、脳、心臓……。精神はいらない。肉体だけあれば研究は出来るのだよ」
確かにそうだ。
むしろその方が都合が良い。
抵抗もされないし、じっくり研究が出来る。
「この状態のまま未来を変えると確実に儂の寿命は縮む。ならば、僅かな希望かもしれないが、君を殺してしまえば儂の寿命は縮まないかもしれない。……試す価値があるとは思わないか?」
「――――」
「儂は、寿命も縮めず、研究もしたい。しかし、このままではいけない。どちらも得るには、この方法しかないのだよ」
僕はこの絶体絶命の状況を打破するために考える。
何か。
何かないか。
この男を止める、魔法の言葉は――!
「精神が関係しているとは考えないんですか?」
僕が言った。
そして脳内コンピュータをフル稼働させて考えて、続ける。
「肉体と精神があるからこの能力があるかもしれない。そう考えはしないんですか?」
僕が言いたいことはつまり、抽象的かもしれないが、肉体の中に精神が共存しているからこの能力がつかえているのではないか、ということだ。
「…………」
男は黙った。
どんな表情をしているのかはわからないが、ひょっとしたら考えあぐねているのかもしれない。
僕はそれを希望に畳み掛ける。
「ここで未来を変えるとあなたの寿命が縮む。縮んでしまう。それが嫌なら僕を、逃がすしかない。その後まだ研究したいなら、その後僕を捕まえれば良い!」
僕を今逃がすしかない!と言う言葉がそのあとに続くが。
しばしの沈黙の後、男が言った。
「……逃がす時の爆弾はどうする?同じようにしなければ未来が変わってしまう。そうなれば儂の寿命も短くなってしまうのではないか?」
どちらにしろ未来が変わってしまうことに変わりはないのではないか?と男が言う。
しかし、
「僕を逃がすことにあなたは利益を感じますか?」
こういうことだ。
「……そうだったな。利益を感じる人間の命を縮めるのだったな」
なんとなく自嘲気味に笑っているような気がする。
アイマスクで見えないが。
「なので、あなたにメリットはありませんが、デメリットもなくなります。僕を殺して肉体だけ持って行くなんて、精神が絡んでいたら全てが水の泡に帰す不確定なことに手を出すよりも、今回は僕を逃がして、また捕えるという方法の方がより建設的だと思います」
「…………」
再び男は黙る。
考えているのか?
考えているならと、さらに続ける。
「さらに言えば、僕はあなたの顔を見ていません。なので警察に行ってもなんの情報提供も出来ません。なのであなたを捕まえることはできません」
「確かに」
「僕のこの案、飲んでみませんか?」
家電量販店の店員が『いかかですか?』と商品説明の後に言うように、僕は言った。
そして僕は喋り切った。
僕が生き残る道は、これしかない。
バラバラ殺人なんてごめんだ。
『東京湾から全裸の男性のバラバラ遺体が発見されました』なんて形で一生の幕を降ろしたくはない。
「……残念だが、その提案は飲めないな」
正直、すぐに言葉が出なかった。
男の反応は上々だったように感じていただけに、衝撃を受けた。
僕はすぐに思い直して言う。
「理由を聞いても?」
「研究者として、精神なんてものを信じていない。それだけだ」
男は短くそう言った。
「……感情も、ですか?」
僕はわらにもすがるような思いで、囁きかける。
「感情は確かに存在する。それによって身体に変化も生じたりする。しかしそれは、大脳皮質――中でも帯状回、前頭葉が関与していたり、皮質下の扁桃体、視床下部、脳幹に加えて、自律神経系、内分泌系、骨格筋などの末梢系の関与によってだ。脳さえあれば問題ない。幸い、儂には脳を生きた状態で保存する術があるからな」
駄目だ。
もう駄目だ。
何を言ってもこの男には通じない。
……ここまでか。
名前も顔もしらない嗄れ声の男に殺されて僕の人生は終わるのか……。
「と、言う訳で、お前を分解させてもらう。悪く思うなよ」
「思いますよ」
死んだら枕元に出てやる。
僕がそんな事を覚悟する。
と、
(ギッ)
遠くの方から微かにそんな音がした。
「ちっ……もうそんな時間か。儂としたことが、時間を使いすぎた」
僕の頭近くで男がそう言った。
何だ?何が起こったんだ?――などと僕は思わない。
未来を視たから僕は分かる。
来たんだ。
「随分と無様な格好じゃない、久寿米木くん」
暦が――。
どーも、よねたにです。
またまたキリが良いので短いです。
……ちょっと延長するかもです。
計画性がなくて申し訳ないです。
感想、評価いただけるとありがたいです。
では、また。